2年前と同じく、よく晴れた気持ちのいい日だった。
日差しは柔らかく、風はさわやかで、まさに結婚式日和。チャペルはステンドグラスが素敵だったし、披露宴会場は天井が高くて開放感がある。見事な庭園を絵画みたいに切り取る窓。テーブルやブーケにあしらわれたマリーゴールド。すべてを目に焼き付けたかった。大事な親友の結婚式だ。
今日のヒカリはとびきりキレイだ。食事制限がつらい、エステの効果がわからないと式の直前までボヤいていたけれど、すべて実を結んでいるように見えた。マーメイドラインのウェディングドレスは、可愛いもの好きのヒカリが選んだにしてはシンプルで、わたしはその選択が愛おしかった。ヒナタも同じ気持ちのようで、ふたりで視線を交わして笑いあう。
新郎新婦の意向で、招待客のドレスコードはゆるめ。ヘビ皮のパンプスを履いた人、ファーのクラッチバッグを持った人。男性側には、キレイ目なデニムにジャケット姿の人もいた。そんな中、ヒナタの装いには隙がない。青いドレスはわたしよりよく似合っていた。12センチのピンヒールのおかげで、今日の彼女の身長は180センチを超えている。フラットシューズを履くわたしより、頭ひとつ分以上高い。
友人代表スピーチはヒナタの役目だった。名前を呼ばれた彼女が前に出る。マイクの前に立つヒナタの顔は堂々としていて、緊張はしてなさそうだ。
「ヒカリさん、ヨウタさん、並びにご両家の皆様、本日は誠におめでとうございます。こんなに素晴らしい日におふたりを祝福できることを、とても嬉しく思います。
わたしは、新婦の中高時代の同級生のカガワヒナタと申します。おめでたい席ですが、ここからは普段通り、ヒカリと呼ぶのをお許しください」
ヒナタの声は高すぎず、聴く人に安心感を与える。明瞭な発音。清廉な響き。ほんの数十秒で、ヒナタは会場の心をつかんだ。
「わたしとヒカリ、それからアカリ。……あちらの赤いドレスのミヤギアカリさんの出会いは、中学校の入学式でした」
ヒナタに手と目で示されて、みんなの視線がわたしに集まる。わたしはほとんど反射で口角を上げた。ウエディングドレスのヒカリと目があう。ヒカリもいたずらっぽく笑って、小さくわたしに手を振った。
「わたしたちの通う中学では、ほとんどの生徒は近所のA小学校、もしくはB小学校の出身者でした。だから入学当初から、クラスにはなんとなく派閥ができていました。
そのふたつの小学校出身でないのは、女子の中ではわたしたち3人だけでした。つまり、わたしたちは居心地の悪い教室の中で、身を寄せ合うようにしてくっついたのです。
そういうわけなので、最初は共通の話題を見つけるのも難しかったです。例えば、わたしとヒカリはアウトドア派だけどアカリはインドア。ヒカリとアカリはアイドルに夢中だったけど、わたしは演歌が好きでした。そしてわたしとアカリは推理小説が好きですが、ヒカリは漫画しか読まない――そういう風に、なんでも2対1になってしまうのです」
父の仕事の都合で引っ越してきたわたし。学年で10人もいないC小学校出身のヒカリ。部活のため、学区を越えて入学したヒナタ。彼女の言う通り、はじめはあぶれものの寄せ集めだった。それが一生の親友になるなんて、あの頃は予想もしていなかった。
「……そんなわたしたちですが、ひとつだけ共通するものがありました。男性の趣味です」
そう、それも奇跡のひとつ。もっとも重要な共通点だ。ヒナタと新郎の視線がからまる。数秒後、それは穏やかに自然にほどけた。
「新郎のヨウタさん……ここではヨウタさんのことも、普段どおり呼ばせていただきます。ヨウくん。
実はヨウくんも、中学で同じクラスでした。最大派閥のA小出身で、サッカーが上手くて、人を笑わすのが上手なヨウくんは、クラスの人気者でした。そんな彼のことを、最初に好きだと言ったのはアカリだったと思います。
夏が過ぎ、制服が冬服に変わる頃に、アカリはヨウくんと連絡先の交換をしました。普段は物静かなアカリが、『断られるかと思った!』と飛び跳ねるようにわたしとヒカリに抱きついた翌月、ヨウくんに彼女ができました。ヒカリでした」
みんなの視線がメインテーブルの新郎新婦に注がれる。ヒカリとヨウくんは当時を思い出したのか、顔を見合わせて照れ笑いしていた。
その幸福な光景に、わたしも釣られて頬が緩んだ。あぁでも、あの時わたしは裏切られたみたいに感じて拗ねたんだっけ。大人ぶってみても、まだほんの子供だったのだ。
