え、サオリさんがネットで中傷されてる? インスタですか? Twitter? うそ、フリマアプリまで? なんだか最近、投稿少なくなったと思ってたんですけど……そういうことだったんですね。
うわぁ、かなり酷いですね。サオリさんあんなに良い人なのに。こういうのって、やっぱ見ず知らずの人なのかなぁ。知り合いだったら嫌ですね。
え? 犯人わかったんですか。誰……え? わたし? ……ですか?
ちょっと、ちょっと待ってくださいよ。わたしは入社当初から、サオリさんにはすごくお世話になってます。そんなことするわけないじゃないですか。
…………。
……あっそ。マジでバレてんだ。はいはい、わたしがやりました。で、今日の目的は何です? サオリさんこの場にいないのに、まさか謝れなんて言わないですよね。……そうですか。中傷してたのがわたしだって、サオリさんはまだ知らないんですね。
どうしてあんなことしたのかって?
あーあ、それ聞いちゃうんですね。でも聞けちゃうのがミツキさんだし、そういうミツキさんだからこそ、あの人と仲良くできるんでしょうね。
サオリさんを見てるとイライラします。
良い人なのはわかってますよ。でもあの人が優しいのって、余裕があるからじゃないですか。
優しさの原料は余裕です。
飢えてる人にパンを差し出せるのは優しい人ですか? いいえ、お腹が空いていない人です。あるいは、今はお腹は空いてるけれど家に帰ればお菓子がたくさんある人とかね。そりゃパンなんてあげちゃえますよ。パンがないならお菓子を食べればいいんだもん♡ってね。
わたしは……会社に居場所がなくなるのが怖かったから、セクハラにも耐えて、いつでもヘラヘラ笑ってました。サオリさんがわたしのために抗議してくれた時は、ちょっと本気で感動しました。……でも、リスクをとれたのは自分に味方してくれる人――例えばミツキさんとかですけど――がいるってわかっていたからだし、最悪、仕事をやめても生活に困らないからじゃないですか。いざとなったら帰れる実家と、頼れる家族がいるんです。ちなみにお兄さんは弁護士でしたね。
東京生まれで、当然のように私立に進んで、大学に行かない人生なんて考えたこともない人。将来のための習い事を、いくつも通わせてもらえた子。年に一度は海外旅行、ハイブランドの贈り物。それでも、自分の家を特に裕福だと思ってない人種。仕事を辞めたら辞めたで留学でもして、過去があるから今がある! とか海辺の写真を投稿するタイプですよね、サオリさん。
あの人が優しいのは、他の人より余裕があるからなんです。だからいつでも正しい振る舞いができる。そして、そういう態度がますますあの人の評価を上げて、サオリさんって良い人だよね、素敵だよねって愛される。ずるいです。
ミツキさん。さっきから黙ってますけど、何考えてるか当てますね。わたしが語るサオリさんの嫌いなところ、ほとんど自分にも当てはまるな、って考えてたんじゃないですか。家庭環境や育ちもそうだし、ミツキさんも他人のために損得勘定抜きで動けるタイプですもんね。でもわたし、ミツキさんには憧れてます。
何が違うのって顔してますね。
サオリさんの優しさは余裕でできているけれど、ミツキさんの優しさは、生まれ持ったものって感じがします。うまく説明できるかわかりませんが……サオリさんの優しさは、実家が借金抱えて一家離散して、自身もサラ金に追われだしたら目に見えてしぼむと思うんですね。でもミツキさんのそれはしぼまない。余裕の有無に影響を受けない、神秘的な何かでできた、漫画の主人公みたいな優しさ。ミツキさんは借金まみれでも拾ったお金は持ち主に返すし、お腹が空いてても他人にパンを分け与える人です。
いいなぁ、羨ましいな、って気持ちに「なんで?」や「ずるい」が加われば嫉妬に、「敵わない」が加われば憧れになります。サオリさんもミツキさんもすごく優しいです。でも、サオリさんの優しさは、環境を入れ替えたらわたしも持ち得たかもしれない。一方、ミツキさんのお家に生まれてミツキさんと同じように育っても、わたしはミツキさんみたいにはなれない。だから素直に憧れられるんです。……買い被りだと思うかもですが。
ねぇミツキさん、同期のサオリさんとは入社直後に意気投合して、親友になったと聞いています。サオリさんと仲良しなのは、自分と似てると思うからですか。
もしもそうなら、彼女の家に生まれて健やかに育ったのがわたしであれば、わたしが親友に選ばれた可能性だって、じゅうぶんにあるじゃないですか。
……え? ミツキさん、本気でこの件に自分は関係ないと思ってたんですか? ……あぁ、そっか逆に、か。……いえ、無関係だと信じてたから、こんなでしゃばった真似ができたんだなって。探偵ごっこは楽しかったですか?
