ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

不幸になったら愛されて幸せ♡

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小学校に上がる頃には、母親に好かれていないと気付いていた。「好かれていない」というよりも、「嫌われていた」が近いかもしれない。母は常識があって責任感の強い人だから、兄ふたりとの露骨な差別や虐待はなかった。けれど、ふとした瞬間の表情や、言葉の節々から拒絶を感じた。臭いものには蓋をと言うが、蓋をしたって臭いは漏れ出る。残念ながら、わたしは鼻のいい子供だった。

 

母に愛されなかった子供のわたしは、常に母親の視線を気にして、機嫌をとるのに必死になりーー……なんてことは別になかった。父は末っ子長女のわたしを溺愛していたし、どちらがわたしと手を繋ぐかでケンカするような兄たちだった。だから、当時のわたしは母親との関係をわりかしドライに受け止めていた。母親は男の子が、父親は女の子が可愛い。きっとそれだけのことなのだと。

 

そうとも限らないと知ったのは、小学校高学年の頃だった。友達が口々に「パパなんか嫌い」「でもママは好き」と言い出したからだ。幼なじみのマリカは母親とふたりで買い物に行ってお揃いの小物を買って喜び、サナの恋愛相談の相手は母親で、バレンタインのチョコレートを一緒に作ったのだとか。マジ? そんな友達みたいな母娘ありなの?

中2ではじめての彼氏ができた。相手はひとつ上の先輩で、わたしの地道なアプローチが身を結んだ形だった。並んで歩くだけで、彼の目がわたしを見ているだけで嬉しかった。学校帰りに家の前まで送ってもらい、「次は手を繋げたらいいな」なんてウキウキで自室に向かおうとしたら、珍しく母に呼び止められた。

「付き合ってるの?」
あぁ見られてたんだな、と思った。まぁ隠すようなことでもないしと思い、「うん」と返した。

「……汚らわしい」
一瞬、何を言われたかわからなかった。今でもはっきり覚えているのは、わたしを一瞥した冷たい目。カップとソーサーがぶつかる音。キッチンに向かう背中と、いつもより大きく尖った足音。コーヒーをシンクに流す音が聞こえて、わたしは無言でリビングを出た。

『汚らわしい』というひとことは、水面に落とした絵の具みたいにじわじわ頭を侵食した。サッカー部の部長を務めていた彼は、清潔感のないタイプではなかったけれど、少し着崩した制服は、大人の母の目には小汚く映っていたのだろうか。……そんな風に考えだすと、大好きだった恋人は急に輝きを失って思えた。それから何となく彼を避けるようになり、わたしの初めての恋は終わったのだけど――今にして思えば、それは都合の良い勘違いだった。母が『汚らわしい』と吐き捨てたのは、彼ではなくわたしの方だった。

 

兄たちより偏差値の高い大学、有名な会社に入ってお金を稼いでも、母の関心はわたしに向かなかった。でも、それで良いと思っていた。親子とはいえ母とわたしは別の人間なのだし、気の合わない人間が家族にいたって不思議はない。母から受け取る分の愛情は、父や兄、友達や同僚、恋人から補って余りあるほど与えてもらった。とても幸福だったと思う。

 

風向きが変わったのは最近で、わたしがパワハラを受けて休職したのがきっかけだった。たまたま様子を伺いに来た兄により、わたしは実家に連れ戻された。ただし、上の兄は海外赴任中で、下の兄は子供が産まれたばかり。わたしの世話は、2年前に父と死別した母に委ねられた。……良好と言えない関係で、ふたり暮らしはどう考えても無理がある。けれど、母とわたしを家族として平等に愛していて、不仲にも気づいていない兄ふたり(うちの家系の男性陣は、熱く優しく鈍感なのだ)に「母と仲が悪いので一緒に住めない」と伝えることは、同居以上に『無理』だった。母も同じ気持ちだったのだろう。それに、内心がどうであれ、責任感の強いあの人が病んだ娘を見捨てるはずはない。母は迷う素振りもなく、「帰ってきてほしい」と言った。

