ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

ヨウくんと女と女と女

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2年前と同じく、よく晴れた気持ちのいい日だった。

日差しは柔らかく、風はさわやかで、まさに結婚式日和。チャペルはステンドグラスが素敵だったし、披露宴会場は天井が高くて開放感がある。見事な庭園を絵画みたいに切り取る窓。テーブルやブーケにあしらわれたマリーゴールド。すべてを目に焼き付けたかった。大事な親友の結婚式だ。

 

今日のヒカリはとびきりキレイだ。食事制限がつらい、エステの効果がわからないと式の直前までボヤいていたけれど、すべて実を結んでいるように見えた。マーメイドラインのウェディングドレスは、可愛いもの好きのヒカリが選んだにしてはシンプルで、わたしはその選択が愛おしかった。ヒナタも同じ気持ちのようで、ふたりで視線を交わして笑いあう。

 

新郎新婦の意向で、招待客のドレスコードはゆるめ。ヘビ皮のパンプスを履いた人、ファーのクラッチバッグを持った人。男性側には、キレイ目なデニムにジャケット姿の人もいた。そんな中、ヒナタの装いには隙がない。青いドレスはわたしよりよく似合っていた。12センチのピンヒールのおかげで、今日の彼女の身長は180センチを超えている。フラットシューズを履くわたしより、頭ひとつ分以上高い。



友人代表スピーチはヒナタの役目だった。名前を呼ばれた彼女が前に出る。マイクの前に立つヒナタの顔は堂々としていて、緊張はしてなさそうだ。

 

「ヒカリさん、ヨウタさん、並びにご両家の皆様、本日は誠におめでとうございます。こんなに素晴らしい日におふたりを祝福できることを、とても嬉しく思います。

 

わたしは、新婦の中高時代の同級生のササキヒナタと申します。おめでたい席ですが、ここからは普段通り、ヒカリと呼ぶのをお許しください」

 

ヒナタの声は高すぎず、聴く人に安心感を与える。明瞭な発音。清廉な響き。ほんの数十秒で、ヒナタは会場の心をつかんだ。

 

「わたしとヒカリ、それからアカリ。……あちらの赤いドレスのサカイアカリさんの出会いは、中学校の入学式でした」

 

ヒナタに手と目で示されて、みんなの視線がわたしに集まる。わたしはほとんど反射で口角を上げた。ウエディングドレスのヒカリと目があう。ヒカリもいたずらっぽく笑って、小さくわたしに手を振った。

 

「わたしたちの通う中学では、ほとんどの生徒は近所のA小学校、もしくはB小学校の出身者でした。だから入学当初から、クラスにはなんとなく派閥ができていました。

そのふたつの小学校出身でないのは、女子の中ではわたしたち3人だけでした。つまり、わたしたちは居心地の悪い教室の中で、身を寄せ合うようにしてくっついたのです。

 

そういうわけなので、最初は共通の話題を見つけるのも難しかったです。例えば、わたしとヒカリはアウトドア派だけどアカリはインドア。ヒカリとアカリはアイドルに夢中だったけど、わたしは演歌が好きでした。そしてわたしとアカリは推理小説が好きですが、ヒカリは漫画しか読まない――そういう風に、なんでも2対1になってしまうのです」

 

父の仕事の都合で引っ越してきたわたし。学年で10人もいないC小学校出身のヒカリ。部活のため、学区を越えて入学したヒナタ。彼女の言う通り、はじめはあぶれものの寄せ集めだった。それが一生の親友になるなんて、あの頃は予想もしていなかった。

 

「……そんなわたしたちですが、ひとつだけ共通するものがありました。男性の趣味です」

 

そう、それも奇跡のひとつ。もっとも重要な共通点だ。ヒナタと新郎の視線がからまる。数秒後、それは穏やかに自然にほどけた。

 

