ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

死者とセックス

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「また死者とセックスしてしまいました」

そんな報告が空を飛び、彼女の手の中に届く。 

死者とセックス

わたしと紗江ちゃんは合コンで出会った。当日になって女の子が1人来れなくなり、急遽呼ばれたのが彼女だった。

 

わたしと合コン幹事は会社の同期で、幹事と紗江ちゃんは大学の友人。合コン直前に彼女に会って、一瞬で目を奪われた。顔立ちもスタイルも普通なのに、雰囲気が圧倒的に可愛い。ノースリーブとショートパンツから潔く出した手足が眩しかった。決して細くはないけれど、柔らかそうな太ももからは健康的な自信が漂う。

 

コンパは紗江ちゃんのひとり勝ちだった。華やかで親しみやすい笑顔に男性陣はすぐ骨抜きになった。わたしはというと、適当な相槌を打ちながら元カレのことを考えていた。元美容師でバンドマン、バーテンダーのバイトで小遣いを稼ぐ3B男。部屋に転がり込まれて2年、ほとんどヒモ状態だった。そんな彼から一方的に別れを告げられたのが先月。今この瞬間にも電話があるかもしれないと思うと、スマホが気になって仕方なかった。 

 

解散は終電ギリギリだった。わたしと紗江ちゃんは皆と別れて私鉄の改札に向かった。 

「みんな紗江ちゃん狙いだったね。モテるね」
「モテるよ。えへへ」
言い切る自信に好感が持てる。誰より積極的に飲み食いしていたのに、ピンクの口紅は鮮やかなままだ。会話が途切れたタイミングで、わたしはちらりとスマホに目をやる。


「別れたばっかなんだっけ。ずっとスマホ気にしてたよね」
「わかっちゃった?」
「バレバレだよ。彼から連絡あった?」
黙って首を横にふる。最後に送ったメッセージも、未だ既読になっていない。電車の音と振動がタプタプの胃に不快に響いた。

 

「ねぇ、その彼死んだんじゃない?」
予想だにしない発言に、は? と尖った声が出てしまった。紗江ちゃんは少しも気にしてないようで、ゆったりとした口調で話を続けた。

 「紗江はね、別れた彼氏は全員死んだと思ってるの。だから連絡なんてあるはずないし、あったとしたら心霊現象」


酔っ払いのサラリーマンが紗江ちゃんの脚を舐めるように見ていた。紗江ちゃんは視線どころかサラリーマンの存在自体を見えていないかのように、完全無視をキメている。

わたしが言葉を返せずにいると、あ、と紗江ちゃんは手を打った。

 

「お葬式。そう、お葬式しよう。『悪霊退散!』してあげる。連絡するね。じゃあ!」
彼女の最寄りについたらしい。思いついたことを言うだけ言って、慌ただしく電車を降りていく。お葬式……わたしの元カレの、だろうか。悪霊退散はまた別の儀式だと思うけど。

ひと息ついて、わたしは電車のシートに腰を下ろした。紗江ちゃんを目で舐めていたサラリーマンは、鞄を投げ出していびきをかいていた。

 

「連絡するね」は社交辞令ではなかった。翌日紗江ちゃんからラインがあり、次の週末に会うことになった。彼女曰く、『お葬式』だ。場所は普通の飲み屋だけど、ドレスコードは全身黒。随分前に「ちょっとしたパーティに」と買わされたリトルブラックドレスとやらをこの際下ろすことにした。

 

紗江ちゃんも黒いワンピースで来た。スカートは短く、白い素足を見せびらかしている。12センチのピンヒール、ざっくりまとめたポニーテール。ピアスは一応パールらしいけど、デカい。本当のお葬式なら常識外れもいいとこだ。

 

ワインを次々空けながら、わたしたちは別れた男の悪口を言い続けた。罵詈雑言を漢字にして並べ、それを元カレ・3Bの戒名とした。禿隠自撮歩絵夢紐小便飛散足臭男だったと思う。紗江ちゃんはめちゃくちゃなお経を唱え、アーメンと十字を切り、悪霊退散! とわたしの肩を叩いた。後で聞いたら案の定、お葬式に出たことはなかった。


