「栗原さんは総務部に配属予定でしたが、実は社内の極秘プロジェクトでご活躍いただきたいのです」
セクハラジジイとパワハラババアの跋扈する地獄のようなブラック企業に勤めて2年。社長を殺すか転職するかの二択で迷っていたところ、ダメ元で受けた日本有数の大企業から内定が出た。ダブルピースで辞表を提出。晴れて自由の身となった。
半ば脅してもぎ取った有給を満喫し、今の会社に入社したのは6月の頭。中途半端な時期だったけど、同日入社の人がけっこういて、「だ、大企業〜!」って思った。オリエンテーションを終え待機していると、配属先の先輩社員が、同期を続々と迎えにきた。ひとり取り残されたわたしが「はて?」と首を傾げていると、人事部長に別室に呼ばれた。ブラインドを下げ、鍵をかけた個室で言われたのが冒頭のアレ。極秘PJの内容は、正式配属まで言えないとのこと。
雇用条件が変わるからと、新しく書類の束を渡された。提示された金額に生唾を飲む。前職の年収の倍以上……。それ以降のページには、固い言葉で細かな条件や注記事項? やらが書いてあった。「『要は秘密を守って頑張ります』ってことだよ」という人事部長の言葉に押されて、あまり読まずにサインした。この年収なら引越そう。劇場にもたくさん通えるな……などと期待に胸を膨らませるわたしは、人事部長に伴われて配属先に向かうことになった。
極秘案件を扱うエリアは40階以上で、高層階に上がるには社員証とは別のカードが必要になる。厳重なセキュリティを解除して、人事部長とエレベーターに乗り込んだ。ガラス越しにグングン小さくなる東京の街。
「もう書類にサインもしたし、聞いても良いですか? 極秘プロジェクトって何するんでしょう」
無言でエレベーターの階数表示を見つめている人事部長にわたしは尋ねた。彼は増えていく数字から目を離さずに答えた。
「デスゲーム」
「え?」
「デスゲームの企画運営」
「…………なるほど」
わたしは神妙な顔で頷いたが、当然わかっていなかった。デスゲーム? なにソレ? 高層ビルでの鉄骨渡りか?
40階で迎えてくれたのは上司の鏑木さんだった。背の高い女性で、頭の先から爪先まで金がかかっているのがわかる。30代半ばに見えるけど、ガンガン稼いでジャブジャブ使っている人特有の、ある種の年齢不詳感がある。ジャケット一枚とっても、わたしの家賃より高そうである。全身から自信が満ち溢れた、迫力のある人だった。
フロアは開放感があり明るい。働いている人たちも有能で健康そうで、コーヒー片手に談笑するなど人間関係も良好っぽかった。人事部長は鏑木さんと二、三言葉を交わした後、エレベーターに乗り込んで自分の持ち場に戻っていった。
鏑木さんのオフィスに通され、勧められるまま椅子に座る。海外ドラマみたいな半ガラス張りの個室だった。
「うちの業務内容は聞いた?」
「いえ、詳しくは……何かデスゲーム? とか聞こえたんですけど」
「そう、デスゲーム」
「あの……勉強不足で申し訳ないんですけど、デスゲームってなんですか?」
「イカゲーム見た?」
「え? はい」
「それです」
それですじゃねーよ。
聞き間違いか、わたしの知らないビジネス用語かと思ったら、マジで鉄骨渡りだった。カイジ、バトルロワイヤル、神様の言うとおり、今際の国のアリス……昨今のドラマや漫画でよくあるやつだ。生き残りをかけた命懸けのゲーム。を、やってるんですか? 令和の日本で??
