ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

今、あなたの最寄りにいます。

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ちやほやされるのが好きだった。それは事実です。


大学時代から付き合っている彼とはすでに家族のような関係で、安心感がハンパなく、別れることは考えられない。趣味と笑いのツボが同じで顔が好き。 手も繋がなくなって久しいけれど、寝息を立てる彼の長い睫毛、形の良い唇を見て「わたしたちの子どもはきっと可愛いね」と目を細めるグロテスクな夜を、わたしは愛していた。


それでも他の男と会う必要があるのかと聞かれれば、ない。でも、どうしてもちやほやされたかった。わたしを性の対象とし、こちらの心と体を覗こうとする男の視線のねばつきが、それを隠そうとして演じる余裕が、わたしを気持ちよくしてくれる。彼を裏切るつもりはないので、食事以上はしないがルール。独身の男相手にやると、思わせぶりだのなんだの言われて面倒なので(ぐうの音も出ない)、ここ数年は既婚者とばかり飲みに行っていた。周りに関係を疑われても、「え? あの人結婚してるんですよ、ないない」が言えるように。

 

既婚者の良さは余裕と落ち着き。……と言いたいところだけど、実際そうでもなかった。奥さんや子供を養う彼らは、自由に使えるお金は多くなかったし、変なタイミングでがっついて口説いてくる人もいた。でも、なんならその瞬間が、わたしは一番好きだった。わたしは口説き文句を咀嚼して、ゆっくり飲み込んでのどごしを楽しみ、困ったように微笑みながら言うのである。

「……一瞬本気にしちゃったな。結婚してるのにずるいです」


彼らは結婚しているので、わたしに断られたとしても、自分に魅力がない、モテないからだと傷つかずに済む。この女を抱けないのは、俺が結婚しているから。わたしはちやほやを手に入れ、彼らは断られてもなお、結婚してなかったら絶対イケた、俺もまだまだイケると満足する。……こう考えると、わたしとの食事はけっこうお得な気さえする。めちゃめちゃ合法・同僚とご飯。ちょっと切ないお土産付き。

 

そうしてタダ飯を喰らい続けて幾星霜、ひとりの男からLINEが届いた。「離婚が成立しました」。は? 異動前はたまに飲みに連れて行ってもらっていたけれど、わたしの異動は2年半前だ。もう元号も変わったんだが? ふぅん以上の感想はない。「そうですか」と思ったので、「そうですか」と返信した。15分後の「会えませんか?」は既読スルー。独身男性とは会えません。


武士の情けでブロックはせず、連絡を無視し続けて数日。帰宅してくつろいでいた金曜の夜に、またあいつからLINEが届く。

「少しだけ時間ありませんか」
「今、永福町駅にいます」

ゾッとした。永福町はわたしの最寄りだ。

「顔を見られたら帰ります」
「5分で良いです」

いや、キモすぎる。ガン無視を決めてNetflixで映画を選び始め、Twitterでバズっていたホラー映画を見つけたところで、インターフォンが鳴る。おいおいおいおいまさか。モニターに映った顔にはもちろん見覚えがある。恐怖が全身を一巡りしたが、相手の顔に以前はなかったシワや頬の痩けをみとめた瞬間、恐怖を押し流して塗り潰し、それでも余りあるほどの怒りがわいた。

 

モニター越しの男は、わたしの記憶の中の同僚よりも10歳以上歳上に見えた。2年半の老け方ではない。離婚で苦労したからかもしれない。離婚の経緯は知らないけれど、わたしが無関係なのは確かだ。わたしはかつて何度か食事に行っただけの同僚で、もちろん体の関係もなければ、「奥さんと別れて」なんて言うはずもない。そんなわたしに今になって執着しだした理由など、現実逃避しかありえない。

今、彼は焼け野原となった現実で過去を掘り起こし、小さな小さな『イケた』記憶を美化してお守りにしている。それだけなら勝手にしてくれて結構だけど、とっくに有効期限の切れたチケットを押し付けてくるのは迷惑行為でルール違反だ。たまにご飯に行ってた頃ならともかく、2年半も経ってから、「君のことが忘れられなくて離婚しました」みたいな顔で今更よくも近づいて来れるな。ていうかどうして住所知ってるんだよ。最寄り駅は話したかもしれないけど、マンションの位置は絶対教えてない。会社帰りをつけた? それとも何らかの書類を見たか? どっちにしても死んでくれ〜〜〜〜。

 

インターフォンの接続が切れて、わたしは今仲良しの別の同僚(既婚)に、「知り合いが急に家まで来て怖い」と575っぽいリズムのLINEを送って布石を打った。まだオフィスにいたらしい相手は、すぐに電話をかけてきてくれた。大丈夫? そいつ社内のやつ? 警察呼んだ? 今から行こうか?

 

来なくて良いです。

冷静になっていくにつれ、自分が始めたやりとりが面倒になってきて、「彼氏が来てくれることになりました🥺」と送って終わらせた。実際彼氏に連絡はしてない。呼べば来てくれるだろうけど、相手との関係を説明するのがダルかった。別にやましいことはない。……と、わたしは思っているけれど、彼氏はとても真面目な人で、「なんでわざわざ結婚している異性の同僚と飲みに行くの?」「2人で行ってたの? 向こうが勘違いするくらい頻繁に?」なんて問い詰められたら面倒だ。「ちやほやされたくて」とは言えない、流石に。

 

不意に雨音がして窓に目をやる。深夜から雨の予報だったが、今の時間からこんな強く降るとは思わなかった。雨粒を窓に叩きつけるみたいなゲリラ豪雨だ。傘をささないサラリーマンがマンションの前を駆け抜けていくのを見送って、電柱の影に微動だにしない影をみとめる。あの男だった。


……あいつ……。

 

冷えかけた頭に怒りが再燃した。不幸に酔った表情で部屋を見上げる男と目が合わないよう、カーテンにスマホを差し入れて、起動したカメラの画面越しに様子を伺う。ついでに録画もしておこう。警察を呼んで、動画を見せて、必要なら会社にも提出しよう。穏便に済ませるなんて発想はすでに頭から消えている。あいつに何を言われようと、会社でどんな噂を立てられても、わたしは被害者ヅラを通してやる。


ヤツの雨の染み込んだ重そうなコート、艶のない頬を滑り落ちていく水滴を想像するだけではらわたが煮えくりかえる。干からびた昔の記憶に火をつけて、わたしと無関係に傷ついた心を、捏造した恋の切なさでコーティングしようとしている図々しさは死刑に値すると思った。今すぐ雨粒が銃弾に変わり、やつを蜂の巣にしてほしい。iPhoneの不気味な三つ目のカメラ越しに、わたしは殺意を送り続けた。

おしまい

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