ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

わたしの神棚

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ナンパされるのは嫌いじゃない。よっぽど気持ち悪い男でなければ、その日のうちにホテルまで行く。


今日も滞りなくセックスは終わった。男がシャワーを浴びている間、わたしは彼の持ち物を物色することにした。初めて会って寝た男から、物を盗むのが趣味なのだ。財布や時計、貴金属には興味がない。欲しいのは、残り数本の煙草の箱とか、使いかけのリップクリームとか、フリスク、手帳の切れ端、ポケットティッシュ……失っても「あれ?」で終わる、あるいはそれすら発生しない物たち。


男のリュックにはノートパソコン、充電器、財布とKindle、小さなポーチが入っていた。ポーチ中身は汗拭きシートとブレスケア、アトマイザーに入った香水、目薬。検討の結果、今回は目薬をいただくことにした。


それにしても、お互い無防備だと思う。初めて会った人間に裸を晒して、荷物を放置するなんて。わたしが悪い女ならリュックを持ち去ってホテルを出るし、向こうが悪い男なら殺されていたかもしれない。そうして死んだら、顔も知らない人間たちから、男にホイホイついてく貞操観念を責められるんだろう。せめて冥福を祈ってほしい。

殺人鬼ではなかった男がシャワーから出てきた時、わたしはすでに着替えと盗みを終えていた。恋人の距離でホテルを出て、連絡先の交換もせずに「またね」と別れた。

 

家に帰ってシャワーを浴びて、ちゃんと髪を乾かしてから、鞄からあの目薬を取り出した。透明なプラスチックの容器。白いキャップ。商品名の書かれたラベル。ごくありふれたデザインだ。数時間前まで他人のモノだったくせに、すでにわたしの家にもすっかり馴染んでくつろいでいるように見える。


我が家のウォークインクローゼットは、右側が棚になっている。板を渡しただけの簡易な3段の棚を、わたしは神棚と呼んでいた。並ぶのは手袋の片方、ピアスのキャッチ、栞、シャツのボタン、レシート、メガネ拭き、充電コード……本名を知らない男から盗んだ物たち。ちなみに1番の大物は花瓶。奥さんと別居中の男の家の、荒れたリビングの隅でホコリを被っていたので拐ってきた。花こそ飾っていないけど、ちゃんとホコリを払って拭いたから、今は堂々と胸を張ってる感じがする。「新入りをよろしく」という意味で、目薬は彼女の横に置くことにした。……彼女は元の持ち主に「あれ?」と思ってもらえただろうか。

 

神棚の2段目、中央の壁面には一枚の紙が貼り付けてある。色褪せたプリント。『4ねん2くみ学級だより』。伸ばして四隅を留めてあるけど、一度シワクチャになった紙は元に戻らない。


――小学生の頃、おまじないが流行っていた。

消しゴムに好きな子の名前を書いて、使い切れたら両想い。そういう無害で他愛ないものから、相手の髪の毛や爪を必要とする呪術じみたものまで様々。リスクと効果は比例するとされ、女の子たちはそのギリギリを攻めていた。


小学生4年生のある日、家に姉の友達が遊びに来た。彼女がおまじないで両思いになったと話していたので、わたしは本を読むフリして聞き耳を立てた。彼の持ち物をひとつもらって、四隅にハートマークを描いたピンクの封筒に入れる。それを枕の下に置いて寝る。これを1週間続けるのだと。

持ち物をもらえる時点で両思いでは? と思ったが、姉の友達は意中の彼のハンカチを勝手に持ち帰ったらしい。――欲しい物、勝手に取ってきちゃっていいんだ。優等生だったわたしには、そちらの方が衝撃だった。

 

翌日の放課後、友達と下校している途中で、忘れ物をしたフリをして学校に戻った。「一緒に行くよ」と言う友達を振り切って、ひとりドキドキしながら教室に向かう。無人の教室に踏み込むのは、綺麗に積もった雪に足跡をつけるみたいな背徳感と快感があった。


当時のわたしが恋していたのは、足が早くてクラスの中心で、でもあまりにも落ち着きがないため、席を教壇の目の前に固定されているあっくんだった。机の中には案の定、教科書やノートが置きっぱなしになっている。盗り放題だけど、勉強道具がなくなるのはまずい。何かなくなっても困らないもの、気づかないもの、バレないもの……。

机の中を漁っていると、奥に溜まっているプリントに気づいた。わたしは先生から配られたものは、その日のうちに親に渡すのが常識だと信じてきたが、あっくん的にはそうじゃないらしい。学級便りは先月号だった。わたしは嬉々として、ぐちゃぐちゃのプリントを出来るだけ綺麗に畳み直してポケットにしまった。ページどころか表紙にまで落書きのある教科書やノートを元通り乱雑に机につっこんで、誰にも見られてないのを確認してから教室を出た。足取りは軽く、晴々としたいい気持ちだった。ひとりでスキップしながら帰ったのは、後にも先にもあの時だけだ。