 

わたしはトランクひとつで実家に身を寄せた。ほとぼりが冷めたら自分の家に戻るつもりでいたけれど、冷蔵庫に開封済みのペットボトルやバター、花瓶に水を残したまま出てきた目黒のマンションに一度も帰らず、あっという間に半年が過ぎた。

 

母は驚くほどに優しくて、実家暮らしは快適だった。
心身を病むほど働いたこと、長い付き合いの彼と別れたこと。今までなんだかんだと理由をつけて、実家に帰らなかったこと。それらを責めず、ただひたすら相槌を打ち、いくらでも話を聞いてくれた。29年生きてきて、母が聞き上手だったのを初めて知った。毎日数時間、時にはお酒を飲みながら母と話した。心の内を言葉にして吐き出していくと、癒されていく実感があった。でも、だけど、だんだん母は、わたしの話の最中に首をかしげるようになった。否定的なことを言うわけではない。のに、小さなひっかかりを感じさせる表情に、わたしは動揺せずにはいられなかった。何か間違えただろうか。気に障ることを言っただろうか。わたしは次第に母の反応を見ながら話を盛ったり、方向を変えたり、自分のものでない考えを口にするようになった。自分のしたい話をするのではなく、母の聞きたい話を作りながら話すようになった。わたしと母しかいない世界で、母の機嫌を損ねれば居場所がなくなってしまう気がした。

 

わたしは――わたしは、最後の上司は相性最悪だったけど、それまではプライドとやりがいを持って働いているつもりだった。でも、そんな話は母には面白くなかったらしい。気づけばわたしは昔から仕事が大嫌いで、同僚も上司もくらだない人間ばかりで、そもそも会社も職業も分不相応で全く能力が足りていなかった、という話をしていた。母の様子を伺いながら何度も軌道修正し、母が微笑んでくれるように自分の気持ちを捏造する。笑顔の母に「そうだよね」と言われると、これで良かったのだと安堵した。そんなことを繰り返すうちに、自分の気持ちがわからなくなった。望んで就いた職は最低で、円満に別れたはずの恋人は極悪人だった気がしてきたし、幼馴染のマリカやサナもそういえば意地悪だったかもしれない。子供の頃からわたしの味方は母だけで、本当の意味で愛してくれていたのは父でも兄でもなく母だった。それが母の望むストーリー。わたしがつくった物語。いや、事実? 創作と事実の差が曖昧になり、自分の輪郭が曖昧になった。

 

この状態が健全でないのは、さすがに頭では理解している。わたしは濁ったぬるま湯の中を、母という浮き輪に頼って生きている。ほとんど引きこもりになり、8キロ太った今のわたしが感じているのは、人生のどこでも味わえなかった満ち足りた気持ち。泣きたくなるほど幸福だった。

わたしが休職していることを知り、先日元恋人が連絡をくれた。下心を感じさせない、純粋にわたしの心身を案ずる文面だった。恋は終わってしまったけれど、思い返せば本当に、誠実で優しくて、見返りを求めず他人に手を差し伸べられる人だったと思う。もしかしたら、彼はわたしの手を引いて、普通の人生に連れ戻してくれるかもしれない。ひとこと助けを求めれば、労働の充実感、健全な人間関係、好きだった映画や本に囲まれる暮らしを取り戻す手助けをしてくれるだろう。でもきっと、彼も母……ママに言わせれば下品で『汚らわしい』男だ。……あれ、汚らわしいのはわたしだったっけ……もうこの際どちらでもいいか。かつての曇りのない日々と、今の不幸で幸福な暮らし。どちらを選ぶべきかは子供でもわかる。その上でわたしがどちらを選ぶか、それもわかりきったことだった。

おしまい

 

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