ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

さよなら店長、地獄行き

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「次に付き合う人の人生は、めちゃくちゃにしようと思ってるんです」

 

休憩中、成り行きで一緒にお弁当を食べることになった島本さんの発言に、あやうくお箸を落とすとこだった。島本さんはわたしと同じ本屋で働くアルバイト。学生の頃からこの店にいて、勤続年数は10年に届くとか。

 

島本さんは感情に乏しく、何を考えているかわらない人だ。しつこいクレーマーに絡まれた時も、いつもの虚無顔で「はぁ」「そうですか」と繰り返していたのが印象的だった。……そんな彼女とふたりきりになった昼休憩で、「島本さんって彼氏いるんですか」なんて口に出したのが間違いだった。沈黙が気まずい関係で、していいような質問じゃない。

「いませんけど」

それが何か? という顔だった。わたしはなんだか焦ってしまい、「そうですか、島本さんモテるからてっきり……」とか、「よくお客さんに連絡先渡されてますもんね?」「わたしそういうの一度もないから」なんて余計なことまで喋ってますます空回りした。最悪。お昼、外で食べれば良かった。……そんなことを思っていた時、島本さんが放ったのが冒頭のあの言葉だった。「次に付き合う人の人生は、めちゃくちゃにしようと思ってるんです」。

 

「……はい?」

「金子さんって、男の人が好きですよね」

お箸で卵焼きを摘んだまま、島本さんがわたしに視線を向ける。男の人が好き? まぁ、異性愛者って意味ではそうか。……いや、単に男好きって言われてるのか? もしかしてわりと嫌われて……?

 

「気を悪くしたならごめんなさい。でも悪い意味じゃないんです」

心を読まれたようでドキッとする。水筒のお茶を注ぎながら、島本さんは言葉を続けた。

 

「わたしは……この通り地味なので、モテない人からは『俺でもイケそう』、モテる人からは『俺なら当然イケる』と思われる、そういうポジションなんですよ。だから声をかけられることは多いです。これをモテると言うならば、わたしはきっとモテるんでしょうね」

「そ……」

島本さんの言葉には確信と説得力がある。『そんなことないですよ』なんてフォローに意味がないのは明らかで、わたしは押し黙るしかなかった。たしかに島本さんは地味だ。いつも長い黒髪をひとつにまとめて、メイクもほとんどしていない。けれど、よく見るとすごく綺麗な顔をしている。切れ長の目を囲む睫毛は濃く長く、肌は真っ白で、小さな唇の形が可愛い。華奢で小柄で声が小さく、伏し目がちな表情に妙な色気がある人だった。お客さんの中には島本さん目当ての人も多くいて、待ち伏せされたりもするらしいと、他のバイト仲間に聞いた。

 

「わたしみたいな女は、きっと支配欲をくすぐるんですね。そこそこ綺麗なわりに自信がなくて、男の人に求められたら喜んで、従順で口答えをしない。そういう風に見えるらしくって。だけどそういう女が思い通りにならない時、男の人は攻撃的になるものなんです」

綺麗な焼き目がついた卵焼きが、小さな口の中に消えていく。わたしは自分のサンドウィッチに手をつける気になれず、島本さんが卵焼きを咀嚼し飲み込む様を黙って見つめるしかなかった。……男の人は攻撃的になる? そういえば、島本さんは夏でも絶対半袖を着ない。その理由ってもしかして……いや、それは流石に考えすぎか?

