ゆらゆらタユタ

わたしのブログ

死んだので、デリバリー怨霊デビューします。

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キキーッ! ドーン! ぁたしゎ死んだ。

それは散歩中の事故だった。週末に締め切りを2本抱えて頭も原稿も真っ白なわたしは、「アイディアが浮かばないのは部屋で引きこもってるからでは?」と思い立って部屋を出た。コンビニに寄り、ストロングゼロに手が伸びたけど、結局お茶と焼き鳥を買った。アルコールを自重したのは家に帰ったら漫画を描くつもりだったからだけど、どうせ死ぬなら何でも良かったな。

 

イヤホンを耳につっこんで、radikoで毎週聴いてるお笑い芸人番組を選んだ。ふたりの楽しそうな会話を聴いていると、自然に口元が緩んでくる。髪ボサボサで顔色が悪く、中学のジャージにサンダル履きで、コンビニの袋をぶら下げて深夜にニヤニヤしながら歩いてる女、ヤバいな……そんなことを考えてたら、信号が変わったのに気づかなかった。響くクラクション。迫るヘッドライト。あ、轢かれる――と思った時には体は空高く舞い上がり、ぁたしゎ死んだってヮケ。

 

即死だったようで、痛みを感じる間もなくお陀仏。意識が体から抜け出して、気づけばうつぶせで血を流す自分の体を見下ろしていた。慌てて飛び出してきたドライバーに、「もう死んでるので救急車よりは警察かもです」なんて話しかけてみるも無視。生きてる人間には見えないみたい。

困ったなぁとあたりを見渡していると、ひとりのおじいさんと目が合った。……ん? 目が合った? なぜ?

 

「死にたてですか?」
品の良いシャツとスラックス、ジャケットを身につけたおじいさんは、笑顔で話しかけてきた。低く乾いて渋みのある、聴く者を警戒させない良い声だった。

「……わたしが見えるの?」
咄嗟に返した自分の言葉がかなり『幽霊』だったので、おかしくてひとりで笑ってしまった。おじいさんは戸惑うでも怒るでもなく、わたしが落ち着くのをにこやかに待った。

「ふふ……すみません。おっしゃる通り今死んで、あそこで倒れてるのがわたしの本体? 肉体です」
「若いのに可哀想に。ご愁傷様です」
おじいさんが手を合わせる。『御愁傷様です』って言われたら、何て返せばいいんだっけ。思い出せずに「あ、どうも」などと適当に返した。聞けばおじいさんも幽霊で、今年で死後20年だとか。

 

「わたしってこれからどうなるんですか?」
「今からお迎えが来て、裁判にかけられるのが通常の流れです」
「裁判?」
「閻魔様なんて、今の子はもう知らないのかな。生前の行いによって、天国行き・地獄行き・生まれ変わりなどの判決が出ます」
「あぁ、聞いたことあります」
死後の裁きか。人生を振り返ってみても、地獄に落ちるほどの悪行も、天国に行けるほどの善行もはたらいていない気がする。そんな裁判があるのなら、貯金を全部慈善団体に寄付すれば良かった。雀の涙ほどの貯金で、どのくらい加点されるか疑問だけれど。

 

「幽霊になったら、誰もいない深夜の図書館を独り占めしたり、満員の劇場にするっと入って観劇できると思ってたんですけど……そうもいかないものなんですね」
「……出来なくもないですよ」
深いシワの刻まれたおじいさんの顔には、やはり薄い笑みが浮かんでいた。

「全員がすぐに裁判を受けて行き先を決められてしまうなら、20周忌を過ぎた私が、こんなところでブラブラしているはずがないでしょ?」
「……あ、ほんとだ」
「ここで会ったのも何かの縁。突発的な事故の場合、お迎えまで時間がかかりますし、少しお話をしてもいいですか?」
「えっ? あ……はい」
おじいさんに促され、カレー屋の前のベンチに座る。救急車のサイレンが聞こえた。結局、救急車呼んだんだ。救急車には死体を乗せないって前に聞いたけど本当だろうか。わたしの死体はアスファルトの上に転がったままだ。

 