「『わたしもヨウくんのこと、好きになっちゃったんだよね。告白したらOKだった』。堂々と言い放つヒカリに、わたしは衝撃を受けました。これが恋愛。これが駆け引き。少女漫画で読んだやつ! って」
会場に笑いが起こった。静かになるまで自信たっぷりの間で待って、ヒナタは再び口を開く。
「……けれど、ここで友情が終わっていたら、今日結婚式にも来ていませんね。アカリがヒカリからヨウくんを奪ったのは、翌年のバレンタインでした」
そう、そうだった。中学最初のバレンタイン。わたしは手作りのクッキーを持ってヨウくんの家を訪れた。『好きなの。ヒカリの彼氏でも』何かの漫画で読んだセリフをそのまま流用させてもらった。その後のヨウくんの反応も、漫画とほとんど同じだった。
「しばらくの間、ヒカリとアカリはそういう風に、ヨウくんを奪い合っていました。2年生の春にはヨウくんとヒカリが元サヤに戻り、夏には破局し、再びアカリがヨウくんの恋人になって、秋にはふたりともフラれ、冬にはまたまたヒカリとヨウくんが付き合いだしました。わたしはそれを、誰よりも近くで見ていました」
わたしの右隣に座るミワちゃん――彼女も中学からの友人だ――が「なつかしー!」とつぶやいて、楽しげな視線をこちらに向けた。「あったね、そんなこと」。わたしはミワちゃんに笑顔を返し、思い出を味わうためにまぶたを閉じた。本当に、なつかしい。あの目まぐるしい季節。わたしとヒカリは全力でヨウくんの気を引いた。短距離のタイムを競いあうように。テストの点を競りあうように。もちろん勝てれば爽快だったし、負ければ悔しい思いをした。でもそれは、「次こそは」とニヤリと笑って立ち上がれるような、心地の良い敗北感だった。
「ヨウくんをとったりとられたりするたび、ヒカリとアカリは仲を深めたようでした。『ヨウくんとディズニーランド行ったんだ』『いいな、わたしも行きたい。早く別れてよ(笑)』『だめ(笑)』。そんな会話が、とってもうらやましかったです。
なのでわたしも、争奪戦に参加することに決めました。最初はそういう理由だったの。ごめんねヨウくん(笑)」
もう一度笑い声が起こる。当のヨウくんは、何を今更とばかりに親指を立てた。
……そう、わたしとヒカリはヨウくんのとりあいに夢中で、ヒナタのさみしさに気づけなかった。思いやりが足りなかったのだ。けれど、ヒナタは手を引かれるのを待つのではなくて、自分から飛び込んで来てくれた。あの頃から、そういう強さがヒナタにはあった。
「ヒカリはご覧の通りの美人です。当時ももちろん美少女でした。一方アカリも何ていうのかな、すごく雰囲気のある子だったので、これまたすごくモテました。そのどちらでもないわたしは知恵を絞りました。
ヒカリがヨウくんにとってのカツ丼、アカリがラーメンだとしたら、わたしはカレーを目指すんじゃなく、いっそウーロン茶になるべきかなって。この例え、ちょっと変ですね。でもなんとなく伝わりますか?」
ヒナタは眉毛を下げて笑う。完璧にドレスアップした長身の彼女がそうすると、なんとも魅力的な隙が生まれる。照れたように咳払いをひとつ。
「……そういうわけで、わたしはヒカリとアカリの争奪戦から程よい距離をとりながら、タイミングをうかがいました。
3年生の受験シーズン。ヨウくんがアカリ・ヒカリの間を往復するのに疲れた時を狙って、わたしは一気に攻めました。1と2で悩むヨウくんに、突然差し出す選択肢3。その作戦が功を奏して、卒業式で第二ボタンをゲットしたのはわたしでした。『ぬけがけ!』とブーブー言いながら、ヒカリもアカリも楽しそうでした。不思議なことですが、その時初めて、わたしはふたりの本当の友達になれた気がしたのです」
その言葉を聴いた瞬間、目の奥が熱くなって唇を噛んだ。まだ泣きたくない。でも、あの時のヒナタの表情が頭に浮かんできてしまう。勝ち誇った、というよりは単に誇らしげなキラキラした顔。ピースサイン。ヒカリも同じ心境のようで、ハンカチで目頭を抑えていた。
――中学の卒業式の日は、いい天気だけど風が強かった。担任の先生は、せっかくの桜が散ってしまうと残念そうだった。実際、外は桜色の吹雪みたいだった。その吹雪の中を、ボタンを見せびらかしながら走るヒナタ。わたしとヒカリはずるい、ちょうだいとはしゃぎながら、彼女の背中を追いかけた。ヒナタのボタンをわたしが奪い、それをヒカリが取ろうとした。弾みでボタンは宙を舞い、吸い込まれるみたいに側溝に落ちた。道端の穴は、あのホコリさえきらめかせるような晴れた日の、1番身近な闇だった。わたしたちはおかしくて、いつまでもケラケラ笑っていた。...