「新郎のヨウタさん……ここではヨウタさんのことも、普段どおり呼ばせていただきます。ヨウくん。

実はヨウくんも、中学で同じクラスでした。最大派閥のA小出身で、サッカーが上手くて、人を笑わすのが上手なヨウくんは、クラスの人気者でした。そんな彼のことを、最初に好きだと言ったのはアカリだったと思います。

夏が過ぎ、制服が冬服に変わる頃に、アカリはヨウくんと連絡先の交換をしました。普段は物静かなアカリが、『断られるかと思った!』と飛び跳ねるようにわたしとヒカリに抱きついた翌月、ヨウくんに彼女ができました。ヒカリでした」

 

みんなの視線がメインテーブルの新郎新婦に注がれる。ヒカリとヨウくんは当時を思い出したのか、顔を見合わせて照れ笑いしていた。

その幸福な光景に、わたしも釣られて頬が緩んだ。あぁでも、あの時わたしは裏切られたみたいに感じて拗ねたんだっけ。大人ぶってみても、まだほんの子供だったのだ。



「『わたしもヨウくんのこと、好きになっちゃったんだよね。告白したらOKだった』。堂々と言い放つヒカリに、わたしは衝撃を受けました。これが恋愛。これが駆け引き。少女漫画で読んだやつ! って」

 

会場に笑いが起こった。静かになるまで自信たっぷりの間で待って、ヒナタは再び口を開く。



「……けれど、ここで友情が終わっていたら、今日結婚式にも来ていませんね。アカリがヒカリからヨウくんを奪ったのは、翌年のバレンタインでした」

 

そう、そうだった。中学最初のバレンタイン。わたしは手作りのクッキーを持ってヨウくんの家を訪れた。『好きなの。ヒカリの彼氏でも』何かの漫画で読んだセリフをそのまま流用させてもらった。その後のヨウくんの反応も、漫画とほとんど同じだった。

 

「しばらくの間、ヒカリとアカリはそういう風に、ヨウくんを奪い合っていました。2年生の春にはヨウくんとヒカリが元サヤに戻り、夏には破局し、再びアカリがヨウくんの恋人になって、秋にはふたりともフラれ、冬にはまたまたヒカリとヨウくんが付き合いだしました。わたしはそれを、誰よりも近くで見ていました」

 

わたしの右隣に座るミワちゃん――彼女も中学からの友人だ――が「なつかしー!」とつぶやいて、楽しげな視線をこちらに向けた。「あったね、そんなこと」。わたしはミワちゃんに笑顔を返し、思い出を味わうためにまぶたを閉じた。本当に、なつかしい。あの目まぐるしい季節。わたしとヒカリは全力でヨウくんの気を引いた。短距離のタイムを競いあうように。テストの点を競りあうように。もちろん勝てれば爽快だったし、負ければ悔しい思いをした。でもそれは、「次こそは」とニヤリと笑って立ち上がれるような、心地の良い敗北感だった。

 

「ヨウくんをとったりとられたりするたび、ヒカリとアカリは仲を深めたようでした。『ヨウくんとディズニーランド行ったんだ』『いいな、わたしも行きたい。早く別れてよ(笑)』『だめ(笑)』。そんな会話が、とってもうらやましかったです。

なのでわたしも、争奪戦に参加することに決めました。最初はそういう理由だったの。ごめんねヨウくん(笑)」

 

もう一度笑い声が起こる。当のヨウくんは、何を今更とばかりに親指を立てた。

 

……そう、わたしとヒカリはヨウくんのとりあいに夢中で、ヒナタのさみしさに気づけなかった。思いやりが足りなかったのだ。けれど、ヒナタは手を引かれるのを待つのではなくて、自分から飛び込んで来てくれた。あの頃から、そういう強さがヒナタにはあった。



「ヒカリはご覧の通りの美人です。当時ももちろん美少女でした。一方アカリも何ていうのかな、すごく雰囲気のある子だったので、これまたすごくモテました。そのどちらでもないわたしは知恵を絞りました。