「冗談ですか?」
「冗談じゃないです」
「違法ですよね?」
「そうですね」
鏑木さんによると、デスゲーム事業は社内でもごく限られた人間しか知らない機密中の機密。『参加者』として訳ありの人間たちを集め、命がけのゲームを開催する。その様子は『会員様』――安全圏から人の死に様を見たいイカれた金持ちの皆様に向けて公開される。高額な年会費・観戦費の他、ゲームの行方を予想する賭けでも莫大な金が動くのだとか。そのデスゲームを企画・運用するのがこの部署で、鏑木さんは現場の責任者であるらしい。
「何を隠そう、うちの社長は30年前のデスゲームの優勝者なの。賞金を元手に会社を興して、一代でここまで大きくした。今では主催者側に回ったってわけ」
面接前にネットでチェックした社長の顔が頭に浮かぶ。あんな人の良い顔をしておいて、裏でデスゲームは流石に草。でもデスゲームを生き抜く才覚・運と根性があれば、会社経営すらぬるゲーかもしれない。
「栗原さんには期待してるの」
鏑木さんは高そうな椅子に腰掛けて、頬杖をついて微笑んで見せる。ネイルは上品なワントーン。左手の腕時計は150万越えヴァンクリ。「〜なのよ」とか「〜だわ」という女言葉が、妙に似合う人だと思った。
「適性検査を受けたでしょ、2回。普通の人は1回なんだけど」
……たしかに適性検査は二度受けた。一度目は基礎学力や性格なんかを測る一般的なテストだったけど、二度目はちょっと変だった。担当者と対面で、心理テストみたいなものをやらされた。ずいぶん念入りだなと思ったけど、深く考えてはいなかった。
「一度目でうちへの適正アリの兆しが見えたら、二度目のテストで入念にチェックする決まりなの。特殊な仕事だから、人間性や素質が重視される」
「ええと、わたし特別な能力は何も……」
「ストレス耐性の高さ、口の固さ、倫理観と共感性の低さ」
鏑木さんは指を折りながら答えた。
「……低さ?」
「間接的に人間を殺す仕事だからね。まともな倫理と共感性じゃ、とてもやっていけないでしょ」
つまり人殺し部サイコパス課ってこと? キラキラして見えた同僚たちも、どうやら倫理観が終わってるっぽい。
人殺しの片棒を担ぐ美しい上司の真っ白な肌は、太陽光を受けて艶やかに輝く。
「あなたのストレス耐性は全社でもトップクラスだった。常識を身につけながら倫理観は低く、共感性が薄いわりにコミュニケーション能力が高い。申し分ない資質です」
「ありがとうございます……?」
すごい悪口言われてない? と思うと同時に、わたしのパッとしない経歴で、この会社に受かった訳がわかった気がした。
「ちなみに……栗原さん、借金がありますね」
「エッッ」
おいおいどこにちなんだんだよ?? ってくらい唐突な指摘に、思わず間抜けな声が出た。たしかにわたしには借金がある。その額、約200万。金を惜しまず推しを追いかけ、推しに貢ぎ、推しのグッズをすべて買ってたらこうなった。
二度の検査でデスゲーム運営に適性アリと判断された候補者には、身辺調査が入るらしい。借金もそこで判明したと。何も言えずにあわあわしていると、鏑木さんがぷっと吹き出した。
「借金なんて大人の嗜みでしょう、気にすることない」
「そう……ですかね?」
「うちの部は抜群に給与が高いし、ゲームが成功すればボーナスも出る。サクッと返しちゃいなさい。どうせ3年は辞められないんだから」
「はい……って、3年辞められないってどういうことですか」
「さっき書類にサインしたでしょう。3年間の勤務は義務です」
さっき読まずにサインした書類か。シャバに戻るならたっぷり手を汚してから、ってことだ。な〜〜にが『秘密を守って頑張ります』だよ。適当なこと言いやがって……。考える余地なく違法だし、違法な書類は無効なはずだけど、存在自体が違法な部署で正論が通用するとも思えなかった。
「3年以内の退職や、機密漏洩を犯した社員はデスゲームに強制参加なの。気をつけて」
「はぁ」
元社員のデスゲーム参加(強制)は数年に一度あるそうで、「内情を知っているぶん強いはず」と票が集まる傾向はあるが、いまだに優勝者はなし。「元同僚が参加した時は、その人に賭けることにしてるんだけど」と鏑木さんはため息をつくが、そんな元同僚の興した会社に投資するみたいなノリで言われても。ていうかあなたも賭けてるんですね……。よくあるブラック企業から、より深い闇の企業への転職成功してしまったっぽい。
「栗原さんには、私のアシスタントとして働いてもらいます」
わたしの業務は鏑木さんのスケジュール管理や会議への同席、議事録作成が主らしい。秘密保持のためPCは持ち出し不可。そのため仕事の持ち帰りや休日の業務はなし。ゲーム本番や直前は休日出勤もあり得るが、その場合は手当と代休が出るとのこと。人は殺すが労働基準法は守るって……コト?
