晴橋ヒナコさん。
これは全世界へ公開された、あなたひとりへの手紙です。アイキャッチに使った黒猫の写真は、一見なんでもない画像だけれど、あなたにはいつどこで撮られた写真か一目でわかると信じています。
名前を晒すことになってごめんなさい。名前の漢字は伏せてみたけど、これがどのくらい意味があるのか、正直あんまりわかっていません。けれどLINEをブロックされ、新しい住所や電話番号を知らされず、共通の友達にも口止めされてる私には、もうこの手段しか残されていません。本当にごめん。ヒナから連絡があればすぐにこの記事は消します。
最後に会った時、予想外の質問をされて頭が真っ白になってしまった。20分、いやもっとかな。ヒナは辛抱強く待ってくれたけど、わたしは膝の上で指を組んだ自分の両手を見つめることしかできなかった。前日にうきうきで塗り替えたネイルのツヤが、場違いに思えて恥ずかしかった。
結局、誤解を解けないまま別れてしまったのを後悔しています。だからこうして文章を書いたのに、LINEは既読にならないし、手紙は住所不明で返送された。諦めるべきなのはわかってるけど、まだ希望を捨てたくない。だから今度はブログにしました。お願いだから返事をください。以降は、LINEやメールや手紙で送った内容です。
ヒナへ。
10月の終わりの代々木。寂れたカフェで待ち合わせしたよね。急にお茶しようなんて誘われたから、驚いたけど嬉しかったよ。会った時から表情が固いのは気づいてた。深刻な相談があるのかな、なんて思ってた。
ヒナからの質問はふたつ(だよね?)。冷静になった頭で考えた、わたしなりの答えを今から書きます。
質問①「今までひどい男ばかり紹介したのはわざとなの?」
結論から言うとわざとです。でもその理由は、ヒナが想像しているものとは違うと思う。だから最後までちゃんと読んでください。
今までクズばかり紹介してごめんね。わたしの紹介した男たち……シンジ先輩から始まって、篠原、笹本さん、津田さん、原田先生、三木くん。全員、本当にクズだった。
シンジ先輩を紹介したのは、中学2年の頃だったよね。あの頃、初めて彼氏ができて浮かれたわたしは、恋バナをしたくてたまらなかった。でも周りの友達は誰も彼氏がいなくて、一方的にノロケ話をするのも気が引けた。みんな片想いの話題にははしゃぐのに、彼氏持ちの相談にはちょっと冷たい……みたいなところがあったじゃない? だから、早くみんなにも彼氏を作ってほしかったんだ。
最初にヒナに声をかけたのは、単純にモテそうだったから。ヒナは可愛いし、その気になればすぐ彼氏なんてできそうなのに、あの頃は男の子を避けてるところがあったよね。
当時のわたしの彼氏を覚えてる? ケンケン。ひとつ年上のサッカー部で、シンジ先輩の親友だった。シンジ先輩をヒナに紹介するため、ケンケンに橋渡しを頼んだのは話したよね。ヒナには黙ってたんだけど、ケンケンは最初乗り気じゃなかったの。「あいつは友達としては面白いけど、女子にはおすすめできない」……そう言ってた。それでも、誰もが認めるくらいカッコよくて、自信があって、女の子が好きなシンジ先輩なら、ヒナのガードを突破できると思ったの。
……何が言いたいかと言うと、最初からクズを紹介しようとしてしたわけではないってこと。条件に合う人が、たまたまクズだったってだけ。
シンジ先輩はあっという間にヒナの心に侵入した。初めての恋と恋人に、ヒナは夢中になったよね。当然、ヒナとわたしも仲良くなった。恋愛相談やノロケ話や愚痴を、飽きずに毎日話したよね。正直に言うと、シンジ先輩と付き合い始める前のヒナは真面目すぎて、ちょっととっつきにくかった。そんなヒナが、わたしの前だけで見せる涙や、とろけるような幸福な笑みが、すごく特別なものに思えた。
シンジ先輩の三股が発覚した時も、ヒナは一番に電話してくれたよね。一緒に泣いたのを覚えてる。あの時わたしは、本当にヒナが可哀想で、怒っていたし、悲しんでもいた。でもそれだけじゃなかった。なんていうんだろう。……暴風雨の中で歯をくいしばりながら、口には飴玉が入ってる、みたいな。通話中にふと鏡を見たら、泣きながら笑う自分が映った。ゾッとして鏡を伏せた。
シンジ先輩の浮気を知っても、ヒナは別れを選ばなかったね。「浮気を許す」が「二番目でもいい」になるまで時間はあんまりかからなかった。関係はシンジ先輩に切り捨てられるまで続いた。先輩を失って落ち込むヒナを元気づけたかったのは本当。『新しい恋が特効薬』なんて使い古されたフレーズは、16歳でも知っていた。そして、その特効薬はヒナに対して有効であると、親友のわたしは確信してたんだ。
ヒナに新しい彼氏をつくってほしい。新しい彼は、ヒナの通う西高の秀才は望ましくない。わたしの目の届く範囲の、わたしが橋渡しになれる男子でなくてはダメ。そういう考えで、わたしは当時自分のクラスメイトだった篠原を紹介することにしたんだ。
篠原に決めたのは、見た目もノリもいい人気者だったから。その裏で、「本命彼女がヤラせてくれない」「ふたりめの女が他校にほしい」と言い放つようなクズだったからです。わたしは篠原の本意を知らないフリして、ヒナと篠原を出会わせた。少し背中を押してやれば、篠原はヒナにアプローチをかけたし、少し相談に乗ってあげれば、ヒナもそれを受け入れた。……受け入れたのはヒナ。だよね?
