ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

3人でいても、ふたりとひとり

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高校入学初日から卒業までを、ニイナとハヅキと一緒に過ごした。ふたりとも大好きだけど、奇数のグループって難しくて、どうしてもふたりとひとりに感じる時があった。ニイナとハヅキ、それからわたし。境界線はすっごく薄い膜みたいで、無視することも、見えないふりして突き破ることも簡単だった。けれど、膜は何度でも再生し、わたしたちを優しく分断した。誰かに悪気があったわけではない。膜が出来てしまう理由は、3人の中でわたしだけ帰る方向が違ったりとか、微妙な好みの違いとか、そういう些細でどうしようもないことだった。


それぞれ別の大学に入り、まったく違う職業に就いても、わたしたちの交流は続いた。わたしは書籍関連の企画職、ハヅキは製薬会社で営業。ニイナはアパレルで働いていたけれど、一昨年の結婚を機に辞めて、今は優雅な専業主婦だ。面食いのニイナが選んだだけあり、年下の夫のスミヒトさんはアイドルみたいな甘くて端正な顔立ちをしている。ニイナの実家は中規模の会社を経営しており、スミヒトさんが継ぐそうだ。自称「本当ならまともな職にはつけない経歴」のスミヒトさんは、ニイナに頭が上がらないとか。

そんなスミヒトさんが浮気をしてると知ったのは、まったくの偶然だった。出張先の金沢で、スミヒトさんが女と腕を組んで歩いているのを見かけたのだ。よく見れば相手がハヅキだったので、倍驚いて死ぬかと思った。東京を離れて浮かれているのか、ふたりは人目も憚らずに体を寄せ合い、往来でイチャイチャしていた。買ったばかりのiPhone13で写真と動画を撮影してから、わたしはふたりに近づいた。振り向いたハヅキは目を見開いて固まっていた。隣のスミヒトさんも気づいて、この世の終わりみたいな顔をしていた。弾かれたように距離をとったふたりを引き連れ、わたしは近くの喫茶店に入った。

 

「あのね、タマキ、これは違うの」
オーダーを受けた店員がテーブルから離れた途端、ハヅキは言った。こういう時、本当に「違うの」って言葉が出るんだな。……そんなどうでもいいことが頭をよぎった。


「わたしたち、その、そういうんじゃなく……」
ハヅキの視線はせわしない。正面のわたしを見る目には懇願、自分の手元を見る目には逃避の色が浮かんでいる。時折、隣りのスミヒトさんを見つめてはすぐに視線を逸らす。……スミヒトさんを見るハヅキの目には、この場に及んで黙りこくっている彼を非難する色はない。むしろまずい立場に置かれた彼に対する同情と罪悪感が滲んでいた。それでいて、「そういうんじゃない」の否定を更に否定してほしい期待も混ざって猥雑だ。だけどそういう猥雑さが恋の本質のようにも思う。適切な『他人』の距離をとり、目も合わせないこの状況こそが、iPhoneの中の写真以上にふたりの関係を表していた。


「違うの? じゃあさっきの写真、ニイナに送ってもいい?」
意地悪な質問に、ハヅキはグッと言葉を詰まらせ涙目になった。スミヒトさんは席についた時から微動だにせず、無言でコーヒーカップを見つめている。 

 

「……ごめんなさい」
白旗をあげたニイナの声は震えていた。わたしに謝られても、と思ったけれど、もしかしたら謝罪の宛先はニイナかもしれない。目の前のわたしにギリギリ聞こえる小さな声は、280キロ離れた東京のニイナに届くはずもない。


今まで秘密にしていたぶん、聞いてほしい気持ちもあったんだろう。ハヅキは初めはぽつぽつと、やがて流れるようになめらかに、スミヒトさんとのなれそめを語った。最初にニイナに紹介された日、ハヅキはスミヒトさんに一目惚れしたらしい。ひた隠しにしていた気持ちは、偶然バーで出くわした夜に爆発した。ちょうど1年前だったそうだ。それからふたりは逢瀬を重ね、妻の親友、親友の夫でありながら、禁断の恋に溺れたそうな。


「……怒ってる、よね……」
上目遣いに顔色を窺うハヅキの言葉で、自分が唇を噛み締めているのに気づいた。カップの持ち手にかけた左手の指は震え、テーブルの上に置いた右手は拳を握りしめていた。

 

そう、わたしはすごく怒っていた。どんなにおしゃべりをしても、秘密を打ち明けあっても、わたしが間に入れないくらい親密だったニイナとハヅキ。そんなふたりがこの期に及んで、ひとりの男をシェアしてるなんて、看過できるはずがない。


