ゆらゆらタユタ

わたしのブログ

ダイヤモンドは傷つかない

「結婚する」と言ったとたん、目の前のナオミが小さく息を呑むのがわかった。頭に浮かんだであろう「なんで」を飲み込み、彼女はサラリと笑顔をつくる。「おめでとう!」

 

ナオミとわたしの出会いは中学校だから、付き合いはもう20年になる。当時は特別親しいわけではなかった。けれど卒業してから、ひょんなことをきっかけに急速に距離が近づいた。わたしたちはとても感覚が似ていた。何が許せて、何が許せないか。どんなことに怒りを覚え、どんなことで喜ぶか。ナオミと話していると、自分の輪郭がくっきりする感じがした。モヤモヤしたものが削ぎ落とされ、強くて迷いのない自分自身を感じ取れるというような。ナオミも同じだったと思うのは、わたしの自惚れではないはずだ。

 

 

 

何度かの結婚ラッシュを通り過ぎ、30歳を超えてもわたしは独身だった。だけどまったく寂しくなかった。独身だけどひとりじゃない。いつでもナオミがそばにいた。旅行や買い物は彼氏に付き合わせるよりも、趣味の合うナオミと行く方がずっと楽しかったし、「40歳になったら同居して、70で同じホームに入ろう」なんて言いながら飲むワインは美味しかった。ナオミと中古のマンションを買い、好きにリノベーションして暮らす生活は、その空気や匂いまで、はっきり思い浮かべることができた。

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被害者ヅラのアップルパイ

「あ、お疲れ」

「そっちこそ、プレゼンお疲れ様。何とかまとまって良かったじゃん」

「本当だよ。一時はどうなるかと思った」

「Twitter荒れてたもんね」

「本番直前にふたりもバックれたんだよ? 荒れるでしょ」

「まぁそれは……。でも前山さん、今日来てたね?」

「逆にびっくりした。あ、来るんだ? って」

「体調、良くなったなら何よりじゃん」

「そうだけど、急に来られても……。突っ立たせとくわけにもいかないから、本番でも少し話してもらったけどさ。その原稿だって、こっちが用意してフォローして。余計な仕事増やさないでほしい」

「まあまあ。それでもリナよりマシじゃない? あの子は今日も欠席だったね」

「そうでもない。だってリナには初めから期待してなかったもん。グループ分けが決まった時から、『5人組でも実質4人』って思った。だから最初から、リナには重要なタスク振らなかったし」

「あはは。リスク管理だね。今回、あの子も体調悪いって?」

 

 

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泥棒はウソツキのはじまり

手取りが17万円で、家賃7万、光熱費1万、食費4万、スマホ代が4000円。日用品買って保険払ったらマジでいくらも残らない。別にハイブランドのバッグとかいらないし、服はユニクロかZARAでいい。気が向いた時に好きなもの食べて、毎月美容院に行けて、お金を気にせず友達と遊びたいだけなんだけどな。てか逆に、毎月美容院! 新作コスメ! うさぎオンライン! 推しのグッズはもちろん全買い! とかやってる女、全員実家? それとも年収1000万?

息するだけで金がかかる街・東京。それでもインフルエンサーの勧めたコスメは爆売れし、トレンドが去年の服を流行遅れゾーンに押し出し、読みたい本や見たいもの、行きたい場所が増えていく。誘惑の多いこの街で、我慢をするのは困難だ。なので彼氏の財布から金を抜いてます。

誰もが名を知る大企業に勤める彼の長所はおおらかなところ。短所は大雑把なところ。「最近キャッシュレス決済ばかりだから、いざ現金払いしようとなると財布の中身が心配になる」「この前、入ったカフェが現金払いでコンビニまで金をおろしに行った」と笑うが、たぶんそれってわたしのせいです。最初は滞納した電気代のため、決死の覚悟で2000円だけ抜いてたのが、あまりにバレないので気軽に万札もいくようになった。月平均1〜2万。いただいたお金は、光熱費や友達とのお食事代として、大切に使わせていただいております。Q.人の金で食う飯は美味いか? A.自分の金で食うより美味い!!

 

 

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プリンセス浦和

深夜の浦和の住宅街を、行くあてもなくさまよっている。わたしは首元がダルダルになった無地のTシャツとユニクロのリラコという出で立ちで、足元はサンダル履きだった。引っ掛けてきたジェラピケのパーカーは、数十回の洗濯を経て滑らかな肌触りを失っている。

褪せてくすんだ色合いの中で、肩からかけた鞄の鮮やかなグリーンが浮いていた。先ほど彼から投げるように渡されたこのバッグは、去年の誕生日に彼から贈られたフルラ。財布に社員証にメイクポーチ、パソコンまで入っていて重い。妙に生臭い風が横顔を撫でる。乾ききってない髪が頬に貼り付いて不快だった。

彼氏のシンちゃんは高校教師だ。元は大学の同期で、卒業後の同窓会をきっかけに付き合いはじめた。交際期間は丸4年になる。約半年前から同棲開始し、約15分前に追い出された。理由はわたしの浮気だ。先週一緒に旅行に行った(という設定にしていた)女友達が、コロナで入院中だったのがバレてしまった。はじめは努めて冷静に話し合おうとしていた彼は、浮気相手がリョウスケと知ると顔色を変えた。わたしの目を見ず「出ていけ」と言い、「一緒にいたら殴ってしまいそうだ」と吐き捨てた。うつむく彼の両手は震えていて、いっそ殴ってくれたら良いのにと思った。