ヒカリがヨウくんにとってのカツ丼、アカリがラーメンだとしたら、わたしはカレーを目指すんじゃなく、いっそウーロン茶になるべきかなって。この例え、ちょっと変ですね。でもなんとなく伝わりますか?」

 

ヒナタは眉毛を下げて笑う。完璧にドレスアップした長身の彼女がそうすると、なんとも魅力的な隙が生まれる。照れたように咳払いをひとつ。

 

「……そういうわけで、わたしはヒカリとアカリの争奪戦から程よい距離をとりながら、タイミングをうかがいました。

 

3年生の受験シーズン。ヨウくんがアカリ・ヒカリの間を往復するのに疲れた時を狙って、わたしは一気に攻めました。1と2で悩むヨウくんに、突然差し出す選択肢3。その作戦が功を奏して、卒業式で第二ボタンをゲットしたのはわたしでした。『ぬけがけ!』とブーブー言いながら、ヒカリもアカリも楽しそうでした。不思議なことですが、その時初めて、わたしはふたりの本当の友達になれた気がしたのです」

 

その言葉を聴いた瞬間、目の奥が熱くなって唇を噛んだ。まだ泣きたくない。でも、あの時のヒナタの表情が頭に浮かんできてしまう。勝ち誇った、というよりは単に誇らしげなキラキラした顔。ピースサイン。ヒカリも同じ心境のようで、ハンカチで目頭を抑えていた。

 

――中学の卒業式の日は、いい天気だけど風が強かった。担任の先生は、せっかくの桜が散ってしまうと残念そうだった。実際、外は桜色の吹雪みたいだった。その吹雪の中を、ボタンを見せびらかしながら走るヒナタ。わたしとヒカリはずるい、ちょうだいとはしゃぎながら、彼女の背中を追いかけた。ヒナタのボタンをわたしが奪い、それをヒカリが取ろうとした。弾みでボタンは宙を舞い、吸い込まれるみたいに側溝に落ちた。道端の穴は、あのホコリさえきらめかせるような晴れた日の、1番身近な闇だった。わたしたちはおかしくて、いつまでもケラケラ笑っていた。

 

「わたしたち3人とヨウくんは、同じ高校に進学しました。そこでもわたしたちは、楽しくヨウくんを奪いあっていたのですが、2年に進級した直後に事件が起きました。ヨウくんが1つ上の先輩に一目惚れしたのです。その先輩が卒業するまでの1年間、わたしたちは何度も何度もヨウくんを取り戻す作戦を立て、そしてその都度撃沈しました。今となっては、そんな試行錯誤の日々もかけがえのない思い出です」

 

――あぁ、目に浮かぶ放課後の教室。わたしたちは彼の心を奪った先輩憎しでますます結束を強めたのだった。ヨウくんの気持ちがわたしたち以外に向くのは耐え難かった。でも先輩に直接文句を言うような、それこそ少女漫画のモブみたいな真似はできなくて、せいぜい呪いのかけ方をネットで調べるくらいだった。それも実行せず終わった。

……ほんのおまじないみたいなものだったけど、ヒカリがやっぱりやめようとべそをかいたからだ。当時は意気地なしだと思ったけど、そうじゃない。あの子は優しかったのだ。他人を不幸にするのを恐れていた。

 

「先輩が海外の大学に進学したのをきっかけに、ヨウくんはわたしたちの元に戻ってきてくれました。アカリ、ヒカリ、アカリ、ヒカリ、たまにわたし……という風に彼女をコロコロ変えて、それぞれに『君が1番好き』『可愛い』『ヤラせて』と言いました。そのたびに、お揃いのものが増えていくようで、わたしたち嬉しかったです」

 

ヒカリのお母さんと目が合った。笑うとヒカリによく似てる。わたしが小さくうなずくと、彼女の瞳から涙が落ちた。

しんみりした空気を打ち消すみたいに、ヒナタは改めて笑顔をつくった。声のトーンとテンポを上げて、滑舌良くスピーチを続ける。

 

