ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

恋の魔法は一瞬で

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(※恋人間の暴力描写があります。苦手な方はご注意ください)
バイト先で一目惚れしたたっちゃんは、当時ハタチの大学生だった。切長の目、尖った鼻、薄い唇、黒髪、ちょっとダサいTシャツと汚れたスニーカー、身長、声、爪の形、右上がりの癖のある字。ありとあらゆるポイントがわたしのストライクゾーンど真ん中。バッターアウト、ノックアウトです。

 

それから2年、誇張ではなく2000回は「好きです」と伝えて2000回フラれた。いや、出会いから1年後には「好きです」の「す」で「勘弁してくれ」と真顔で言われるようになり、そこからさらに半年経つと、目が合うだけで「無理だから」と斬られるようになったので、実質4000回はフラれてる気もする。仮分数……。

ラブレターを彼のエプロンのポケットに忍ばせ「ゴミを入れるな」とマジギレされて号泣したのも、今では良い思い出です。恋愛成就で有名なパワースポットに通い詰め、大学生にもなって「彼を振り向かせるおまじない♡」なんてのは片っ端から試した。神の力か、おまじない効果か、はたまた酒をしこたま飲んでスクランブル交差点の真ん中で「付き合ってくれなきゃ死にます!!」泣き叫んでその場に転がったからか、彼女になることができました。渋谷のコンクリートの冷たさを額に感じてから5年。わたしも大人になりました。

晴れて恋人になってからの5年は、一般的なラブラブ♡とはちょっと風味が違ったけれど、わたしは概ねハッピーでした。愛を余すとこなく伝え続けた結果、最初は何をするにもダルそうだった彼も、そのうち「しかたねぇなぁ」と笑ってくれるようになりました。たっちゃんが笑った時の目尻のシワが、すごく、すごく好きでした。

 

金曜の夜は仕事を終えたたっちゃんが家に来て、そのまま泊まっていくのが最近の流れ。レトルトのカレーを一緒に食べて、映画を見て、寝る。土曜の10時に目覚めたわたしは、ベッドの上で伸びをして、隣で眠るたっちゃんに目をやる。涙のあとを指でなぞった。口開けて寝ちゃって可愛……………………くない…………………………。え? うそ。本当に可愛くない。は?

びっくりした。恋すればすべてのあばたはえくぼなわたしにとって、たっちゃんは完璧な彼だった。世間一般で言うイケメンでなくとも、わたしにとってはすべてを許せるパワー宿りし顔面を持ち、強がりで不器用で、わたしの前でだけ弱いところを見せてくれるキュートな好きぴ♡だったのに、ひと晩でただの小太りのアル中暴力男になっていた。なっていたっていうか、愛という名の霧が晴れて本当の姿が見えた感じ。シンデレラの魔法には「今日の12時までですよ」ってちゃんと予告があったのに、恋の魔法が解けるのは一瞬。事前告知なし。徐々に冷めるとかでもないわけ? コワ……。同じ空間にいるのもおぞましく、わたしは跳ねるようにベッドを飛び出した。

 

昨日殴られた腕が鈍く痛んだ。
就職してからたっちゃんはだんだんおかしくなった。ほとんど飲まない人だったのに、上司に飲みに連れ回されて、そのうち自分でもお酒を買って帰るようになった。そこまでは全然良かったけど、だんだん量が増えた。初めて殴られたのは2年前の夏。「飲み過ぎだよ」と言ったら拳が飛んできた。殴った後にたっちゃんは泣いた。泣きながらずっと謝っていた。もう二度とお酒は飲まないと誓ったのに、数ヶ月で再びお酒に手を伸ばした。飲んでも毎回暴力をふるうわけじゃない。機嫌よく明るい時だってあり、刺激しなければそのまま寝てくれることも多いので、わたしは何も言わなくなった。

昨日は飲む前から機嫌が悪く、嫌な予感がしていた。チューハイ片手に映画を見ながらブツブツ文句を言っていて、トリガーはわたしが空いた缶を片付けようとしたことだった。

「まだ飲んでんだろ!」
いや存じておりますが、空き缶の中身をすすいでおくのに何の問題が? 怒声に驚いて強ばる体を、たっちゃんに右手で小突かれた。「馬鹿にしてんだろ」「舐めてるのか」と言う言葉と共に拳が降ってくる。わたしにできるのは黙って体を小さく丸め、嵐が過ぎ去るのを祈るのみ。

お酒の入ったたっちゃんの情緒はジェットコースターみたいだ。「お前が悪い」から「俺に殴らせたのはお前」「全部俺が悪い」「ごめん」「お前にしか甘えられない」「でもストレスが」「見捨てないでほしい」「好きだ、結婚しよう」まで急上昇の急落下。暴力をふるった後にしか聞けないプロポーズの意味を、シラフの彼には一度も確認できていない。

