「あのさぁ、マジでいいかげんにして」
そう言ったなっちゃんの視線は鋭く、体に穴が空きそうだった。何も言わないところからして、亜由たちも同じ気持ちなんだろう。男子は状況が飲み込めず、遠慮がちな視線をいったりきたりさせている。
なっちゃんの言うことはもっともというか、積もり積もったものがあったんだと思う。ふとした瞬間の冷たさとか、冗談めかした、でも絶対マジなダメだしとか、そういうサインには気づいていた。距離をとるべきなのはわかってたけど、離れるのも怖かった。
沈黙。一旦ターンを終えたなっちゃんが、わたしの言葉を待っている。何か言わなくちゃ。何か、何か……何を?
絶対泣きたくなかったのに、ごめんなさいと言い切る前に涙がこぼれた。それからせきを切ったようにボロボロ涙が落ちてきて、あぁ、ますますなっちゃんに嫌われてしまうと思った。こういう時は最初にきちんと謝って、ふたりで話せる場所に誘って……そうしたいのに、喉が強張って声が出ない。
傍観者だった島本くんが「言い過ぎだ」となっちゃんを咎める。松田くんも「もっと言い方あるだろ」と続く。すべてが最悪で、わたしは部屋を飛び出した。その選択すら最悪だったと、外の空気に触れて気づいた。
財布もスマホも持たないわたしの行き場は、近くの公園しかなかった。ベンチの上でひざを抱える。もう無理だ。今すぐ大学辞めたい。
思えば小学校の頃から、女の子とうまくやれてない。仲良くしたくて、嫌われたくなくて、自分なりにはがんばってきた。何をされても悪口は言わず、頼まれごとも断らなかった。そうやって努力して努力して、親友には選ばれなくても、グループには置いてもらえてた。けれど、相手の機嫌を伺う視線や、周りの同意を欲しがる態度は、人の神経を逆撫でしてしまう。「何がしたいの? 自分の意見は?」なんて聞かれるのが一番困る。わたしの意志はどうでもいいから、あなたの癇に障らない答えを教えてほしい、本当に。女の子相手だと、わたしはどこまでも卑屈になる。
女の子とうまくいかなくなった時、今回みたいに男の子がかばってくれることがあって、毎回殺意に近い感情がわく。女どうしで解決できない関係の歪みを、男が何とかできるわけがない。
裁判のつもりで爆弾落として、焼け野原には目もくれず、「女こえ〜(笑)」とか言いながら良いことをした気になるお前らは、幸せそうで羨ましいです。
……とか言っといてなんだけど、男の子たちは悪くないんだ。多少下心があったとしても、半分以上は真心というか、同情というか、とにかくそういうアレだろう。感謝するべきなのに疎ましい。かばわれてるのに、小さな箱にぎゅっと押し込まれた気持ちになる。
いっそ割り切って、男の子だけとつるんだら気楽に生きていけるかもしれない。けれど、わたしは女友達を諦められない。それが純粋な望みなのか、執着なのかはわかんないけど、とにかく女の子と仲良くしたかった。
ほどなくして、息を切らせた松田くんが公園に来た。わざわざ探してくれたんだろう。それなのに、隣に座った彼の慰めは脳を素通りし、なっちゃんを非難する言葉にはむしろ腹が立った。なっちゃんを悪く言わないで! 口には出せないくせに、そういう思いが、ううん、そう思っていることが、松田くんを飛び越えてなっちゃんに届いてほしいと願った。
そのうち島本くん、坂井くんまでやってきて、男子が全員わたしの周りに集まる形になった。みっつの口がそれぞれ放つ優しい言葉はなにひとつわたしの心を癒さず、やっぱり脳を素通りして消えた。
「……ああいう女どうしのゴタゴタは、お前みたいなのにはきついよな」
苦笑いを浮かべた松田くんに頭をポンポン撫でられた時、「本当に終わった」と思った。なっちゃんは松田くんが好き。安い同情を買ったわたしを、なっちゃんはきっと許さない。
全員うるせぇ、特にお前。
頭に置かれた手のひらから、この苦い気持ちが伝わればいい。……あぁでも、こういう気持ちを女の子にも抱けたのなら、案外うまくやれてたのかな。
わたしが飛び出してきた部屋で、今頃なっちゃんも泣いている気がした。ゆりちゃんと亜由に肩を抱かれる彼女の姿が頭に浮かんで、申し訳なくて、うらやましくて胸がくるしい。頭を撫でる手はいらないから、小さく震えるなっちゃんの背中を、わたしもさすってあげたかった。
おしまい
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(おまけ)
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