ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

私の妹にならないひと

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中学の頃、隣のクラスの不良の奥山くんに「このままだとお前は絶対にいじめられ心身ボロボロになり家に火をつけられる。俺が守ってやるのでやらせろ」と言われた。やらせた。初体験だった。

3年間、定期的に奥山くんに呼び出された。友達はできなかったけど、おかげさまでクラスメイトに家を燃やされることなく卒業できた。ただ当時の同級生たちの間では、わたしが奥山くんにいじめられていると噂になっていたらしい。それが理由で遠巻きにされてたと知ったのは成人式だった。びっくりしたし、なるほどと思った。
これはわたしという人間を象徴するエピソードだ。考えるのが苦手で、人の言うことを鵜呑みにし、後で利用されていたと知る。

 

そんなわたしを育てたママは、PTAの集まりで「女の子はバカで良いんですよ」と平気で言ってしまう人で、当然保護者の中でも浮いていた。その代わり、周りにはたくさんの男の人がいた。お金をくれる人も、難しい申請や雑用を請け負ってくれる人もいた。わたしはそのうちの何人かを、パパと呼ぶよう求められた。
「わかんない」「そんなの男の人にやってもらえばいい」がママの口癖だった。バカであること、バカなのに男の人の力によって生活ができていること、女としての魅力によって『バカであることを許されている』という自負は、ママの宝物だった気さえする。

高校卒業後、わたしは初めて勤めた会社を4ヶ月で辞めた。ていうかほとんど辞めさせられた。「風紀を乱したから」が理由だった。言い訳もさせてもらえなかった。

何度職場を変えても、同じようなトラブルに巻き込まれたり、気づけばトラブルに中心にいたり、嫌われたり疎まれたりして長くは続けられなかった。顛末を話すと、たいていの人はドン引きするか「あんたが悪い」と呆れと怒りの混じった顔でわたしを見る。けれど、唯一の友達のユカちゃんだけは、わたしが可哀想でたまらないと言った。普通の人は仕事のミスのフォローなんかにいちいち見返りを求めないし、他人としてるなら俺ともしろ、じゃないと社長の奥さんにバラすなんて脅しをかけたりしないのだそうだ。ユカちゃんの言う通りなのか、良い大学に通うユカちゃんの周りの人のレベルが高いのか。それとも……本来普通の人たちを、わたしが狂わせてしまうのか。いや、「狂わせる」なんて言うとちょっといい女みたいだな。「調子にのせる」が正しいのかも。

 

21歳になってすぐ、バイト先の店長だったアキトさんとの結婚が決まって嬉しくて泣いた。アキトさんのことが好きだったからだ。それに……この先アキトさん以外に媚びる必要がなく、アキトさんとの家庭を守ることだけを考えれば良いと思うと、世界はシンプルで歩きやすくなる感じがした。


アキトさんは、スーツ姿でわたしとママの住むアパートに挨拶に来てくれた。彼の実家への挨拶を翌週に控えたわたしがスーツを持っていないと話すと、「女の子は着なくていいんだよ」と彼は笑った。
「普通の格好でいいんじゃない。別に大した家でもないし」

アキトさんの言う通り、普通の格好で向かった彼の「大したことない」実家は、庭付きの大きな戸建てだった。迎えてくれた両親と妹さんは、わたしを見て少し驚いた顔をした。でもそれは一瞬のことで、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。その表情の変化に困惑した。がっかりされたのかなと思った。

お父さんは紺のセーターとスラックス。お母さんはベージュのスカートと光沢のあるブラウスを着ており、耳や手元をさりげなく真珠で飾っていた。妹のユリノちゃんは深いグリーンのワンピース姿。3人とも上品で、穏やかで知的な印象だった。

……自分のみすぼらしさが恥ずかしくて頬が熱くなる。わたしの隣に立つアキトさんが、普段通りのラフな格好をしていることが、唯一の救いのように思えた。

 

大きな窓のあるリビングは明るく、温かみのあるインテリアで統一されていた。ソファの前のローテーブルに生けられた花を見てふと気づく。そういえば、自分の家で花が飾られていた記憶がない。スリッパもないあの家をアキトさんはどう思っただろう。今更そんなことを考え見上げた婚約者の顔は、少し緊張しているようにも見えた。
斜め向かいに座ったユリノちゃんは、高校生なのにちゃんとメイクをしていた。よく手入れされた長い髪と、意志の強そうな眉が印象的な綺麗な子だ。ティーカップを持つ彼女の手の形の良い爪が赤く塗られてるのを見て、わたしは自分の手をテーブルの下に隠した。深爪ぎみで筋の入った不恰好な爪を、この子に見られたくないと思った。


