ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

わたしをアンチにさせないで

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人生で1番幸せだったのは、高校時代と断言できる。鈴香ちゃんがいたからだ。エスカレーター式の女子校に、高等部から編入してきた水野鈴香ちゃん。思ったことはすぐ口にして、大きな声でアハハと笑う。開けっ広げで明るくて、のんびりしたお嬢様校(笑)の中では正直浮いていた。けどだからこそ、ひときわ輝く魅力があって、みんな彼女が大好きだった。ほとんどの生徒が内部進学を選ぶ中、鈴香ちゃんは外の大学に飛び立っていった。たった3年間。彼女は鳥籠に羽を休めに来ただけかもしれない。でもわたしにとっては、モノクロの世界があっという間に色づくような鮮烈な出会いだった。記憶の中の高校時代は、どうしようもなく鈴香ちゃんの色に染められている。

 

卒業から12年。わたしと彼女の交友は、今もゆるゆると続いている。半年ぶりに会った鈴香ちゃんは、少し痩せて肌が荒れていた。


「……ほんと、上手くいかないな」
鈴香ちゃんはコーヒーを前にため息をつく。


鈴香ちゃんはとっても仕事ができるけど、恋愛は本当に下手くそだ。珍しく彼氏と長続きしてると思ったら、先月新卒に寝取られたそうな。まぁそこまではよくある話だけれど、別れ話をされた彼女は、あろうことか『私と別れない理由3』なんてスライドを作って彼に送りつけたらしい。いやドン引き。恋愛はナマモノ、感情的な営みだから、仕事みたいに行動に成果を求めても無駄だ。出来の良い資料はクライアントを満足させても、男の気持ちは取り戻せない。

 

束縛はせず、言われる前に気を回して、料理も、掃除も、彼の家族への贈り物さえ買って出ていた鈴香ちゃん。「私、いい奥さんになると思うんだけど」という彼女の言葉は、確かにその通りだろう。けれど少なくとも、婚約者でもない鈴香ちゃんが頑張るべきはそこではなかった。


尽くす女は男性の理想のようで、実際のところそうでもない。今の……いや、彼と付き合っていた頃の鈴香ちゃんのライバルは、ルンバやAmazonや家事代行だ。機械やサービスが出来ることを、恋人がこなす必要はない。

というか、家電やサービスと張り合ったとて勝ち目はないのだ。『言われる前に』『基本無料』の点では分があるけれど、『見返りを求めない』『疲れた顔をしない』『罪悪感を持たせない』の3部門では惨敗だ。


見返りを求めながら差し伸べる手は、ツンとした嫌な匂いがする。まともな人はためらうし、まともじゃない奴には良いように利用されてしまう。試食を食い荒らしておいて「えっ? 買ってほしかったんですか!?」みたいな顔を平気でするのだ。鈴香ちゃんの元彼のように。


恋人がすべきは、むしろやらせてあげること。やってもらって感謝して、「俺はできる、必要とされてる、価値がある」と自信を持たせてあげること。それは家電には不可能だ。

 

こちらから何かしてあげるなら、自分に余裕がある時に、見返りを求めずに済む程度に限る。ミスをした後輩にコーヒーを差し入れるとか、失恋した友達の愚痴を聞くような。「好かれたいから」じゃなく、「あなたが好きだから」行う、愛があり無理のない行動。


高校時代、見返りのない優しさを振りまく鈴香ちゃんは、たまらなく魅力的だった。それなのに、いつから上目遣いで男の機嫌を伺って、プロポーズを待つ退屈な女になったんだ。そんなんじゃまるでわたしみたいだ。


勝手な期待の押し付けと言えばその通りだけど、鈴香ちゃんはかっこよく生きてほしかった。わたしが共感できたり、ましてや解決法の思いつくようなことで悩まないでほしい。ずっとひとりで生きていくか、年下の男を養うとか、せめて画家とか小説家、そうじゃないなら実業家とか、そういう男と華やかでドライな恋愛をしてほしかったのに。なんで普通の男に恋をして、普通に振り回されて泣いたりしてるの。あんなに賢くて、周りの目なんか気にしなくって、強くてかっこよかった水野鈴香が、普通の女の子だなんて知りたくなかった。


男がいても二の次で、仕事が1番! わたし恋愛向いてない! って笑ってた頃の鈴香ちゃんが良かった。そういえば、あの時の彼氏は鈴香ちゃんが大好きで、結婚したいって言ってたし、鈴香ちゃんが別れを切り出したら、別れたくないって泣いてたよね。ていうかあの時の彼氏の方が、顔もスペックも良かったよね? 

 

ねぇ、考えたくなかったけど、鈴香ちゃんが無償の優しさを振りまけるのは、本当に好きな人以外ってこと? 直近の彼氏が本当に好きで、好きだからこそ期待して、見返りを求めてしまったってこと? だとしたら前の彼氏や、わたし……や、他の女友達は、期待する対象じゃないからこそ、あんなに魅力的に振る舞えてたの?

憧れの端っこがジリジリ灼けて、憎しみに変わっていく感じがする。公式が地雷。解釈違い。勝手な憧れと現実のギャップに苛立つなんて、わたしってヤバい女だな。そう思うけど止められない。


わたしは全方向に好意を振りまき、出た芽を育てるみたいに恋愛してきた。小手先だけで結婚にこぎつけたわたしは、たぶん恋愛が得意なのだ。だから、望まれればある程度、建設的なアドバイスもできる。例えば、

「鈴香ちゃん、大好きな彼に別れ話をされたなら、怒ったり責めたりするのは逆効果だよ」とか、

「言いたいことはぐっと飲み込んで、お礼だけ言って引いた方が、彼の中で綺麗な思い出になる」

「『今』、彼は別れたくて仕方ないんだから、説得なんてできないよ。でも、『今』の気持ちは永遠じゃない」

「復縁したいならほとぼりが冷めてから、『綺麗な思い出になった元カノ』として、彼の人生に再登場しな。自分が彼女の立場でも、怖いでしょ? 『綺麗な思い出になった元カノ』」

などなど。でも鈴香ちゃんには絶対言わない。

 


いくら鈴香ちゃんが彼を好きでも、わたしは鈴香ちゃんにあんな……大した取り柄もない、論理的ぶった感情的な、Excelファイルで性欲に負けた言い訳をする男なんかとくっついてほしくないからだ。テーブルの下でぐっと拳を握りしめ、お腹に力を入れてから、わたしは鈴香ちゃんの目を見て言った。視線で呪いを流し込むように。

「本当にひどいよ。鈴香ちゃんがあんなに尽くしたのに……。絶対絶対、納得いくまで話し合いなよ!」


そうしたい、そうしたいけど、と呟く鈴香ちゃんの潤んだ目。ネイルの先が剥げた、かさついた手を握りつつ、わたしは祈った。


どうか、どうか、鈴香ちゃんと彼の仲が修復不可能なほどにぶっ壊れますように。悲しみにくれる鈴香ちゃんが、わたしに電話をくれますように。鈴香ちゃんが、もう二度とくだらない男にひっかからずに、カッコよく生きてくれますように。


鈴香ちゃん、大好きだよ。……わたしをアンチにさせないで。

 

おしまい

 

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