「最低、本当に最低。今すぐ死んでほしい」
こんにちは。現場の幡野です。ここは大学の空き教室。寒いくらい冷房が効いています。今すぐリュックから上着を取り出し羽織りたいのは山々ですが、それも厳しい状況です。なぜなら教室にいるのはわたしとアキナちゃんのふたりだけ。アキナちゃんはわたしより薄着だし、何よりブチギレています。
アキナちゃんが怒っているのは、アキナちゃんの彼氏だった人を、わたしが寝とったからでした。これだけ聴くと100割わたしが悪いのですが、一応わたしにも言い分があり……でもアキナちゃんは聞き耳持たず……なので、代わりと言ってはなんですが、これを読んでいるあなたに聞いてもらっても良いですか? よろしくお願いいたします。
アキナちゃんは、大学に入って初めてできた友達です。可愛くて、可愛さに常に磨きをかけ、可愛さにプライドを持っており、可愛さの価値を疑わない彼女は、キャンパスでもひときわ目を引く存在です。
アキナちゃんがわたしに話しかけてくれたのは入学式です。たまたま席が隣でした。式の後、アキナちゃんが事前にSNSで繋がっていたサユキとフミとも合流し、4人でお茶して帰りました。アキナちゃんはもちろん、サユキもフミも、すごくお洒落で綺麗な子でした。今思えば、その時点で違和感を感じるべきでした。
自分で言うのも何ですが、はっきり言ってわたしはダサい。絶望的にセンスがなく、何がダサいか判断がつかない。それなのに、ダサさに対するコンプレックスがあまりなく、妙に堂々としたところがある。
そんなわたしが、例外的にイケていたのが入学式の日です。あまりのダサさを心配した美容師の姉が、前日に泊まりに来ていたからです。当日のヘアメイクはもちろん、スーツも姉が選んだものでした(いい姉です)。式後に地元に帰っていく姉は、「これでまともな服を買いな」と小遣いを握らせてくれました。入学式は金曜日で、わたしは一応、週末に新宿に出てみました。けれど人の多さに恐れをなし、「べつに服なら持ってるしな」と、滞在10分で退却しました。姉がくれたお金は封筒のまま、今もデスクの引き出しにあります。
翌週、私服で現れたわたしを見て、サユキやフミは爆笑しました。ふたりが面白がってくれたおかげで、仲間はずれにならずにすみました。
一方で、アキナちゃんの落胆は明らかでした。可愛い子は、可愛い子と一緒にいることで、より可愛く見えるそうです。花束はきれいなお花を束ねているから素敵なのであって、花束の中にゴミが混じったら、それは花束ではない……という考えです。引き立て役なんて概念はアキナちゃんの中にはありません。だからお眼鏡にかなう同級生に声をかけ、お茶にまで誘って仲良くなったのに、土日を挟んで現れたのがカッスカスのミッキーがプリントされたスウェットと母のお下がりのデニムを履いたわたし(もちろんノーメイク)(寝癖)(クソダサメガネ)であったので、詐欺にあった気持ちだったのかもしれません。
そのうちアキナちゃんは、ふたりきりだと目も合わせてくれなくなりました。わたしを見下す態度は日に日にあからさまになり、見かねたサユキやフミが咎めても変わりませんでした。
そんなアキナちゃんから、わたしはさっさと距離をとるべきだったのでしょう。でも悲しいことに、わたしは彼女が好きでした。仲良くしたくて、嫌われたくなくて、卑屈に顔色をうかがい、ますます嫌われる。そうやって月日が過ぎました。
……ところで、わたしとシバさん――この人が今わたしとお付き合いしている、アキナちゃんの元彼ですが――の出会いは天文部でした。アキナちゃんとの関係に悩むわたしに、別のコミュニティを持たせようと、フミが誘ってくれたのです。シバさんは3年生ですが、2留か3留しています。もっさりとした黒髪とヒゲが伸び放題で、猫背で、OBがインドで買ってきたと言う変な花柄のシャツを着て、常に便所サンダルを履いています。見るからにだらしなく、でもなぜか妙な色気があって、ほとんどひと目惚れでした。
「あんな小汚いのが好きなの? 趣味悪」
6月、キャンパス内のベンチで寝転ぶシバさんを見て、アキナちゃんは鼻で笑いました。フミは不愉快そうでしたが、わたしは「その通りだなぁ」と思いました。シバさんは近所の激安アパートを借りていました。でもしょっちゅう水道電気を止められるため、半分学校に住んでる状態で、実際清潔ではありませんでした。……お分かりいただけるでしょうか? つまり、最初にシバさんを好きになったのはわたしなんですね。
わたしはシバさんに憧れつつ、特に進展なく秋が来て冬が訪れました。変わったことと言えば、シバさんの足元が使い古された便所サンダルから新品のアディダスのスニーカーに変わったことくらい。それがアキナちゃんからのプレゼントであったこと、夏に偶然バイト先が一緒になったふたりが恋人になったこと……そもそもアキナちゃんに彼氏ができたことさえ、わたしは知りませんでした。今考えれば、夏休み明けに唐突に「あの人、彼女いるらしいよ」と言われた時、どうしてアキナちゃんが知っているのかを疑問に思うべきでした。にぶくてダサくてまともな恋愛経験のないわたしは、「残念だなぁ」と思うだけで、そこまで頭が回りませんでした。
動きがあったのは年末でした。天文部の忘年会の帰り道、わたしと先輩はふたりきりになりました。「もう帰る?」と言う先輩の言葉の端に性欲の匂いを嗅ぎ取って、わたしは「まだ飲み足りないです」と返事しました。わたしと先輩の耳にだけ、導火線に火のつく音が聴こえました。その日もシバさんはアディダスのスニーカーを履いていました。