 

別れろと言われるのはわかっていたから、彼のDVは誰にも相談していない。殴られる度に痛かったけど、辛かったけど、彼の苦しみの一部を受け止めたような気持ちに酔っていたのも事実。愛情の霧が消えてしまえば、自分の感情がクリアに見えた。心の中は恐怖に染まり、悲しみが吹き荒れ、怒りが大地に根を張っていた。

……怒り! 
自分が怒っているのに初めて気づいた。そうか、わたしは怒ってたのか。そりゃそうだ。自分自身でないがしろにしてきた怒りは、ここにきてバキバキと音を立てながら枝を伸ばした。ごめんね。本当に、この男はどういうつもりなんだろうね。

 

「他の人には弱いところを見せられなくて」「自分でもコントロールできない」という言い訳をずっと信じてきた。仕事のストレスをお酒で発散してるのを知っていたから、辞めてくれとも言えなかった。一度「病人扱いするな」と怒鳴られてからは、「病院」「治療」は禁句になった。実際、会社の飲み会では盛り上げ役として重宝され、上司にも気に入られてるらしい。コントロールできないなら上司も殴れよ。

 

ねぇたっちゃん、本当は酔っても制御できてるんじゃない? それともシラフの時点で殴っても良いと思ってるから、お酒を買ってウチまで来るわけ? 眠るたっちゃんの耳に言葉をねじ込むけれど、彼の寝息は乱れない。少なくとも昨日のたっちゃんは、殴る理由を探しているみたいだった。たっちゃんが本当にアル中なのか、単に酒を言い訳に女を殴りたいだけの人なのかは、わたしにはわからない。

 

自分が虐げた女の家ですやすや眠るこの人は、今どんな夢を見ているんだろう。自分が暴力を受けるだなんて思っていない安らかな寝顔。ネクタイ、包丁、キッチン鋏。シャーペン、カッター、延長コード。平均的な独身女性の住まいにも凶器となりえる物はいくらでもある。無防備な腹に刃物を突き立てるのなんて簡単なのだ。ぶん殴るだけが暴力ではない。暴力はたっちゃんの専売特許じゃなく、誰にでも使えるお手軽な道具に過ぎないと気づいて失笑した。そんな野蛮な道具を振り回しに、毎週やってくる男。たっちゃん。わたしの大好きだった人。

 

わたしはパジャマのまま、サンダルを引っ掛け外に出た。スマホさえ持たない。鍵もかけない。向かうのは近所の交番だった。

殴った翌日のたっちゃんは優しい。前日に水につけておいた食器を洗うわたしの背中に抱きついて、消え入るように「ごめんね」と言う。わたしは笑って「何が?」と返す。たっちゃんはわたしの肩に顔をうずめる。彼の匂いを強く感じるその瞬間、すべてが満たされる感じがあった。どんなに痛くても良いと思った。だから何度でも彼を許した。

別れを告げれば彼は泣くだろう。それでも愛のないわたしはもう許してはあげられないし、ずっと閉じ込めていた怒りに誠実であるために、許すふりだってしたくなかった。わたしが思い通りにならないと、彼はお酒がなくても殴るかもしれない。そうなった時、わたしはもうただ怯えるだけではいられない。暴力はわたしにだって使えるツール。包丁に手を伸ばす未来が見えた。でもそんなのは怖くなかった。
たっちゃんとふたりでいるべきじゃない。食器を洗うわたしの後ろに立った彼の口から出たのが「俺が洗うよ」だったりしたら、気持ちが揺らいでしまうかもしれない。今日という日は赤の他人に、無機質に記録してほしい。今日を「去年の冬」とか「いつかの年末」なんて、ぼんやりとした思い出するわけにはいかなかった。

 

体のあざ以外に証拠はない。警察に話してどうなるのかは、正直全然検討もつかない。事件になるのか、痴話喧嘩として処理されるのか。交番に着く。見覚えのある警察官がデスクで何かを書き留めていた。

「すみません。交際相手に殴られました」

本当は殺人事件なんです。若い警官を前にして、わたしは心の中でつぶやいた。今日は命日。たっちゃんが大好きで、2000回告白したわたしが死にました。享年5歳。死因は他殺。昨日の夜に殴られて、打ちどころが悪かったようで今朝には冷たくなっていました。決して賢くはなかったかもしれないけれど、ここ数年間、彼女はわたしのすべてでした。死にたくなかったと思います。でも死んだんです。彼女の死を認め、いつか蘇るなんて馬鹿げた期待をしないで生きていくためには、どうしたらいいか教えてください。 

 

おしまい

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