「連絡、来るって思ってました。
あのお別れから約1年。
あの子とはまだ続いてるんですね。ううん、いいの。大丈夫。だってもうすぐ終わるから。あなたはわたしのところに帰ってくるって、最初からわかっていましたよ。
あの日あなたに言われた言葉、今でもはっきり覚えています。
『お前は子供っぽく、ワガママで頭が悪い。ファッションと芸能人にしか興味がなくて、政治や経済のことは知らないし、無知を恥じる知性すらない』。
回りくどかったけど、要するにそういうことでしたよね。対する“あの子”は、
『頭の回転が早く勉強家で、俺の知らない世界を知っている。精神的に自立しており、議論ができる。お前といるときのようなストレスがない』。
そうね、そうだと思います。
わたしより、あなたより、高いところで生きてきたあの子。
海外育ちで、大学時代はリュックひとつで世界を旅して――別れ話の席なのに、そういうあの子の体験を、自分のものみたいに語るあなたは、熱に浮かされたみたいで、キラキラしていて、滑稽で、わたしを死にたくさせました。
でも、あなたのその首は、ずっと上を見ていられるようには出来ていません。すごく疲れたんじゃないですか?
あなたが女としたい『議論』って、知識を披露するゲームですよね。彼女が知識の七並べに付き合ってくれて、いつもギリギリのところで負けてくれて、敵わないなって笑ってくれる女の子だったら、わたしに勝ち目はなかったでしょう。
あなたは結局、わたしみたいな頭の悪い女が好きじゃないですか。でも、頭の悪い女が好きってダサいし、認めたくないですよね。わかる(笑)。
テレビのバラエティよりも、高尚な映画を観ている方が、洗練されてる気がしますよね。たまに難しい映画を見ると、頭が良くなった感じがします。でも毎日は無理じゃないですか。
毎日テレビの前に座って、ビール片手にバラエティを流し見しながら、あーあバカだなくだらないなって鼻で笑うのが、あなたの性にあってるんです。
そのちょうどいいバカだな、を提供できるのが、そう。わたしです。これをキレイに言い換えると『癒やし』になるのかもしれないですね。
あなたや、あなたみたいな男の人って、女を人間として見ていないんじゃないかな。
映画であれ、バラエティであれ、女は平面に映る映像。目には見えるけどそこにいない。だから会話する対象じゃないし、議論なんてするはずもない。肉体を持つのはベッドの中だけで、服を着た瞬間平面に戻る。
この数年間、わたしも努力したんですよ。あなたの喜ぶ七並べができるようになったと思います。知識は付け焼き刃のペラペラですけど、七並べには奥行きがないから、問題ないんじゃないでしょうか。
わたし、あなたが大好きです。
あなたがバカで手頃でコントロールしやすい女を好むみたいに、わたしも見栄っ張りなのに自信がなくて、女を立体で見られないあなたのことを、とても愛おしく思います。
くだらない、俺は本当はあの作品を理解できる人間なのにって、鼻で笑いながらバラエティを見続ける方が、穏やかに暮らしていけますよ。たまに映画の劇的なシーン、心を震わす色彩が頭をよぎって感傷浸るくらいがお似合いです。
たまには映画を見ても構いません。わたしの平面的な悲しみは、あなたの人生の彩りや、便利な言い訳となるでしょう。わたしたち上手くやれますよ。見下し合いながら、仲良く生きていきましょうね」
……と、いう思いを込めて、わたしは彼の指定した和食屋で、元カノに会うには意味深すぎる個室の席で、彼の好きそうなワンピースに身を包み、値踏みをしながらわたしの機嫌をうかがう彼とのぎこちない会話が途絶えたところで、目に涙を溜めながら言った。
「……会いたかったよ、テツくん」
おしまい
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