ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

アヤちゃんと3人のトモダチ #平子

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(※こちらの話とリンクしています)

これまでの人生で、他人から言われていちばん腹が立ったのは、「空気の読めないフリをしないで」。相手は大学の友人・アヤだった。

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わたしの育った平子家の家訓は、「いま言わないなら黙ってろ」である。

親は子供は3人のつもりだったそうだ。でも末がまさかの双子で、その上なんやかんやでもうひとり増え、結局5人兄弟となった。当然毎日が戦争状態。双子が喧嘩をはじめたと同時に長女が部活で骨を折ったと連絡が入り、末っ子が転んで頭をぶつけて号泣。挙げ句の果てに長男が「引き出しでダンゴムシ飼ったら増えてた」と言い出す始末。そんな状況だったので、ひとりひとりに細やかなケアなど望めなかった。「やっぱりあれが欲しかった」とか、「言わなくてもわかってほしい」なんて要望は決して通らない。その代わり、言えば叶えようと努力してくれる両親だった。

両親の素質をしっかり受け継ぎ、平子兄弟は全員ガサツに育った。「全員が全員、欲しいものを欲しいと言えるわけではない」というのは小学生のうちに理解したけれど、素直に「欲しい」「やりたい」「絶対嫌」が言えるのは、わりと得する性分だとは、もう少し大人になってから知った。

類は友を呼ぶとはよく言ったもので、高校生まで友達は、同じようなタイプばかりだった。アヤみたいな子と親しくなったのは大学が初めて。ちなみに「アヤみたいな子」というのは、自分の意見をまったく言えない子、の意味だ。

 

どうして仲良くなったかは覚えてない。しーちゃんかユリノ……まぁたぶんユリノだろうな……が、何かのきっかけでお昼に誘ったのが始まりだろう。それからなんとなく、4人で行動することが増えた。おしゃべりなわたしやしーちゃん、ユリノがどんなに盛り上がっていても、アヤは聞き役に徹していた。ニコニコ相槌を打ってるだけのアヤに対して、「本当に楽しいのかな」と思ったことは一度や二度じゃない。ただし、たまに話し始めると話題は過剰に自分を下げた自虐か愚痴なので、黙っててくれた方がマシではあった。

普段は流されるままのアヤだけど、彼女はどうしても賛成できないことがあると、黙り込んでしまう癖があった。最初はアレコレ気を遣っていたものの、そのうち面倒で取り合わなくなった。かまってちゃんをするのは自由だ。でも当然、人にはかまってちゃんをかまわない権利がある。

当時のわたしはお世辞にも真面目な学生とは言い難く、朝まで飲んで講義に遅刻・欠席なんてしょっちゅうだった。そんなわたしを、いつも助けてくれるのがアヤだった。代理出席、ノートの写し、課題の手伝い、本当に何でもしてくれた。ユリノは「平子はアヤに甘え過ぎ」とため息をつき、しーちゃんは「アヤ、せめて平子から金とりな」とアヤをつついた。アヤは「そんなことしないよ」と笑っていた。

 

アヤを大好きになるきっかけも、大嫌いになる事件もないまま、わたしたちは3年生になった。その日はしーちゃんとユリノが就活で、アヤとふたりで講義を受けた。サシでお昼は若干気まずい……と思ったけど、その日に限って他の子も捕まらなくって、わたしとアヤはふたりで食堂に向かった。

 

当たり障りのない会話をして、ふと思い出してゼミの課題のコピーを頼んだ。以前は何でも快諾してくれたアヤは、その頃たまに躊躇する素振りを見せるようになっていた。「……また?」と顔に書いてある。でも言わないから、わたしが汲み取る必要はない。

 

「お願い!」と両手を合わせてみると、アヤは箸を置いてうつむいた。無言の時間。は? 気まずい。が、ここにはアヤの保護者みたいに、あれこれ気遣うユリノはいない。汲み取ってほしいアヤvs汲み取りたくないわたしの無言のバトル。

 

「……」

「……やっぱいい、ごめん」

無言の時間は思ったよりも長く続いて、白旗をあげたのはわたしの方だった。

コピーなら他に頼める子もいるし。そう思ってトレーを持って立ち上がろうとした時、アヤの唇が開く。小さいけど、たしかにアヤの声が聞こえた。

 

「ずるいよ」

思わず出たのは、口癖の「は?」だった。あ、だめだこれ萎縮させちゃうな……と少し後悔したけれど、アヤは言葉を止めなかった。テーブルの上で組んだ指をせわしなく動かし、唇を噛んだり戻したりしていて、緊張がはっきり伝わってくる。

