内容証明郵便ってやつを、生まれて初めて受け取りました。彼の奥さんからでした。彼の奥さん? ……はい、不倫をしてました。相手は職場の上司です。
慰謝料……って、あの……。いや、わかってますよ。配偶者に浮気された場合、その不倫相手にも請求できるんでしたよね。すぐにコウくんに電話した。予想に反してすぐに出た。
「ちょっと、バレたの!? どういうこと? 今、書類が届いて、奥さんから!」
動揺のあまりの倒置法。一拍おいて彼の声。
「ごめん。妻に話したんだ」
おいクソバカ! 何してんだよ!!
瞬間、愛しのコウくんはクソバカに堕ちた。
そのクソバカの話によると、クソバカの行動を怪しんだ奥さんが、なんと探偵を雇っていたらしい。泳がされたクソバカは、まんまと証拠を握られて、わたしの身元も調べられ、慰謝料請求に至ったと。奥さんは子供を連れて、先日から実家に帰っているとか。
ていうかさ、それ話したっていうかバレたって言わない? この後に及んでなんでちょっとカッコつけたんだよ。
いや〜〜〜〜待ってよ、慰謝料600万円だって。気絶しそう。どこから出たのその数字。まさか相場をご存じない? いや、知っててふっかけてきてんだろうな。600万? 年収じゃん。貯金全部使っても足りない。それなのに、電話越しのクソバカは「でもこれで、やっとゆかりと一緒になれるね(キリッ)」……だってさ!!!!!!! あの、ちょっと、お願い🙏なのですが💦💦、今すぐ、死んでもらうコトって、可能😅⁉️⁉️💦
確かに不倫はしてました。ちょっといい店いいホテル、「同世代の男の子とじゃ味わえない経験♡」ってやつをさせてもらったかもしれません。
でももちろん、楽しいだけの恋ではなかった。彼の奥さんに嫉妬し涙した朝がありました。「出会う順番を間違えたね」と彼がつぶやいた夜がありました。「何言ってるの」と笑ってごまかすわたしの声は、震えていたと思います。それでは歌います。JUJUで『この夜を止めてよ』。何度もひとりでカラオケに行き、泣きながら歌い上げたものです。もうこの夜は止めなくていいので、慰謝料だけは何卒、何卒……。
電話の向こうで彼が言う。「ゆかりにも迷惑かけちゃったね」。う、うるせ〜〜〜!!! 超月並みなことを言っていいですか。家庭を壊す気はありませんでした。家庭を、壊す気は、ありませんでした!!!!!!!! 大事なことなので2度言いました。
コウくん改めクソバカのことは好きでした。でも年内で別れるつもりでいたんです。本当です。
今までありがとう。そう言って終わりにする予定でした。気持ちを清算できないまま、精一杯の笑顔を作って。ここからは妄想なんですけど、ちょっと付き合ってもらえますか? カッコ内は表情仕草その他です。
わたし「別れましょう」
彼「……どうしたの、急に(表情がこわばる)」
わたし「もう潮時かなって。わたしもうすぐ27だし、結婚してくれる彼を見つけます(無理におどけた表情で)」
彼「……ごめん」
わたし「どうして謝るの? わたし、本当に楽しかったよ」
彼「(少し間を置いて、何か決意した表情で)ゆかり、もう少し待ってくれないか」
わたし「(いたずらっぽく)奥さんと別れるって?」
彼「……すぐには無理でも、必ず(真剣な眼差し)」
わたし「ううん、いいの。あなたの家庭は壊したくない」
彼「ゆかり……!」
わたし「だって……。大切な人の、大切な家族、だもん……(儚げな笑顔)(溢れる涙)(風が涙の粒をさらっていく)」
妄想ここまで。今更何を言っても後出しだけど、本当にこれやるつもりだったから!
「これからも、奥さんと子供を大事にしてね。って、わたしが言える立場じゃないか」って舌を出してみせるけど、目には涙が溜まっていて(※わたしのビジュアルは長澤まさみで再生してください)……みたいなとこまで妄想済みです。
とにかく、奥さんから奪おうなんて1度も、微塵も……とは流石に言わないけれど、それって「会社爆破したい」みたいなアレで、本気じゃなかったんだってばーーーーーー。別れてからはオフィスでの彼の視線や言動から未練を感じ取りつつも、さらりとかわして会社員生活を送りたかったの! それから普通に独身の男と恋愛をして、普通に結婚したかったの! 彼に結婚の報告をして、「おめでとう」と「ありがとうございます」の一見普通のやりとりに、切ないニュアンスを染み込ませたかったの! ほんとにそれだけなんだって!
「……離婚が成立したら、ご両親に挨拶にいこうか」
は? 誰の両親に? わたし? ちょっと待って、わたしたちまさか結婚するの?? いやいやいやいやないないないない。夢から覚めたし魔法もとけた。今からあなたと結婚するだと? 年収1000万だとしても、今後慰謝料と養育費を払うんだよね? あと職場にはバレるよね? しんどい、本当に無理すぎる。せめてどちらかが会社を辞めれば……辞めるとしたらわたし、だよなぁ……。そして夫となる人はバツイチ不倫の前科持ち。わたしが言うのもなんだけど、1度やる人は2度やります。んで2度あることは3度あり、3度からあとはなし崩し。無理無理山の無理侍……。
「……ゆかり、どうしたの?聞こえてる?」
どうして? わたしは普通に生きたいだけなのに。いや、違う? ならなぜ奥さんのいる人と関係を持った? コウくんのことが好きだったから? それだけか? ならどうして今、彼との結婚を望まない? 600万にびびったか? そもそもわたしは男に狂えるタイプだったか? 別れのシナリオまで描くわたしが? 手頃な切なさ、背徳感に惹かれなかったと断言できるか? ずっと普通の人生だった。だからこそ、せめて平凡な恋に不倫のオプションをつけて、エモに浸りたかったのか? なら望み通りの展開じゃないか。不倫にオリジナリティはないが、慰謝料600万円の恋は、ちょっと普通じゃなくってウケる。
電話の向こうで、まだコウくんが何か言っていた。けどもう何も聞きたくないし、何ひとつほしくなかった。それより慰謝料を減額するには、奥さんとの交渉が必要だろう。土下座の準備はできている。今のわたしに必要なのは不倫相手の中年男性ではなくて、たぶん弁護士なのだった。アディーレ?
おしまい
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