ミツキさんは賢いけど、ある面ではすごく鈍いですよね。でもね、そういう鈍さにも、わたしはどうしようもなく憧れてしまうんです。
オーストラリアにクァッカワラビーという動物がいて、『世界一幸せな動物』と呼ばれているそうです。可愛いのであとで検索してくださいね。で、そのクァッカワラビーは、野生動物なのに人懐っこくて、観光客に近寄ってくるらしいんです。何でも天敵がいないから、警戒心がまったくないんだとか。ミツキさんみたいですね。鈍いことを許される人特有の鈍感さ。
ミツキさんが食事に誘ってくれたのは初めてですね。すっごく嬉しかったです。結局、親友のためでしたけど。……もしも生まれた家が違ったら、ミツキさんはわたしのために探偵になってくれたかな、なんてことをずっと考えてました。
サオリさんに謝る? それは嫌です。
悪いのはそりゃあわたしです。長々語りましたけど、全部逆恨みだし、嫉妬です。はい。でも謝りたくはないです。
わたしはサオリさんを攻撃して、余裕を削いで、優しさを失わせたかった。みっともなくイライラしたあの人を見てみたかった。
だけど……リア充って、最近はあんまり言わないのかな。現実世界で満たされているサオリさんは、ネットとはっきり線引きが出来てしまっている。だからあの人にとってネットの中傷は、不快でも大ダメージではなかったんですね。
わたしのしたことは最低で、恩を仇で返すゲスな行為です。訴訟されても仕方ないですし、サオリさんや会社のみんなにバラしてくれても構いません。出来るなら内緒にしてほしいけど、止める権利はありませんから。でも、今の段階で謝るかどうかを決める権利はわたしにあります。
……だって、謝ったらあの人はわたしを許すじゃないですか。育ちの良い人が困った時の、あの独特の微笑みで、私もごめんねとか言うんでしょ、100%被害者のくせに。そんなの無理だ、無理すぎる。わたしだって手に入れられたかもしれない優しさで、許しを与えられるくらいなら死にたい。
ねぇミツキさん。もうバレてるし、これ以上サオリさんに粘着する気はありません。だからもういいんじゃないですか? なんか最近SNSが荒れないな、良かったなぁって、あの人がホッとできればじゅうぶんでは? 仲良し……だと思ってた後輩に中傷されてたって、わざわざ伝える必要あります?
会社の人にバラしても、良いこと全然ないですよ。みんな面白おかしく噂して、被害者の……サオリさんの落ち度を探そうとするだけです。信じてもらえないかもしれないけど、わたしそれだけは我慢できません。
落ち度のない人が他人の悪意に晒されると、自分にもいつ降り掛かるかわからなくって不安じゃないですか。だから被害者にも非があるってことにして、じゃあ自分は大丈夫だねって、みんな安心したいんですよね。わたしとサオリさんならそうだな……例えば男関係でもめたとか、陰でわたしをいじめてたとかになるのかな。そういう下品で根拠のない噂によって、あの人が貶められるのは耐えられません。この件はどこまでもピュアな逆恨みで、サオリさんに落ち度はない。……全部わたしのせいなのに、何言ってんのって感じですけどね。
あ、もうこんな時間。明日も朝からサオリさんと打ち合わせなので、この辺で失礼します。お金はここに置いておきますね。
……もしも生まれ変われるならば、わたしも死ぬほど優しくて、びっくりするほど鈍感で、ミツキさんに親友に選んでもらえる女の子になってみたいです。さようなら。
おしまい
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