
何度も迷って、電話のマークに触れかけてはやめ、勇気を振り絞ってタップした。呼び出しの音が鳴る間、出ないでくれるといいなと思った。あと5秒待って出なかったら諦めようと思ったのに、4を数えた時点でつながった。
「もしもし。和香?」
「あ……清花ちゃん」
「どうしたの、めずらしいね」
わたしから電話をかけるのはたぶん初めてだ。学生時代にはあったかもしれないけど、それだってもう20年近く前の話……わたしたちは高校時代の同級生だった。
「うん……あの、この間はありがとう。久しぶりに会えて嬉しかった」
「ね。また行こう。優恵が話してた中華のお店、インスタ見たけど美味しそうだったよ」
「……そうなんだ」
「また3人で予定合わせて……」
大学卒業後2年で結婚して以来、わたしは夫の地元の大阪で暮らしている。清花ちゃんは最近こちらの会社に転職し、わたしをランチに誘ってくれた。同じく仕事の都合で京都に来ている優恵ちゃんにも声をかけて。
「……優恵ちゃんも、しばらくこっちにいるのかな」
「イベントが12月だから、年内はいるはずだよ」
「そっか……」
「……どうしたの?」
「え?」
「何かあって連絡したんじゃないの?」
わたしは黙り込んでしまう。清花ちゃんの口調は優しく、保育士が子供に話しかけるみたいだ。わたしは手元のメモに目を落とす。言いたいことは整理したはずだった。このまま読み上げればいい……それなのに、口がどうしても動かない。
「優恵が送ったリンクのこと?」
言い当てられて、わたしは小さく息を吐く。そうだよー。何あれ、ひどくない? 笑ってそう言うのが一番良い、気がする。笑うために口角を上げてみたけど、声が震えてしまいそうで躊躇する。そうしているうちに、軽く返せる間は過ぎ沈黙になった。
清花ちゃんから連絡をもらったとき、久しぶりに心が弾んだ。東京で生まれ育ったわたしにとって、学生時代の友達と会うのは久しぶりだった。ママ友はいる。でもママ友って友達というより同僚に近い感じがする。子育てというミッションを上手にこなすための仲間。助け合いの輪に身を置くには、自分も何かを差し出す必要がある。自分の不手際が子供にも影響するのは耐えられないので、わたしは昔覚えたエクセルを使って、誰にいつ何をしてもらい、何を返したかを管理している。気は休まらないが、そうしないと不安でたまらない。
先週末、清花ちゃん・優恵ちゃんと3人でランチした。ふたりとも10年くらいぶりだから、はじめは緊張したけれど、すぐに打ち解けて会話は弾んだ。ふたりともよく喋る。優恵ちゃんは業界の古い慣習を「因習」と吐き捨て、芸術とは縁遠いわたしにもわかるように解説してくれた。清花ちゃんは前の会社のパワハラ上司との壮絶な対立をポップに語った。昔からそうだった。ふたりとも、喉元過ぎた怒りや悲しみを、みんなが笑えるエピソードに変えて話すのがすごく上手だ。久しぶりに涙が出るほど笑った。そのせいで……わたしは油断してしまった。
和香は最近どう? と水を向けられ、つい話したくなってしまったのだ。普段の生活の中で思っても口に出せないこと。家族やママ友に言うのは憚られること。夫のちょっとした愚痴のつもりだった。
夫が家事をしない。子供の行事を把握していない……そんな話をしているときは、ふたりとも笑顔で聞いてくれていた。和香大変だね、偉すぎる、頑張ってるんだね……そんな相づちで乗せてくるから、うっかり喋りすぎてしまった。気づいた時にはふたりは真顔になっていた。特に厳しい表情の優恵ちゃんははっきり口にした。「それってモラハラじゃん」。わたしはヒュッと息を呑んだ。
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