「大学時代もまぁ、ほとんど同じような感じです。ちなみにわたし以外の3人は同じ大学に進みました。ひとりだけ落ちたわけではないですよ。これも作戦の一部でした。ヒカリとアカリと真正面から張り合うのは厳しかったので、戦法を変えることにしたのです。題して『センスがいい男が選びそうな女』作戦。ちなみに進学先は美大です。

つかめそうでつかめない女を意図的に、必死に演じ続けて数年。ヨウくんにプロポーズされた時は、もう、本当に嬉しかった。これでわたしの最終勝利! ……はい、ここ笑うとこですよ」

 

ヒナタのセリフに誘われて、会場内のあちらこちらで笑いが生まれた。招待客の大半は、2年前と同じ顔ぶれだった。白くて清潔な空間に似合う、上品な「ふふ」と「はは」の波。

 

「はい、そんなわけないですよね。皆さんご存知の通りです。

わたしの結婚生活はほんの1年足らずでした。わたしとヨウくんが新婚生活を送る間、ヒカリは水面下で動いていました。緻密な計画と大胆な行動。すべてが明らかになった時、わたしは離婚以外の選択肢を失っていたのです。人生最大の衝撃でした。それでこそヒカリ! わたしの親友」

 

ヒナタは手元の原稿を閉じ、会場内を見渡した。

 

「あぁ、懐かしい。これも皆さんご存知の通り、今日という日を迎える前から、ここはわたしにとって特別な場所です。ヨウくん、わたしたちもここで結婚式をあげましたね。同じ季節。同じドレス。同じ花。わたしの時の友人代表スピーチはアカリで、あの日は青いドレスを着てた。お揃いのもの、形のない宝物がこんなに増えました。ヒカリ、ヨウくん、本当にありがとう」

 

ヒナタの声がはじめて震えた。ヒカリの目は涙で濡れている。その隣で、ヨウくんが真剣な顔でうなずいていた。

 

「わたしたちの友情は、これからもずっと続きます。わたしもヒカリを見習って、またヨウくんを奪えるように努力しようと思います。わたしは虎視眈々型だから、長期戦になるかもだけど、それでもヒカリが与えてくれた、胸が震え、指先が痺れ、脳が虹色の水でふやけるような感覚を、いつかあなたに返すと誓います。

 

最後に、ヒカリ、ヨウくん、今日は本当におめでとう。

ヒカリ、アカリ、大好きだよ。これからもみんな、幸せでいようね」

 

拍手がわき起こる。メインテーブルのヒカリが立ち上がり、ヒナタの方へ歩み寄る。打ち合わせになかったのか、スタッフが慌ててドレスの裾を整えていた。

 

「ありがとう、ヒナタ」

「こちらこそ、ヒカリ」

そしてふたりの顔がわたしを向く。

「おいで、アカリ」

わたしはふたりの元にかけだした。

 

ふたりと抱き合うと泣いてしまった。いつのまにかヨウくんも寄ってきて、輪は3人から4人になった。いや、4人から5人になったのか。

 

わたしのお腹の中には、ヨウくんの赤ちゃんがいる。まだお腹も目立たないし、存在はわたししか知らない。避妊にだけは積極的な彼とどうやって――そこは想像におまかせする。とにかく、わたしはこの切り札を使って、ヒカリから彼を奪いとる。そして、わたしもこの会場で式をあげたい。同じ季節、同じドレスと同じ花、ふたりと同じ新郎と。

 

ヒカリの脳が虹色の水でふやけるのは、そんなに遠い未来の話ではない。そして、わたしもまた奪われるだろう。奪うためには奪われなくてはならないし、奪われるためには奪わなくてはならないのだ。

 

「ねぇヨウくん、大好きよ。ありがとう」

わたしたちあなたを愛してよかった。

 

おしまい

 

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