 

困惑するわたしに構わず、島本さんは淡々と話を続けた。

「わたしは、男性からの好意は嬉しいというより困惑と恐怖が勝ちます。それでも結局流されるので、従順と言えなくもないですけど」

島本さんのお箸がお弁当箱の上で止まる。生姜焼き、きんぴらごぼう、キノコとベーコンの炒め物。全体的に茶色くて、華やかさはないけれど、男の人が結局1番好きなタイプの美味しそうなお弁当だった。

 

「この前、金子さんが彼氏と喧嘩してるのを見ました。すごく羨ましかったです」

「……羨ましいって……」

「ああいうのって、対等な関係じゃないとできないですよね。わたしはいつも、一方的に怒られるばかり」

彼氏の健斗は同じ大学の同級生で、近くのカフェでバイトをしている。ほとんど毎日バイト終わりに迎えに来るので、うちのスタッフとも顔見知りだ。島本さんのいう『ケンカ』は先週のこと。閉店後の処理に時間がかかり、彼を待たせてしまったのが原因だった。たまたま虫のいどころも悪かった健斗と軽く言い争いになり、お店のみんなに見られてしまった。

……あのくだらない諍いを、そういう風に見ていた人がいたとは。どう返していいかわからずに、わたしはたまごサンドをひと口かじった。パサついた砂の味がした。

 

「金子さんは、すごく健康的な感じがします。好きな男の人と好きに付き合って、好きじゃなくなったら別れる。そういうのができる人なんでしょうね」

「……島本さんだって今までの彼氏のこと、好きだったんじゃないんですか?」

「好き?」

島本さんはわずかに目を見開いて、少し考えるように口元に右手を添えた。そして数回のまばたきの後、わたしのヨーグルトを指さした。

 

「……それ」

バイト前に買ったヨーグルトは、昼休みまで共用の冷蔵庫にしまっておいた。他の人に食べられないよう、名前を書いたふせん付き。

 

「恋人がいる間、わたしにはふせんが貼られるんです」

「え?」

意味が飲み込めず、わたしは間抜けな声で聞き返す。島本さんのささくれのある指がわたしのヨーグルトに伸びて、黄色いふせんを摘み上げた。

 

「男性に声をかけられた時、1番安全な断り文句がわかりますか?」

「えっと……」

「正解は『彼氏がいるので』です」

島本さんはふせんを胸元に貼り付けた。暗いブルーのセーターの胸に、能天気なイエローのふせん。丸くて緊張感のない文字で書かれた『金子』の文字が不似合いだった。

 

「わたしが拒否しても聞く耳持たない人が、『わたしにそういうことをすると、不快になる男性がいますよ』って言うとスッと身を引く。不思議ですよね」

粘着力の弱いふせんが胸から落ちる。ひらひらと床に着地するまでの数秒間を、わたしと島本さんは無言で見守った。

 

「……だからわたしは、1番マシなふせんを常に貼りつけておきたかったんです。見る目はなかったですけどね」

短く、乾燥して白くなった爪がふせんを拾い上げ、粘着面を内側にしてふたつ折りにした。そしてくしゃりと丸めて指先で弾く。黄色い紙の球は、机の端ギリギリで留まった。

 

「わたしにも問題があるのはわかってます。でももう支配されるのも飽きたし、利用されるのも懲り懲りだから、次に付き合う人には、今までの人たちのツケを肩代わり? とにかくまとめて支払ってもらいたいので、地獄に落とそうと思ってます」

島本さんが箸を置く。お弁当の中身はまだ半分以上残っている。わたしは……島本さんが恋愛に良い思い出がないのは理解できたけど、次の彼氏に全部背負わせるのは違うというか、正しくないと思った。でもこの状況で滅多なことは言えないし、言いたくなくて正論は飲み込むことにした。

 

「……でも、次に付き合う人はいい人かもしれないですよ」

「金子さんの恋人のように?」

数秒がかりで絞り出した無難なセリフを、問いで返され言葉に詰まる。

たしかに健斗はいい人だ。ちょっと感情的なところはあるけれど、普段は優しくて約束も守る。なぜか島本さんと健斗が並んで歩く姿が頭に浮かんで、ちょっと背筋が冷たくなった。

 

「……あぁごめんなさい。金子さんの恋人に手を出そうなんて思ってないです」

頭の中を見透かしたみたいに、島本さんはちょっと表情を緩めて言う。わたしは何だか怖くなって、早く席を立ちたいと思った。でも動けない。食事も進まない。蛇に睨まれた蛙の気持ち? 島本さんはわたしをとって食おうとなんてしていないのに、今すぐ逃げ出したい気分だった。