「どうして仲間外れなの?」
「え?」
ハヅキが驚いたようにわたしを見て、スミヒトさんも緩慢な動作で顔を上げた。はっきりとした二重の目。高い鼻、形の良い唇。これで身長180センチを超えているのだから、一般人にしておくのがもったいないくらいの美形だ。学生時代にニイナとハヅキが大好きだったアイドルによく似てる。

 

「どうして……また、わたしだけ」
目頭が熱くなり、思わず口元を右手で覆う。3人でいても、いつだってニイナとハヅキは2人組だった。それは仕方のないことと諦めていたけど、スミヒトさんをめぐる三角関係からも外されて、ますますひとりぼっちが身にしみる。高校の頃、帰りの電車で話が盛り上がったらしいニイナとハヅキが予定外に下車してふたりでカラオケに行ったのを、翌日聞かされたことがある。「次はタマキも!」と落書きされたプリクラをもらった時のあの気持ちが、鮮やかに鋭く蘇る。男で、少しばかり(いや、だいぶ)美しいからって、恋なんていう反則技で、ふたりの間に割り込むなんて許せない。……このわたしを差し置いて。


ハヅキの顔には「ワケがわからない」と書いてある。わたしだってワケがわからなかった。けれど、人間の感情なんてワケのわからないものなのだし、ワケのわからないモノを論理的に扱おうなんて無理がある。重要なのは、今、強いカードを持っているのがわたしであるという事実だけ。


「わたしもスミヒトさんとセックスしたい」
言いながら、「本当はしたくない」と思う。それでも知ってしまった以上、わたしも彼とセックスするしかない。

 

「それが無理なら全部バラす。ニイナにも、ニイナの両親にも」
「どうして」
顔面蒼白のハヅキの唇は乾燥してひび割れていた。


「タマキもスミヒトさんが好きだったの?」
んなわけねーーーーーーだろ、考えてくれ。頭がカッと熱くなる。ハヅキだってよく知ってるはずだ。高校時代から一貫して、わたしはジャニーズよりもアメフト選手、男性ホルモン全開のゴリラっぽい男が大好きでしょうが!!!! わたしが好きなのはニイナとハヅキで、それ以上何もいらないのに、どうして数回しか会ったことない、親友の夫を欲しがってるなんて、つまんない話にしてしまうのか。ていうか、「秘密を守りたきゃセックスさせろ」って、我ながら何? キモすぎる。最低ウンコ人間だ。せめてハヅキがこの恋を、わたしだけに相談してくれていたならば、こんなことにはならなかった。ニイナへの後ろめたさを共有し、ハヅキとの絆を強くして……そう、『ふたり』になれたかもしれない。それなのに、ひとりだけ蚊帳の外すぎて、あのさぁ……は? 蚊帳を破って突入するには、スミヒトさんとのセックスしかない。最低ウンコ人間にならざるをえないという点で、わたしはめちゃくちゃ怒っている。

 

スミヒトさんは「俺は……まぁ……構わないけど……」と口元をニヤニヤさせている。スミヒト生きとったんかいワレ。ずっと黙ってるもんだから、てっきり石になったとばかり。ショックを受けているのは隣に座るハヅキの方で、「でも」「そんなのって」とブツブツつぶやき、「彼はニイナの」と言いかけて流石に口をつぐんだ。ハヅキが手を出した時点で「彼はニイナの旦那さんだから」なんて論理は崩壊している。

 

スミヒトさんの腕をとり、わたしはハヅキを置いて店を出た。タクシーに乗り込んで、スマホで探したラブホを指定。父親と同世代の運転手が、一瞬下世話な視線を投げてきたけど無視をした。走り出したタクシーの中で、スミヒトさんがわたしの手を握ってきた。微笑む顔はそのままジュノンの表紙になりそうだけど、どこまでもわたしの好みではない。わたしはジュノンより俺物語っぽい男が好きだ。相手が乗り気かどうかは置いといて、好みでもない男にセックスを強要するわたしは、人として本当に終わっています。これも全部ハヅキのせいだ。ホテルでベッドになだれ込んでから、「ハヅキたちの写真をニイナに送って、傷ついたニイナと『ふたり』になる手があった」と気がついた。その方が倫理にのっとっている。クッソクソクソ失敗した、と思うも後の祭りだし、同じアホなら踊らなソンソン。やることやって、数時間後にスミヒトさんをハヅキに返した。それからひとり新幹線で東京に帰って、駅でニイナにLINEした。


「ニイナ、お土産買ってきたよ〜!来週どこかでランチしよう」
死なば諸共。最悪の行いをしたわりに、気分は晴れやか。ハヅキと共通の秘密を抱えた今のわたしは、今まで知らずに抱えていた孤独感から解放されて体が軽い。初めて「わたしたちは3人だし、わたしはひとりじゃない」と思えた。

あぁ、早くニイナに会いたい。何も知らないニイナの顔は、ハヅキとの絆を実感させてくれるに違いなかった。


おしまい

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