きれいにカールしたまつげに囲まれた目に見つめられると、審査されてる気持ちになって落ち着かなかった。ティーカップの持ち方が、フォークの持ち方が間違っていたらどうしよう。食べ方が汚いと思われたらどうしよう。話しかけられると、心臓が破裂しそうに脈打った。思わずアキトさんの顔を見る。アキトさんの笑みに促され、ちゃんと答えなきゃと思ったのに、口から出たのは絞り出すような「はい」だった。何を聞かれたのかは覚えていない。ろくに返せなかったのは確かだ。

 

約2時間後、彼の家族に見送られながらアキトさん車に乗り込んだ。青い軽自動車の助手席には、くまモンのブランケットが置かれている。野暮ったくて狭い空間の中で、やっと息ができた気がした。お父さんが最後に何か言ったけど、よく聞き取れなかった。聞き返すのも失礼な気がして会釈で返す。お父さんの隣に立つユリノちゃんの目が不満げに細まった気がして怖かった。早く車を出してほしい。早く! あと30秒発車が遅れたら、車内で叫ぶところだった。


車が走りだすと、涙があふれて止まらなくなった。驚いたアキトさんが車を止め、わたしの顔をのぞきこんできた。涙の理由を聞かれても、うまく説明できなかった。それを言葉にできる能力があれば、もっと上手に生きていた。

家族の前で上手く話せなかったのが理由と解釈した彼は、「これから仲良くなればいい」と頭を撫でてくれた。それでもわたしが泣き止まずにいると、「前の彼女との付き合いが長かったから、うちの家族は驚いたのかもしれない」と少し気まずそうに付け加えた。

 

「……みんな、前の彼女が来るって思ってたってこと?」
「そう……かもしれない。ちゃんと説明してなくてごめん」

出会い頭にアキトさんの家族に浮かんだ困惑は、どうやらそのせいだったらしい。と、いうことは、彼らのもてなしのすべては元カノのために用意されたものだったのか。前の彼女はきっと、花の飾られたリビングや、高そうな食器にふさわしい人だったんだろうな。……そんな風に考えて、ますます惨めな気持ちになった。

「俺たち家族になるんだから。ちょっとずつ慣れていけばいいよ」
胸が締め付けられて痛い。俺たち? アキトさん、『俺たち』の範囲はどこまでですか。
アキトさんの家族はアキトさんを含め、強く結びついたかたまりに見えた。わたしが割り込んで入るより、かたまりを抜けたアキトさんとふたりきりの関係を築いてゆく方が、ずっと自然で簡単に思えた。でもアキトさんは家族という言葉を連呼して、わたしがあの家に馴染むことが可能であると熱弁した。気が遠くなる。わたしはアキトさんと家族になりたいのであって、アキトさんの家に入りたいわけじゃない。

 

とりあえずその日は帰ってもらった。ママはとっくに仕事に出ていて、家には誰もいなかった。先週必死に片付けた部屋は、もう元通り散らかっている。物で溢れているのに花瓶もスリッパもない我が家。

「万が一家族が反対しても、俺はウタと結婚するから」
別れ際、アキトさんがくれた言葉を何度も反芻し、お守りみたいに胸に抱いて夜を過ごした。翌日、家にやってきた彼は記入済みの婚姻届を持っていた。証人欄にはお父さんの名前。わたしとママの記入が終われば、いつでも役所に提出できる。


ふたりで鍋をつつきながら、アキトさんは家族と話した内容を教えてくれた。前の彼女と別れたことを報告していなかった件を、やはり家族に叱られたらしい。


「ウタが気に入らないって意味じゃないから。俺が話してなかったから……ごめん」
「ううん、いいよ」
アキトさんは申し訳なさそうにそう言うけれど、わたしは心底ほっとしていた。どう考えても良い印象は残せていなかった。急に現れた妙な女との結婚を認めてくれた両親は、かなり寛大だと思う。煮えた野菜をプラスチックの皿に移しながら、なぜかあの時のケーキの彩りが頭をよぎった。

 

「ただ、妹はまだ少し拗ねてる」
アキトさんは困った顔で頬をかく。ユリノちゃんは前の彼女にすごく懐いていたので、破局を知らされなかったことにも怒っていると。「前の彼女のことがなくても、あの子はわたしを気に入らなかったと思うよ」とは、思っても流石に口にしなかった。愛や性欲で曇らない女の目には、わたしはただのだらしない女だ。21年の人生で、そんなのは痛いほどわかっている。

物心ついてから、ある日突然引き合わされた他人を家族として受け入れる難しさを、この人は、アキトさんは知らない。小3と中1の頃、ママが連れてきた『新しいパパ』を内心で強く拒絶した記憶が蘇った。彼らがいなくなる日まで、心の中では一度もパパとは呼ばなかった。きっとユリノちゃんにとってのわたしも同じだ。彼女はわたしの妹にならない。そんな思いと愛情を込め、わたしは夫になる人の手を握った。

 

「……ねぇわたし、アキトさんがいればそれだけでいいよ」
本音の都合の良い部分だけを切り取って伝えた。そんな器用なことができたのは初めてだった。


おしまい

↓妹のユリノちゃん視点

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