 

「……でも、そうですね。いい人の人生を狂わせるのは罪悪感がありますし、なるべくヤバい男性とお付き合いしたいと思ってます。心当たりがあれば紹介してくださいね」

島本さんはお茶を飲み干すと、水筒の蓋をキュッと閉め、手際良くお弁当箱をハンカチで包んでいった。

……いや、ヤバい男性って。

周りの男の人たちの顔を思い浮かべてみるけれど、欠点のある人、わたしと合わない人はそりゃいるが、人生めちゃくちゃになってほしい人は流石に……あ。

 

「……店長」

頭に浮かんだ『ヤバい男性』が思わず口からこぼれ出た。

 

「わたしの周りで1番ヤバい男性は店長です」

1年前に異動してきた店長は、平気でバイトをデートに誘うし、バックヤードで腰に手を回す、「セックス好きそうな顔してるよね」「シフトの変更?ホテル1回ね」なんて超キモい冗談(?)をかますという、とんだ迷惑ジジイだった。若い頃モデル事務所に所属していた(真偽不明)という彼は、「普通の男なら一発アウトな言動も、俺ならセーフ」という謎の自信に満ちていて、セクハラに不快感を示したバイトをすでに数名辞めさせている。

今時珍しいくらいのセクハラだけど、それでも処分されないのは、本社の偉い人の甥だか従兄弟だから、らしい。

ちなみに健斗がバイト先まで迎えに来るのは、店長を警戒しているからだ。高校までアメフト部で、体格の良い健斗が店に顔を出すようになってから、たしかにわたしへのセクハラは減った気がする。……あれ、これってもしかして、わたしに貼られた『健斗』のふせんが店長に見えているからか? わたしは健斗の所有物じゃないのに……でも……。

 

「……あぁ」

島本さんは盲点だった、みたいな顔をして、ゆったりと頬杖をついて目を伏せた。そのまま何故か机の隅、丸まった黄色いふせんをじっと見つめていた。何だか嫌な予感がして、わたしは無理に明るい声を出す。

 

「冗談です。流石に店長はなしですよね? 年も離れすぎてるし、そうじゃなくても……」

「僕が何?」

ノックもなしに休憩室のドアが開き、心臓が口から出るかと思った。香水の匂い。整髪料でテカった長髪を後ろで結び、ピチピチのスキニーを履いた我らが店長。

 

「あ、いえ何でも……。彼氏のバイト先の話です」

「……ふーん」

わたしは慌てて言い訳するが、店長の目には疑いの色がちらついていた。堂々とセクハラをするわりに、この人はバイトからの評判を妙に気にするところがある。めんどくせぇ。心の中でため息をついて、わたしはほとんど減ってない昼食を片付け始めた。



「……店長」

島本さんが立ち上がったのは、わたしが未開封のヨーグルトをゴミ箱にぶちこんだ時だった。

 

「今日、閉店後に少しお時間いいですか?シフトのことで相談が」

店長を見る横顔には、微かに笑みが浮かんでいる。島本さんの笑顔と呼べる表情を見たのは初めてで、わたしは思わず息を飲む。店長も意外そうな顔をしたが、すぐにいつものニヤけた顔で得意の『冗談』を繰り出した。

 

「いいけど、その後ホテルに付き合ってくれる?」

「うふふ、もう。何言ってるんですか」

島本さんは笑いながら、店長の二の腕に手を添えた。うふふ、だって。島本さんが。

満更でもなさそうな店長と一緒に、島本さんが部屋を出ていく。扉が閉まる直前に振り向いた島本さんは、店長の腕に触れたまま、びっくりするくらい美しい笑顔をわたしに向けた。唇に添えられた人差し指。目には見たことのないきらめきがある。

わたしはひとりになった休憩室で、今月でバイトを辞めようと思った。

 

 

おしまい

 

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