「男がこの世に強い性欲を残して死ぬと……幽霊となって元カノなどにラインを送る……」
酔いが回った紗江ちゃんは霊媒師になりきっていた。霊媒師・青山紗江氏によると、死者とセックスをすると生気を吸い取られ、あの世に引きずり込まれるらしい。 机に突っ伏したまま喋るので、声がこもってちょっとそれっぽい。

 

「じゃあ紗江ちゃんは、ヨリ戻したこと一度もないの?」
「めちゃくちゃあります」
ぱっと顔を上げた紗江ちゃんは霊媒師キャラを一瞬で捨て、甘えた声でワインのお代わりを注文した。

 

「紗江ちゃんは死んでるってこと?」
「生きてるよ。一回死んで生き返ったの」
生き返りアリのルールらしい。どうやって? と尋ねると、少し考えてからこう答えた。「紗江のことを大好きな人とセックスするんだ」。

――死者とセックスすると、生気を吸い取られて死ぬんじゃなかったか。それなら死者の紗江ちゃんとセックスをした、紗江ちゃんのことを大好きな誰かは、紗江ちゃんの代わりに死んだんじゃないの。そう聞いてみたかったが、わたしが口を開く前に彼女は眠りに落ちてしまった。苦笑いする店員さんからワインを受け取り、わたしは紗江ちゃんの身代わりになった誰かを偲んだ。

 


それから紗江ちゃんは、たまに連絡してくるようになった。毎回お葬式の知らせだ。しばらく紗江ちゃんの元カレやら、彼氏候補やら、不倫相手やセフレやらその他もろもろの葬儀が続いた。「別れた相手からの連絡なんて心霊現象」と言っていたわりに、紗江ちゃんは元カレたちともちょくちょく会ってはセックスをしていた。成仏してなかったんだね〜〜なんてふにゃふにゃ笑って、まためちゃくちゃなお経を唱える。それでも、わたしの前の紗江ちゃんはいつでもちゃんと生きていたから、他の誰かから生気を搾取したあとだったんだろう。

 

ところがそれから2年ほどすると、お葬式の開催はぱたりと止まった。信じられないことだけど、紗江ちゃんに真剣な交際相手が出来たのだ。相手は中学の同級生らしい。代わりにわたしから彼女に連絡するようになった。地獄の底より蘇りし3B、またの名を禿隠自撮歩絵夢紐小便飛散足臭男と、ついにセックスしてしまったのだ。別れてから1年経たずに連絡が来て、ずっと無視していたのだけど、一度会ってしまったが最後、気づけばセフレになっていた。死者とセックスするたびに、わたしにはお葬式と念入りな除霊が必要になる。

 

「またやっちゃったの。あなた、取り憑かれてますね」
茶化して笑う紗江ちゃんの桃色の爪、白い指、銀色の指輪。彼女は来年の春に結婚する。

元カレのことが好きなのかと聞かれたので違うと答えた。本当だ。向こうは惚れられているつもりだろうが、そんな甘ったるい感情はとうの昔に消えている。

 

「ねぇ紗江ちゃん、」

わたしたちの関係は何なんだろうね。わたしたち、お互いの出身地も、好きな音楽も知らないね。セックスのために会うのがセフレなら、他の誰かとセックスしないと会えない関係には、どんな名前をつければいいのかな。そんな喉まで出かけた本音を、ギリギリで飲み込んだ。

 

ん? と首をかしげる紗江ちゃんは相変わらず可愛いが、出会った頃の強烈な魅力は失われていた。良くも悪くも普通に幸せになれる女性。
 

「……強めに除霊、お願いします」
「ふふ。よかろう」
わたしは勢い良く頭を下げ、紗江ちゃんは得意げに腕を組んだ。

 

明日の朝、この店を出るとき、紗江ちゃんはきっと今思い出したみたいなフリをして、わたしに招待状を手渡す。お葬式じゃなく結婚式だ。わたしの前では黒い服ばかり着ている彼女の純白のドレス姿は、きっとすごく、すごく綺麗だ。キャアキャア騒いで受け取ろう。泣かずにおめでとうを言いたいと思う。もしもの時の言い訳のために、わたしはビールを一気にあおった。

 

 

おしまい

 

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