コンビニで酒とつまみを買い、外装と同じくボロく、物が乱雑に積まれた先輩の部屋でセックスをしました。朝になり、冷凍のチャーハンを食べながら、シバさんが「付き合おうか」と言いました。
「彼女がいるのでは?」「別れる」「じゃあいいですよ」
そういうシンプルなやりとりで、わたしはシバさんの恋人になりました。その『彼女』がアキナちゃんだなんて、誓ってまったく知らなかったのです。
……と言う流れで、わたしは結果的にアキナちゃんからシバさんを奪ってしまったわけです。アキナちゃんはシバさんを嫌っていると思っていたし、アキナちゃんはしばらく不機嫌で怖かったので、わたしは彼氏ができたと伝えるタイミングを完全に逃してしまいました。
「他に好きな人ができた」と別れを告げられたアキナちゃんが、その「好きな人」の正体を知ったのは2ヶ月後。一緒に銭湯から出てくるわたしとシバさんを見てしまったからでした。アキナちゃんは即、わたしを除いたLINEグループで通話を開始。約30分怒り狂っていたそうです。
「うちらも流石に言ったんだよ。付き合ってるの、隠してたんだからしょうがないって」
今朝、わたしを呼び止めてカフェに誘ってくれたフミはため息をつきました。フミとサユキは、アキナちゃんに彼氏がいたのはもちろん、その相手がわたしが好きだった先輩であることを知っていたそうです。その上で、わたしには情報が漏れないように口止めをされていたと。
「でもダメ。正論なんか通らない。完全に被害者モードだから」
フミたちがどんなになだめても、アキナちゃんは論点をクルクルと変え、わたしがいかに非常識なビッチであるかをまくしたて、うんざりしたサユキは通話を切り、フミは深夜まで付き合わされたとか。
……で、今に至ります。
アキナちゃんはとりつく島もなく、もう20分以上も怒っています。最低、ブス、ビッチ、デブ。わたしに対して悪態をつく唇は美しいピンク。胸元には、いつも通りティファール? ティファニー?(これ前に間違えてめちゃくちゃ怒られたんだよな)……とにかく有名ブランドのスマイルマークのネックレスが光っています。これってどういう冗談ですか?
たぶん信じてもらえないけれど、シバさんの彼女がアキナちゃんだと知っていれば、わたしはちゃんと諦めました。付き合わなかったし、ひとりで家にも行かなかったし、もちろんセックスしなかった。アキナちゃんが息継ぎをする隙に、勇気を振り絞ってその旨を伝えてみたのですが、彼女の怒りはおさまりませんでした。「恋人が誰か」は問題ではなく、「恋人のいる相手に手を出すこと」が重罪で、人道に反する行為であり、死刑だそうです。
たしかに、わたしの行動は誉められたものではありません。でも、でも、わたしは、シバさんがアキナちゃんの『恋人』じゃなくて、『好きな人』だったとしても、絶対に手を出さなかったと思うのです。アキナちゃんは、わたしがシバさんを好きなのを知ってて彼と付き合ったはずです。それは無罪なのですか。……と、いうようなことを、わたしはたどたどしく訊いてみました。アキナちゃんは一瞬言葉に詰まりましたが、すぐに「片思いなんかと一緒にすんな」と一蹴されてしまいました。え、ほんと? それが常識? マジで全然わからない。ちなみにみんなはどう思われますか? ここで一旦アンケートです。
絶対に付き合えないのは
— 白井瑶(しらいよう) (@shiraiyo_) July 4, 2022
1番多いのは「どっちも無理」。ごもっともです。すみません。でも「友達の好きな人」の方に抵抗ある人が多いんですね。この結果、アキナちゃんに見せたいけども、インターネットのアンケートを見せたところで、アキナちゃんが納得するとも思えませんでした。
アキナちゃんは、相手に「恋人」という肩書きのついた女がいるかが重要で、わたしにとっては、その人に想いを寄せる女が「誰か」が重要。どこまで行っても平行線で、交じり合わない感じがしました。
アキナちゃんと付き合いながら別の後輩と関係を持ち、しかも乗り換えたシバさんは、彼女の中でどういうポジションにいるのでしょう。わたしと同じく死刑なのか、それとも『誘惑された(※アキナちゃんの中では、わたしが一方的に迫ったことになっています)』被害者としての事情を考慮し減刑・あるいは無罪でしょうか。わたしはシバさんが好きですが、もしもこの場で「彼と別れる」と言ったなら、許してもらえるのでしょうか。いや、ますます火に油を注ぐ?……わからなすぎて下手な発言はできません。
こういう時、真正面からぶつかって、ちゃんとケンカができたなら、本当の友達になれるのかな、とも思いました。でも怖いので無理。わたしが卑屈な上目遣いをしている限り、アキナちゃんとは対等になれない。わたしたちが対等でないのは、アキナちゃんの見下しだけでなく、わたしの卑屈さのせいでもありました。
「メイク超かわいい!」
入学式で話しかけてくれたアキナちゃんの笑顔が、何度も頭をよぎります。あれから1年以内に「このクソビッチが」と罵られるなんて思いもしませんでした。まともに反論できないわたしは、せめて涙をこぼさないよう、唇を噛んで踏ん張ることしかできませんでした。
おしまい
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