その日から、あっくんのプリントを入れたピンクの封筒を、毎日枕の下において寝た。1週間、2週間……期待しながら観察したけど、彼の態度は変わらなかった。校庭を駆け回り、持ち込み禁止の漫画を読んでゲラゲラ笑い、先生に叱られ、不貞腐れる。あっくんは毎日お変わりなくアホで、教室の隅のわたしとは目も合わないまま日々は流れた。

それでもわたしは諦めなかった。半年が過ぎ、あっくんとクラスが離れても、ボロボロになったピンクの封筒を何度も取り替え、寝る前に「両想いになれますように」と祈るのを習慣にして、ついに小学校6年生。卒業式の後、わたしはあっくんを呼び出していた。

「好きです」と伝えると、あっくんは困った顔をした。頭を掻き、ななめ右側の壁を無意味に見つめ、うーんと唸り、そして言う。


「ごめん。俺、他に好きな子いる」
「え?」

 

想定外の事態だった。わたしはこんなに真摯に向き合ったのに(あっくんじゃなくおまじないに、だけど……)、想いが通じないなんてあっていいのか。12歳の乙女は言葉を失った。でもこんなのはまだ序の口だった。


「でもタカシマさんの気持ちは嬉しい。ありがとう」

こともあろうか、あっくんはそう微笑んだのだ。かつては落ち着きがなく、遠慮がなく、思ったことをすぐ口にして女子を泣かせていたあっくん。彼がこんな思いやりを口にするなんて、素晴らしい成長だと言える。――が、残念で致命的なことに、わたしの名前はコミヤ ニイナだ。タカシマはわたしの親友の苗字で……そう、あっくんは名前もろくに覚えてないくらい、わたしに興味がなかったのだ。


「わたし、コミヤです」

震える声で言い捨てるのが精一杯だった。彼に背を向けて歩きだすと、後ろから焦ったあっくんの、えっ、とか、ごめん、とか、言い間違えた、なんて声が聞こえたけれど、わたしは一度も振り向かなかった。すべてが最悪で、死ぬほど惨めな気持ちだった。人を避け、たどり着いた職員用のトイレで泣いた。泣きやむ頃には、幼い恋心は見事に憎しみに変わっていた。


家に帰り、枕の下からピンクの封筒を取り出した。破って捨ててやろうと思った。でも――ふと思いつき、わたしは机の引き出しから、白い封筒を取り出した。四隅にハートの代わりにドクロマークを描いて、あっくんのプリントを入れる。そっと枕の下に置き、わたしはベッドにダイブした。そして枕に顔をうずめながら、「あっくんが死にますように」と祈った。祈りは気持ちを落ち着けて、わたしは卒業式に出た今思えばブレザーのまま、ストンと眠りに落ちたのだった。


翌日以降も、わたしはあっくんの死を祈り続けた。本気で死んでほしかったわけじゃない。彼に悪気がないのはわかっていた。単純に、気持ちが落ち着くまでの気晴らしのつもりだったのだ。両想いのおまじないが効かなかったんだから、こんな呪いも効く訳がない。……あっくんが死んでしまったのは、中学の入学式の2日前だった。

 

当時のわたしは自分を責め、中学に行けるようになったのは5月に入ってからだった。今はもちろん、あんな幼稚な呪いが彼を殺したなんて信じていない。……信じてないけれど、自分にはそういう力があるんじゃないかと、どこか恐れて生きてきた。あれ以来『おまじない』はしていない。どんなに最低の人間でも、近くで死なれたら後味が悪い。

 

わたしはとても平凡で、人を惹きつける魅力もなければ、感動させる才能もない。わかっているし諦めているけど、たまに他人の人生に触れずに踏み込みたい気持ちが抑えられなくなる時がある。……そんな時、この神棚を見つめるのだ。

名前も知らない、連絡先も知らない、一度交わっただけの男のひとたち。何があってもわたしには知る由もなく、罪悪感を感じる知らせの届かない距離の、恨んでないけど好きじゃないひとたち。そんな彼らの持ち物が神棚に並んでいるのを見ると、なんだか心が安らいでいく。わたしの神棚は、わたしによる、わたしのための供物で埋まっている。彼らの人生はわたしの手の中。我ながら痛すぎる妄想だった。

 

出来るならこういうのじゃなくて、鬼滅の刃とか描いて、みんなを感動させてみたかったな……とか思ったら、目から涙がこぼれて落ちた。漫画なんて描いたことないのにね。

 


おしまい

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