――ご趣味は?
――動画鑑賞と、SNSでの中傷です。
映画でもドラマでもバラエティでもなく、わたしはYouTubeが好きだ。特にアイドルや美容系が好き。配信者が使ってるコスメをよく買う。ていうか、今はそうじゃなきゃほぼ買わない。
シマレナを見つけたのは偶然だった。おすすめ欄に出てきたサムネの顔に見覚えがあり、よくよく思い出してみたら、小学校の同級生だった。と言っても彼女は転校生で、同じ教室で過ごした期間は2年だけ。たしか小4の頃に東北から来て、6年生になる前に関西に引っ越していったんだっけ。転校生でありながら、すぐにクラスの中心に立った島田麗奈ちゃん――シマレナ。特に親しかったわけではないけど、懐かしくなってすぐにチャンネル登録した。
当時のシマレナのチャンネル登録者数は300人。SNSのフォロワーも多くなかった。各SNSをフォローすると、毎日シマレナの顔が目に入るようになった。麗奈ちゃんは今、東京に住んでいるらしい。会社員をしながら毎日SNSを更新しており、コメントにも丁寧に返信やいいねをつけていた。
麗奈ちゃんの明るい自虐と話術がウケて、切り抜き動画がTwitterでバズったのは去年。それをきっかけに、シマレナチャンネルの登録者やフォロワーは爆増した。以前は「好きだったインスタグラマーがPR投稿ばっかになっていく……つら……」なんてつぶやいた麗奈ちゃんは、バズってからはガンガン企業案件やPR投稿をこなすようになった。毎回「PRだけどガチで良いから!」とつけて。以前は気に入らなかった物には「1500円でゴミを買いたい人にはおすすめ!」なんて辛口で、でもだからこそ、褒めてる物は本当に良いんだと思えたのに。ちなみに、他人のPR投稿に対するマイナス意見のツイートは、いつからかすべて削除していた。
モヤモヤした気持ちを持て余し、なんとなく「シマレナ」で検索すると、わたしと同じように思ってる人がいてホッとした。思わずいいねしようとして、指を止める。わたしのアカウントはほぼ本名で、アイコンも顔写真を使っている。シマレナを強めの言葉で叩いているアカウントは、ほとんどが適当な名前の初期アイコン。いわゆる捨て垢。顔と名前を隠した本当の匿名アカウント。
……確かに、現実の知り合いに気兼ねなくつぶやけるアカウントがあっても良いかもしれない。そう思ったわたしは、通勤中の電車の中で裏垢を作った。複数のアカウントを持てることは知っていたけど、切り替えは思った以上に簡単だった。作りたての裏垢で、シマレナをdisるツイートに片っ端からいいねをつけた。
最初の頃はまだ、検索といいね……他人のツイートを読むだけで満足できていた。本垢でシマレナをフォローし、いいねやRTをし、彼女の使ったコスメを買い、裏垢ではシマレナのアンチのツイートにいいねする。YouTubeの動画は、内容に関わらず低評価。少しでも引っかかる発言はすべてスクショした。
軽快な口調や冗談・明るい自虐が持ち味だったシマレナだけど、一度その『冗談』『自虐』が洒落になっていないと大炎上した。シマレナの影響力が急増した分、アンチも増えていたので、ちょっとしたお祭り状態だった。シマレナから謝罪文が出ても、今度はその書き方が悪いと添削する人まで現れた。わたしはせっせと過去の発言をほじくり返し、キャプチャを貼って薪をくべた。裏垢からのはじめての投稿だった。
フォロワー0のアカウントながら、祭りの勢いでいいねがつき、数名にフォローされた。合計いいね12、フォロワー4。決して大きな反響じゃない。それでも本垢で友達同士でリアクションしあうのとは違う、不思議な高揚感があった。
それからも、シマレナはたびたび炎上していた。わたしから見ても「それは仕方ない」って発言もあれば、言いがかりや粗探しとしか思えないものもあった。
わたしは炎上に加担しつつも、麗奈ちゃんの発言に本気で怒ってる人たちを、どこか見下す気持ちがあった。わたしは『本当の』麗奈ちゃんを知っていて、彼女に悪気はないのはわかっている。わかった上で燃やしている。……勝手に悪意を嗅ぎ取っちゃって、みんなバカだな、と。
シマレナが学習し、問題発言がほとんどなくなっても、わたしたちは日常の投稿にケチをつけ、フォローとフォロワーの欄を常にチェックし、誰のフォローを外しただ、仲違いしただの憶測を書き込んだ。わたしは少ないフォロワーと、シマレナの悪口で盛り上がるようになっていた。アンチ垢どうしの交流がよくあることなのかは知らない。でも、シマレナのアンチたちは、自分たちの正当性を確かめるようにお互いの意見を肯定しあった。ダサいですよね。わかる! 常識ないですよね。本当に!