たしかにわたしは確かに意図的にクズを紹介したし、ヒナがまともな男から好意を向けられれば、思いとどまらせるようやんわり止めた。でもそれって、選択肢を与えただけで、別に強制してないよね。恋の相手も、相談相手も選んだのはヒナ自身。だよね?
ごめんね。なんだか喧嘩腰になっちゃった。わかってほしいのは、わたしは何も押し付けてないし、ヒナが嫌いだったんじゃないってことです。ヒナの1番の親友でいたいから、ヒナには不幸でいてほしかった。わかる? 惚気話をするような時期って、友達といるより彼といた方が楽しいよね。わたしたちみたいな女にとって、女友達が必要なのって彼とうまくいってない時じゃない? どう?
質問②「どうしてヨシヒトくんを誘ったの?」
ヨシヒトくんって書くとちょっと変な感じがするから、山田にするね。山田もわたしが紹介した男。会社の後輩で、まともに女を好きになったことはないけど女の体は大好きっていう、典型的な遊び人だった。ヒナの大好きな塩顔高身長。完璧な人選のはずだった。ヒナが山田にハマり、山田がヒナを不幸にし、不幸なヒナにわたしが寄り添う。そのはずだったのに、山田がヒナに本気になるなんて想定外だった。
ふたりが体の関係を持ち、付き合うまではまだ良かった。いつの間にかふたりは同棲してたね。その相談がなく、事後報告だった時点で嫌な予感はちょっとしてた。相談なんかする理由がないくらい、山田は良い彼氏だったみたいだね。ヒナをいたわり、浮気をせず、しまいにはサプライズでプロポーズ。あのクズが? ヒナの惚気を聴きながら、わたしは焦った。ヒナの心が健やかになるほどわたしとの距離は離れていく。だから山田をホテルに誘った。都合の良いストーリーを作って、絶対にバラさないって誓えば、あの女好きは絶対に乗ってくるはずだった。それなのに、山田はわたしを拒否したばかりかヒナにチクった。わたしと寝ないのは別に良い。でもそれをヒナに告げ口する必要ある? 悪意があるとしか思えない。友情を壊したあの男を、わたしは絶対に許さない。ていうか、ヒナもどうして信じちゃうかな……。山田との付き合いはたったの1年。わたしとの10年ってなんだったの?
真実なんてどうでも良いんだよ。わたしが山田と寝たかったんじゃないのはわかるよね? 山田とヒナがこじれれば良かった。わたしにホテルに誘われたことを山田がヒナにバラす前に、わたしが「山田にずっと口説かれてた」「山田にホテルに誘われた」ってヒナに話したら、ヒナはわたしを信じてくれた? 先に仕掛けなかったこと、証拠を残してしまったこと、山田とヒナを繋いでしまったこと。今でも本当に後悔してる。
わたしはこの10年間、ヒナが本当に大好きだったよ。恋愛感情ではないけれど、山田や元彼たちより強く、一番ヒナを想ってるのはわたしだと思う。それはわかってくれるよね? ヒナが嫌なら、もう男は紹介しないし、山田と結婚したいならしたっていいよ。でも、大人になると恋人を作るより、大事に思える女友達を作る方が、ずっと難しいと思わない? ヒナを失いたくないよ。ヒナにもわたしが必要だと思う。
お願いだから連絡をください。もう一度ちゃんと話したいです。
LINEのIDはそのままだし、SNSも、電話もメアドも変わってません。わたしがこの内容を葉書に書いてヒナの実家に送ってしまう前に、返事をくれると嬉しいです。
ブログなんかで公開してごめん(連絡があればすぐ消します)。いつでも連絡を待ってます。
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