 

「ひ……平子ちゃんはずるい。自分は空気が読めないからって……そう言って、色んなことを見えないふり、して」

アヤの目は絶えず泳いでいてこちらを見てはいない。でもそれは、間違いなくわたしへの批判だった。

 

「平子ちゃん、あ……、頭いいもん。空気や表情に、す、す、すごく敏感……で、読めるのに、空気読めないフリ、しないでほしいよ」

「は?」

今度の「は?」は前よりもっと固い響きで、でももう後悔しなかった。読めるフリしないで? アヤが言うのか? このわたしに?
喉元まできた3発目の「は?」は何とか飲み込んだ。

 

「わたしが空気を読めるって、どうしてアヤにわかるの?」

精いっぱい柔らかな口調を意識したけど、トゲがあるのは自分でもわかった。

 

「わかるよ」

声も指先も震えているけど、アヤははっきりとそう言った。

 

「しーちゃんやユリちゃんが元気ない時、平子ちゃんはテンション上げて、笑わせようって頑張ってる。空気を……人の気持ちがわかるからこそ、たまに空気の読めないフリまでしてる。違う?」

「え?」

言葉に詰まって、すぐには反応できなかった。たしかに一理ある。……というか事実だとすら思った。けれど、事実ならすぐ「そうですね」と認められるわたしではなかった。

 

「……だったら何? 自分にも気を遣えってこと?」

小馬鹿にするような口調から、逆に余裕のなさが見透かされそうで癪だった。わたしは雑に前髪をかき分け、無理やり笑顔を作った。アヤの目の前のトレーには、手付かずのヨーグルトが残っている。食べないくせに何で取るんだよ。そんなどうでも良いことにムカついた。……ううん、そんなどうでも良いことにムカついてるってことにしたかっただけだ、たぶん。予想外の方向から、図星を射抜かれた羞恥と怒りを、わたしは受け止められなかった。

 

「だるいわ。もう頼まない」

わたしはうつむくアヤをひとり残して食堂を出た。アヤが泣いてるかもしれないと思うと、振り返ることはできなかった。

 

 

その日から、わたしはアヤに何も頼まなかった――ならまだ筋が通ってるけど、実際、関係は何も変わらなかった。

課題のコピーはその日のうちに、「アヤが平子ちゃんに渡してって」と他の子を伝って手元に届いた。翌日以降もアヤの態度はまったく変わらず、だからわたしも何も改めなかった。わたしはアヤに頼み事をし、しーちゃんやユリノがそれを咎めるが、アヤは結局OKする。食堂の小さな揉め事はユリノたちにさえ伝わらず、わたしとアヤの胸の中で朽ち果てる日を待っている。

 

しーちゃんは有言実行の女で行動力があるけれど、頑固で融通が利かない。ユリノは面倒見が良く優しい分、お節介で説教したがり。それでもわたしは、ふたりのことが大好きだった。同じく長所も欠点もあるアヤを、ふたりほど好きになれなかった理由は、自分でもよくわからない。

 

ユリノの婚約祝いは、ユリノと彼とその親友たちの、小規模で温かな会だった。インスタにストーリーをアップしたのは、酔ったからと言ったけどわざと。アヤが絶対見ると思ったからだ。

 

……わたしはたぶん、ユリノがアヤを切ったのが嬉しくてたまらないんだと思う。どうしてそんな風に思うのか。わたしってアヤが嫌いだったのか?……そう考え至った瞬間、すべてが腑に落ちる感じがした。わたしは感情に素直なようで、非のないアヤを自分の中の「嫌い」カテゴリに入れるのを躊躇していた。無理やり「友達」の枠に入れていたから、気持ち悪くて目障りだったのかもしれない。ユリノとアヤの半絶縁で、「アヤを好きでなくても良い」という太鼓判を押されたように感じた。……のかもしれなかった。空気の読めないフリ、感情に気づかないフリ。単純なようでわたしも大概、めんどうな女だと思う。

 

「……アヤが嫌い」

口に出してしまえば、心が軽くなった感じがした。ずっと頭から離れなかったアヤの顔は、嫌いと認めた瞬間薄くぼやけた。頭から嫌いな女を追い出して――そう、嫌いな人間の席を、頭に作る必要はないから――わたしはユリノの婚約祝いの余韻にひたることにした。

 

 

おしまい

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