「ここまでで何か質問ある?」
ざっくりと業務の説明を終えた鏑木さんがそう言った。チラリと時計を見たところから、次の会議が迫っているのはなんとなくわかった。聞きたいことは山ほどあったが、質問はひとつに絞ることにした。
「業務以外でもいいですか?」
「もちろん。答えるとは限らないけど」
「……さっき、『借金は大人の嗜み』って仰ってましたね。鏑木さんにも借金が?」
「えぇ、3000万円ほど」
鏑木さんはさらりと答えた。3000万? ローンじゃなくて? 入社したばかりのわたしでさえ、平均を大きく上回る年収を約束されたのに、責任者の鏑木さんが高級取りでない訳がない。恐る恐る質問を重ねる。
「……何に使ったか聞いてもいいですか」
「私、欲しいものが我慢できないの」
新宿御苑の高級マンションに住む鏑木さんは、ブランド物が大好き(でしょうね)。毎週のように伊勢丹に通っているのだとか。その上、趣味がホストなのは良いとして、ナンバー争いの現場に出向いてしっちゃかめっちゃかにしたりだとか、ホストのバースデーイベントの最後の最後に現れ札束を積み、被りの女を蹴散らしたりだとか、そういういつ刺されてもおかしくない遊び方をしているらしかった。
「給料は新宿に消えてくのよね、なぜか」
100%自分のせいなのに不思議みたいに言うのでウケた。おもしれー女。業務内容はともかく、上司は好きになれそうだった。
—-
仕事はやることが多くて目まぐるしいが、マルチタスクは得意なので、仕事にも早い段階で慣れた。鏑木さんは厳しいが理不尽なところはなく、率直なのでやりやすかった。責任者の鏑木さんの業務は多様で幅広い。そのサポートをしているうちに、ほとんどの部署とのつながりができた。
デスゲームなんてふざけた催しの裏にも、たくさんの人の努力がある。例えば参加者の選定・身辺調査の担当者は、年齢・性別・職業・その他の属性が偏らないよう気を配り、かつ賭け事が盛り上がるような人選に心を砕いていた。元野球選手やアイドルの参加が決まった際は歓声が上がった。
場所の選定ひとつとっても簡単ではない。大人数を収容でき、脱走がしにくく、死体の処理はしやすい場所。会社は東北の山奥に、保養所という名目でデスゲーム用の施設を持っているのだけど、毎回そこでは飽きられてしまう。今回は廃村の学校を利用して、不気味かつどこか懐かしい雰囲気を演出。それに合わせた招待状やルール説明用のVTRを、クリエイティブチームが数十回のリテイクの末に作り上げ、世界観を強固なものにした。
花形であるゲーム内容の企画チームは、いつでも活発な議論が行われていた。知力・体力・運の要素を複雑に絡め、勝敗の予想できないゲームの構成を考える。最近は、序盤のチーム戦で友情が芽生えた参加者たちを、終盤の個人戦で裏切り合わせるなどのドラマ性も重視されるらしい。いかに脱落者を残酷に、バリエーション豊かに殺すかも腕の見せ所だ。銃殺・毒殺・転落死。そんなゲームの装置や脱走防止システム作りでは、技術チームが大活躍。日本中の工場と連携し、最新技術で非合法な道具を生み出していく。
ちなみに死体の処理は専門業者に任せるのが決まりだ。わたしは鏑木さんが判断しやすいよう、各社から出た見積もりの差を資料にまとめた。この平和な日本にも、競合するほど死体処理業者がある。
会員たちがワイン片手に観戦するデスゲームは、参加者の命と現場の汗と涙でできている。情熱大陸かプロフェッショナルで扱ってほしいが、そんな日は一生来ないだろう。わたしの入社後はじめてのデスゲームでは、某製薬メーカーの社長夫人が見事予想を的中させ、十数億を懐におさめた。彼女と夫は半年前、一億円を医療系研究機関に寄付したことで話題になったが、その裏で人が死ぬところを見てキャッキャしていた。慈善家の皆様にも楽しんでいただけて何よりです。
鏑木さんの期待通り、わたしは一切メンタルを病まず、デスゲームの運営を支えた。2年目からは鏑木さんの後押しで、ゲーム内容の企画チームに異動した。わたしの考案した『殺人ロボット殺気(サツキ)ちゃん』が参加者を無慈悲に殺していく様が好評で、わたしはその年のMVPを獲得した。制作にあたって予算の壁や技術チームとの衝突に何度も心が折れそうになったが、頑張って本当に良かったと思う。鏑木さんもすごく喜んでくれた。
MVP獲得者には、特別ボーナスと特典が出る。ボーナスは高級車が買えるくらいだったが、鏑木さんとホストで豪遊、一晩で溶かした。めちゃくちゃ収入が上がったのに、借金は増え続けている。
ちなみにMVPの特典は……なんと、デスゲームの参加者を無条件で選べる権利だった。迷わず前の会社のセクハラジジイとパワハラババアの名前を上げた。好評につき、翌年のゲームにも利用されていた殺気ちゃんが、ジジイとババアをミンチにしていく様を見ながら、本当に転職して良かったな〜と思った✌️
おしまい
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