 

 

 

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ひとり芝居【恋愛】-主演 春川ハルキ (後編)

前回の話↓

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第三幕・窓の外

ハルキはスツールに腰掛けたまま、ぼんやりと天井に目をやった。懐かしむように一度目を閉じ、スピーカーからの『声』を待った。

――大学に入学すると、一気に世界が開けた気がした。新たな出会いは刺激的だった。けれど、ハルキにとって1番大切な交友関係は、カイトやフユカら内部進学・カーストトップグループであるのは変わらなかった。

「カイトはあちこちのサークルや部活に顔を出して交友関係を広げていましたが、僕はそうしたいとは思わなかったです。サークルには入ってたけど、それは中学からの仲間のひとりが立ち上げた、非公式の飲みサーです。カイトやフユカも入っていました。いわば仲間内の溜まり場ですね。
僕たちは身内意識が強かった。一貫校なので、どの代も少なからずそういう傾向はあるはずですが、僕たちは特に強固だったと思います。みんな親切で感じは良いですが、身内とそれ以外をはっきり区別していました」


――カイトは中学・高校と女が途切れたことはなかったが、大学で女遊びに拍車がかかった。正式な彼女を作ることはなく、サークル、バイト先、ナンパにネット、あらゆる場で女に手を出した。ただしカイトは絶対に「付き合おう」とは言わないし、むしろ事に及ぶ前に「彼女をを作る気はない」と宣言していた。それでも何度もトラブルになった。

「女の子がね、勝手に期待しちゃうんですよ。最初はセフレでも、関係が深まればそのうち、とか。でも入り口が違えば行き先も絶対違うじゃないですか。渋谷から東横線に乗ったら、いつまで経っても二子玉には着かないんです。それなのに、変な期待をしたまま菊名まで行っちゃう……みたいな子が多かったです」

 

 

 

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ひとり芝居【恋愛】-主演 春川ハルキ (前編)

第一幕・王の生誕

暗い部屋。奥正面には簡易なスツールがあり、ひとりの男が腰掛けている。年齢は30歳前後で穏やかな表情。グレーのシャツにデニムというラフな装いだが、靴や時計は高そうだ。足元には小さなリュックが転がっている。

天井のスポットライトが彼を照らしている。両脇にはスピーカーがあり、落ち着いた男性の声が流れてくる。その声に応える形で、男は静かに語りだす。

 

――春川ハルキは、27年前に東京で産まれた。父親は会社をいくつか経営しており、母親は元CAの専業主婦だ。両親の他に姉がふたりいる。

「はい、僕が春川ハルキです。父親が40を過ぎてから産まれた待望の男児だったので、かなり可愛がられて育ちました。姉たちにはやたら厳しい祖母も、僕にはメロメロでした(笑)。小さな王様って感じでしたね」

――幼稚園に入った王様は、周りの子供がガサツで身勝手で、何より自分を王様扱いしないことに戦慄した。なんたる不当。なんたる屈辱。ハルキは登園拒否したが、末っ子に激甘のはずの父は「通わなくていい」とは言わなかった。母は毎朝、ハルキを引きずるように幼稚園に連れていき、引き剥がすように保育士に預けた。

「姉たちとばかり遊んでいたので、甘やかされていたんですね。何でも譲ってくれるから、おもちゃの取り合いなんてしたことなかった。それに、僕はぬいぐるみとか可愛いものが好きだったんです。おままごとやお絵描きがしたかった。でもあの場所では、男の子だからって理由でヒーローごっこやかけっこに参加させられた。すごく嫌でした。ここは自分の居場所じゃないって、幼稚園にいる間ずっと思っていました」

 

 

 

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母の恋人

わたしの父はとにかくやべ〜人間だった。プライドが高く他責思考で、暴力的で感情的で男尊女卑なアル中だった。酒を飲むと暴れるし、酒がなくても怒り狂う。

当時の父に「アル中は依存症なので病院に行きましょう」なんて言おうもんなら死ぬほど殴られただろう。父の機嫌の悪い夜、わたしと2人の姉は子供部屋にこもっていた。獣を刺激しないよう、静かに絵を描くなどして、嵐が過ぎるのを待っていた。


一方で、母は近所でも評判の美人だった。大学時代は準ミスキャンで大企業に就職した母は、結婚を機に仕事を辞めて家族と友人のいる東京を離れた。結婚前の父は、少なくとも今よりはまともだったのだろうが、結果的に結婚は、母の生涯唯一にして最大の失敗だったかもしれない。


そんな母には恋人がいた。彼は近所の病院の医者で、わたしはマコト先生と呼んでいた。幼い頃、わたしは母たちのデートにたびたび同行した。行き先は遊園地や動物園。いかにも子供が好きそうな場所だが、それはわたしのためではない。あくまでこれはふたりのデートで、わたしの存在はおまけなのだと、幼いながらに感じていた。でもそれで構わなかった。母に優しくしてくれる人がいて、母が幸福そうなのが、わたしはすごく嬉しかった。

 

 

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