アンチの盛り上がりを無視して、シマレナはインフルエンサーとしての影響力を伸ばしていった。「会社を辞めて、好きなことで生きていくって決めました!」という動画がアップされたのはわたしが職場で死ぬほど怒られ凹んでいた時で、なんだか無性にイライラした。「いいなぁ」と思う気持ちに「敵わない」が加われば憧れに、「何で?」が混ざると嫉妬になる。芸能人みたいに可愛い子で、一度も炎上しなかったならわかるけど、シマレナが? あのクオリティの投稿で、会社を辞められるほど稼いでいるの?
今回の動画を舐めるように見ても、特に炎上させられるような部分はなかった。それでも気が済まないわたしは、一線を超えてしまったのだった。Twitterを開いて投稿ボタンをタップする。
「シマレナ、会社やめたんだぁ。。。小学校のころすんごいタチの悪いいじめっ子だったのに、そういう子ほど人生うまくいくよね」
「詳しいことは書けないけど、実は小学校が一緒だった。小学生でも女の嫌なとこ全部もってる感じで、気に入らない子に対しての悪口や態度は酷かったな。不登校になる子もいたよ」
「ぜ〜んぶ忘れてるんだろうけど!」
案の定、アンチたちはこのツイートに群がった。
よく絡むアンチ垢のひとりが詳細を聞きたがったのでリプライで答える。シマレナは小学生の頃から気が強く、自分が1番でないと気がすまなかった。だからそれを脅かす存在は、徹底的に排除したと。……まったくの嘘、ということもない。麗奈ちゃんは目立ちたがり屋で、何でも進んでやりたがった。そんな転校生を良く思わない子も当然いて、一部の女子たちと対立していたのは事実。一度、麗奈ちゃんと対立グループのリーダー格の女の子が言い合いになって、次の日相手が学校を休んだことがある。
……これを『不登校になった』と言うのは、流石に盛り過ぎている自覚がある。しかも、いつのまにか麗奈ちゃんとリーダー格は仲良くなっていた。麗奈ちゃんが転校する時、その子が号泣していたのをよく覚えている。それでも、わたしのツイートは0を1にしたわけじゃなく、1を100に盛ってるだけだ。前者は完全な嘘だけど、後者は個人のとらえ方、感想、誇張の範囲。……だよね?
アンチ垢ではわたしの発言は真実となり、尾ひれがついて広まった。特に『不登校』というワードが響いたようで、シマレナを叩く時に「ひとりの人生を台無しにしておいて」なんてつける人もいるくらいだった。
『シマレナの同級生』を名乗ったことで、アンチ界隈で、自分の存在が特別なものになった気がした。「昔からこういうところあった」とか「まだそのクセ直ってないんだ」なんて発言ができるのはわたししかいない。フォロワーたちとの絡みも増えた。特に『り』というアカウントとは気が合って、たまにDMもした。『り』はワードセンスが良くって面白いので、アンチツイートもよく伸びていた。
『り』ももちろん捨て垢だけど、DMではかなり明け透けだった。地方在住の大学生で、将来は美容部員になりたいらしい。だからこそ、いいかげんなコスメ紹介をするシマレナが許せないのだと。デパートが遠く、欲しいコスメの現物をなかなか見に行けないとよく愚痴っていた。
DMでは、シマレナと関係のないことも話した。シマレナ叩きを主軸としつつも、わたしと『り』の間には妙な友情? 連帯感のようなものが生まれていた。
そんな『り』が東京に遊びに来るらしい。会いたいと言われて戸惑った。いわゆる『ネットの知り合い』は、裏垢をつくるまでいなかった。マッチングアプリさえ経験のないわたしにとって、知らない人と会うのは抵抗があった。
……でも、会ってみたい気もする。『り』が若い女の子なのは間違いない。それに意地悪な本音を言えば、(自分のことは棚に上げて)アンチをやるような子が、どんな人間なのか興味があった。シマレナのインテリアや持ち物を「ダサい」とジャッジする『り』が、どんな服を着ているのか気になった。
なので、会ってみることにした。場所は向こうが指定した、表参道のカフェ。地下鉄で迷って少し遅れると言う『り』に、気にしないでと返信し、向こうが予約してくれた席につく。メイクにおかしなところがないか、鏡で何度もチェックする。ファッションもメイクも、デートなんかよりずっと気を遣った。今日のために新しい服を買ったくらいだ。「ベージュのワンピ着てブーツ履いてる」と打ち、落ち着くためにいつも通りにSNSをチェックする。シマレナが自撮りを上げていた。本垢でいいねし、キャプチャを撮る。特に炎上要素はないけど、念のため。
「遅れてごめんなさい」
声をかけられたのは、待ち合わせ時間を7、8分過ぎた時だった。白いアウター、茶色のセーターに革っぽい素材のミニスカート。綺麗に巻いた長い髪。その顔を見て凍りつく。
「はじめまして。『り』です」
思わず身を引いたわたしの腕を掴み、にっこり笑って彼女は言った。
「株式会社白井システム所属、明城大学出身の広田ナコさん。インスタもTwitterも本垢おさえてます。逃げるなら全部晒すから」
耳元にねじ込まれたのは、YouTuberのシマレナの聞き慣れた声だった。
つづく↓
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