「私、こういう者です」
おじいさんに差し出された名刺には、「日本怨霊協会 佐竹忍」と印字されていた。胡散臭すぎる団体名に、思わず顔が引き攣った。

「怪しいと思われるのも仕方がありません。ですが、何かを売りつけたり、契約させようとは思ってないので暇つぶし程度に聞いてください」
「はぁ……」
「まずはこのスライドを見てください」

おじいさん――佐竹さんは使い込まれた革のバッグからタブレットを取り出して、プレゼン資料を表示した。操作する手には迷いがなく、説明に慣れているみたいだった。

 

「『呪い』って聞いたことありますよね」
「はい、一応。ホラー映画の知識ですけど」
「結構です。呪いは大きく分けて2種類あります。死者の呪いと生者の呪い」

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タブレットに表示された資料には、いらすとやの素材が使われている。幽霊も使うんだ、いらすとや。まぁ死んだ人間は使用不可なんて規約はないもんな。

「死者はともかく、一般的な生者には誰かを恨む気持ちがあっても、それを呪いとして飛ばすスキルはないわけです。元々の素質や修行によって、怨念・生き霊を飛ばせる人もいるのですが、そういう人はごくわずかです」

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「ただし、丑の刻参りなんかに代表される呪いの儀式を行うことで、一般人でも相手を呪うことが可能になります。それをお手伝いするのがフリーの怨霊。フリーの怨霊が、悪意を呪いとしてお届けするわけなんです」

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「フリーの怨霊」
聞いたことない概念に首をかしげる。

「ここで言うフリーの怨霊は、『特定の人物、土地、モノに執着しない・縛られない怨霊』と考えてください。役割は、フードデリバリーサービスの配達員をイメージするとわかりやすいかもしれません。出前サービスを自社で持っていないレストランが、配達員に料理を預けてお客様に届けてもらう。レストランを『呪いたい人』、お客様を『呪いの対象』とすると、配達員にあたるのが『フリーの怨霊』です」

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「ふぅん。配達員はお金をもらうけど、この場合は怨霊側にどんなメリットがあるんですか?」
「1番のメリットは、この世に留まれることですね。基本的に、人間は死んだら速やかにあの世に送られます。そこで裁きを受けて天国・地獄・生まれ変わりなどに進路を振り分けられるわけです」

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「ただ、例外もあります。強い感情――恨みや心配事などを抱えた死者には、その対象を見届けるためにこの世に留まる権利が認められています。土地にこだわりがあれば地縛霊に、物に執着があれば物に取り憑いたりするケースもあります」

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「自分をひどい目に合わせた相手に復讐したいとか、残してきた子供が心配で……みたいなことですか?」
「そうです。ただし、霊としてこの世に留まるためには申請が必要で、これが結構面倒なんです。何に未練や恨みがあって、なぜ自分はこの世に残らねばならず、対象をどのような結果に導きたいのか……これらを論理と感情のバランスをとりながら説明をする必要があります。申請しても通るとは限らず、却下された場合は強制的に裁判にかけられます」

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「大変そう。この申請をせずにこの世に留まる霊っていないんですか?」
「いなくはないです。お迎えや裁判所から逃げて脱走幽霊やる手もありますが、これはオススメできません」

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「脱走幽霊」
「あの世と繋がりのある霊能者に追われる身になりますし、この世で言う反社会的勢力扱いですから何かと不便ですよ。そもそも各所に見張りもいるので、逃亡の成功率は低いです。当然、裁判での心証も悪くなりますしね……」
「なるほどです」
「書類を書くほどの情熱はないし、脱走幽霊をやる根性もないけれど、出来たらこの世に留まりたい! そんなニーズにお応えするのが、日本フリー怨霊協会です」

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「フリーの怨霊の皆さんは、不定期で呪いにご協力いただくことで、この世に残る理由を得られる訳です。面倒な残留申請なんかは当協会が代理で行いますのでご安心ください」
「……協会と契約すると、審判を受けずに済むってことですか?」
「いえ、猶予期間が与えられるだけで、いつかは裁きを受けねばなりません。ただし、怨霊として働く限り裁判開始は延期されます。よっぽどひどい働き方――たとえば受け取った悪意を届けず放置するですとか、故意に対象以外の人間に呪いをかけるですとか――をしない限り、好きなだけこの世に留まれますよ」

