ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

愛のため戦え!

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姉は常軌を逸した面食いだった。

好きになる男は全員飛び抜けて顔が良く、「ダサいけどよく見たら」という隠れイケメンではなくて、自分の美しさを自覚して飾り立てる男たちだった。20代の姉は、深夜でも呼びだされればタクシーに飛び乗り、しょっちゅう泣かされ、他の女とハチ合わせしてつかみ合いのケンカをし、その後なぜか空手道場に通い始めるような女だった。いわく、「彼の周りには若い女も、キレイな女もたくさんいる。その中でわたしが獲れるNo.1は、そう。強さ」とのことだった。

……“そう。”とは? 若さと美しさに強さで対抗しようする理屈は全然わからなかったし、彼には2ヶ月でフラれていたけど、空手は素質があったみたいで今では黒帯だ。

 

そんな姉は30歳の誕生日、他の女との死闘を制して勝ち取った男に「地元の子を妊娠させてしまったので結婚します」と別れを告げられ、青山の路上で絶叫した。人目もはばからず号泣しながらすがりつき、一張羅のワンピースで路上を転げ回ったと聞いて、わたしは爆笑した。男が逃げるように地下鉄改札に飛び込んだ後、メイクを涙でドロドロにした姉が向かったのは結婚相談所だった。入会、お見合い、仮交際。とんとん拍子にことは進んで、1年経たずに結婚した。

 

義理の兄は、どう見ても姉の好みではなかった。神経質そうなメガネの男は、むしろわたしのタイプである。背の高さ、体毛の薄さ、ちょっとオタクっぽい話し方。わたし的にはストライク。もちろん最初は姉の配偶者に手を出すつもりは毛頭なかった。けれど、わたしが東京配属になったこと、姉とよく会うようになり、義兄との接触が増えたこと、彼らの関係が冷え切っていたこと、わたしと義兄に共通の趣味があり、そのうえ職種も近かったこと――細かい偶然も、より集めれば『運命』になる。猛烈に惹かれ合いました。が、熱烈なロマンスの賞味期限は短くて、セックス3回で向こうが冷めた。しかも姉にバレた。

 

義兄不在のマンションで、姉の手料理(やたらと美味い)を挟んで姉妹で向かい合う。

「どうしてあの人なの?」
姉は慌てず騒がず尋ねた。続けて困ったような寛容な笑みで、「東京で寂しかったんだよね?」「もっといい人を探しなね」みたいなことを言われたので、わたしは罪悪感を感じる前に、たいそう白けた気持ちになった。
独身時代、意中の男に近づく女をありとあらゆる手段で排除し、他の女を連れ込んだ彼氏の家のインターホンを108回鳴らして警察を呼ばれた姉は死んだのか? わたしの知る姉は、栄養バランスの取れた弁当に囲まれながら、高級ショコラティエの夢を見ながら餓死するような女だったのに、いつからさして好きでもない弁当を食い、他人に奪われてもヘラヘラできる大人になってしまったんだ。

 

「何が『寂しかったんだよね?』だよ。お前の感覚押し付けてんじゃねぇぞ」
わたしは悪びれもせず言い捨てた。目の前の女を姉とは思えなかったから、罵詈雑言を投げつけるのに躊躇がなかった。

「バカならバカらしく見て見ぬフリしろよ」
何を言われても姉は穏やかな表情を崩さず、少し首を傾げただけだった。姉は恋愛になると気が狂うが、それ以外は至極真っ当で、むしろおっとりしたタイプだ。子供の頃から男以外にはこだわりのない人だったので、あらゆるものを譲ってくれた。そんなわたしたち姉妹の初めての揉め事が、夫の取り合いだなんて笑える。

 

「同情するなら彼をくれ!」
感情に任せて投げつけたグラスが新築マンションの床で弾けた。わずかに目を見開いた姉は、烏龍茶の水溜りとわたしの顔を見比べ、うつむいた。肩が震えている、と思った次の瞬間、爆発するような笑い声がダイニングに響く。腹を抱え、苦しそうなほどに笑う姉を見て、わたしは妙な興奮を覚えた。こんなに楽しそうな彼女を見たのはいつぶりだろう。そう考えた時、わたしは自分の使命を理解した。あぁ、そうか。わたしはきっと、姉の夫への愛を目覚めさせるためにあの人と寝たんだ。

 

姉は好きな男を手に入れるために散々戦ってきたけれど、好きだから戦うのではなく、戦うから愛せるのかもしれない。わたしを拳と倫理で殴り倒して、姉はようやく真実の愛を手にする。すでに向こうは冷めきっているけれど、そんなのはもはや関係ない。法律も姉の見方をするだろう。婚姻届、万歳だ。

どちらかと言えば打算的で、条件ありきで恋をしてきたわたしが、義理の兄なんて超危険ゾーンに手を出すなんて、自分でもおかしいと思っていた。これは姉の幸せに必要なステップだったのだ。理解した瞬間、愛おしさが胸に溢れた。

 

笑い終えた姉の瞳には、わたしの好きだった、あの歪で強烈な光が宿っていた。この視線が、かつて姉にぶちのめされた女たちに向けられたものだと思うと、腹の底から形容し難い興奮が湧いた。

 

「そのグラス、いくらすると思ってるの?」
姉は立ち上がり、わたしの胸ぐらを掴んだ。

「知らねぇよ。どうせIKEAだろ」
睨み上げたが、口元の笑みを抑えきれない。姉はふっと笑って見せてから、大きく頭と上体を逸らした。動けないのに、その美しい動きはスローモーションみたいにはっきり捉えることができた。これは開戦のゴング。わたしたちの、愛のための戦いの始まり。姉はチャペルで、結婚行進曲に乗って、お花とリボンに囲まれて愛を誓える女ではなかった。暴力と執着と執念で、一方的な愛を成就させるのがふさわしい。その愛の道に、痛みと興奮で華を添えるのがわたしの役目だ。今日が本当の愛の始まり。強烈な頭突きに火花が散った。おめでとう。幸せになってね、お姉ちゃん。

おしまい

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