 

「魅力的ですけど、都合が良すぎてちょっと怪しい感じもします。一度入会したらしばらく抜けられないとか、ノルマがあるんじゃないですか?」
そろそろ成仏したいな〜と思ったら、いつでも抜けていただいて構いません。期間縛りや違約金など一切発生いたしませんのでご安心ください。ノルマは特に設定していませんが、お仕事していたくごとに裁判までの猶予が伸びる仕組みです。案件によって異なりますが、一件のお仕事で平均3ヶ月ほど猶予が与えられるイメージです。猶予が切れると裁判が開始されますので、そこだけ気をつけていただければ

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「ここまでで何か質問ありますか?」
説明を終えた佐竹さんは、スライドを映したタブレットをわたしに手渡してくれた。ざっと最初から目を通し、「このスライドも佐竹さんが作ったのかな……」なんて考えながら、思いついた疑問を口にする。

「うーん、仕組みはわかったけど、強い恨みや未練がないのにこの世に留まるモチベーションって何なんですかね?」
「おや?」
佐竹さんは意外そうな顔をして答えた。

「先程、ご自身でも『深夜の図書館を独り占め』とか『満員の劇場で観劇』などとおっしゃってましたよね。他の方の例で言うと、裁判が怖くて先延ばししたい方もいます。でもそういう方は少数派で、せっかく仕事も金銭も気にしなくて良い身分になったのだから、世界を旅して回りたいだとか、まだ読んでない本、見てない映画や美術館、そういったものを味わうためにこの世に留まる方が多いです」
「そんなライトな理由でいいんだ」
「はい。ただし、定期的に呪いにご協力いただく必要はありますので、完全な自由の身とはいきませんが……仕事は難しくないですし、生前よりも労働で悩むことは少ないと思いますよ」

 

「……こんな便利な制度があるのなら、わざわざ自分で残留申請をする人なんていなくないですか?」
「個人の残留申請が通れば、ある程度この世に干渉する力が与えられるんです。自分を殺した相手を呪うとか、子供を小さな危機から救うとかね。『天国のお母さんが守ってくれたのかも』とかあるじゃないですか。あれは正規で申請を通した幽霊が起こす奇跡です」
「……フリーの怨霊にはそれができない?」
「はい。なので、モチベーションが高すぎる方には不向きなんです。目の前で親が事故に遭いかけても何もできません。フリーの怨霊にできるのは、この世をうろついて、見たり聞いたりすることだけ――生者に一切影響を与えない、かなり受け身な存在なんですよ」

 

「ふーん。まだNANAも完結してないし、少年のアビスも気になるから、少しこの世に留まろうかな。……呪いって、具体的にはどうやるんですか?」
「呪いの感情はクライアント、つまり呪う側の人間が用意していますし、配達員はホカホカの悪意を受け取って、速やかに呪いの対象に届けるだけです。具体的にはこちらから貸与するリュックに悪意を詰め込み、対象者の半径1メートル以内で放ちます。あとは配達完了の連絡をすれば終了です」
佐竹さんはタブレットを操作して、リュックの写真を見せてくれた。街で見かけるフードデリバリー配達員が背負っているような、黒くて四角いリュックだった。

 


「これ、重いんですか?」
「案件次第ですね。積年の恨み、とかになりますと重く感じますし、『なんかムカついたから呪っちゃった!』くらいの理由だと軽いですよ。ただ重たい呪いを届けると、長い猶予を得られることが多いので、事前に呪いの内容と重さ、報酬をチェックすることをお勧めします」

「了解です! これからよろしくお願いします」

こうしてわたしはこの世に留まり、ラジオを聴いたり漫画を読んだり映画や舞台を見るなどして、気ままな怨霊ライフをエンジョイしています。今回、わたしがお届けするのは失恋の恨み! これが終わればタヒチに行って、海を眺めてくる予定です。死後もなお、HUNTER×HUNTERとNANAの続きをいつまでもいつまでもお待ちしています。

 

おしまい

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・素材はいらすとやさんから!

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