ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

令和本命会議

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ーーこの男、やはり他にも女がいる!!

夏野ナツコが天啓を受けたのは、ある静かな夜のことだった。彼氏の春川ハルキは憎らしいほどスヤスヤと、穏やかな寝息を立てている。

 

神は言った。ただちに他の女どもを蹴散らし、あなたこそが本命であると証明するべきだ、と。ナツコは神の啓示に答えるべく、人生で初めて十字を切って、ハルキのスマホに手を伸ばした。眠るハルキの指を借り、指紋認証を解除する。調査の結果、ハルキは3人の女の『彼氏』を兼務しているらしかった。LINE、カップル専用アプリ、Facebookメッセンジャーとアプリを女ごとに変え、誤爆を防ぐ徹底ぶり。彼女らの本名、出身校をメモして、ナツコはハルキのスマホを充電器につなぎ直した。ネットストーカー二段のナツコにとって、情報はこの程度あればじゅうぶんだ。自分のスマホに持ち替え30分。ナツコはハルキの彼女(笑)たちのSNSアカウントを特定した。彼女たちの投稿を朝までひたすら遡り、ハルキが起きる前に身支度をして、昼すぎに彼を送り出した。

その日のうちに、ナツコは彼女たちにDMを送った。ふたりとも薄々感づいていたのか、赤の他人からの【恋人の浮気のお知らせ】に、疑うことなく返信してきた。決戦は金曜日、渋谷のファミレスで待ち合わせである。



当日、渋谷駅近くのファミレス。ナツコがハルキの彼女No.2(No.1はもちろんナツコだ)・秋川チアキに声をかけられたのは、待ち合わせ時間を10分過ぎた頃だった。

「あのぉ〜、夏野さんですか?」
チアキは女子大生。薄く前髪を作り、長い髪をゆるく巻いている。白のオフショルとピンクのスカートを合わせていた。カバンも靴もブレスレットもスマホケースもピンクだが、それぞれトーンが違うのでどこかちぐはぐな印象を受ける。

 

「座ってもいいですか?」
頷いたナツコが前の席を勧めると、チアキの口角がキュッと上がるが、どデカいカラコンをつけた目は笑っていなかった。彼女が歩くたび、ゴムの擦り切れたパンプスのヒールがカッと鳴る。

 

「もうひとりは?」
「仕事で遅れるみたいです。あと10分くらいで着きそうだって」
「そうですか。あ、わたしメロンフロートで」

メニューを指差すネイルもピンク。どこを切り取っても『女の子』。一見男ウケが良さそうで、敬遠されるタイプに見えた。嫉妬深そう。常に愛情を確認しないとメンタルを病みそう。それから勝手に爆発しそう。でもこういう女が好きな男はいるのである。そう、ハルキさんとかね。……と、ナツコは思った。

 

一方チアキは、黒髪のボブ、シフォンのブラウス、タイトスカートにパンプスを合わせたナツコを一目見た瞬間、『女子アナ風の元ヤン』と判断していた。『元を含めてヤンキー死すべし』を座右の銘とするチアキの鼻は、ヤンキー臭に敏感である。綺麗に書いた眉毛の間から、微かだが確かに香り立っている。このヤンキー臭に鼻が効かない男って多いんだよね。まぁハルくんのことだけど……と、チアキは小さくため息をつく。

 

「秋山さん……は、大学生?」
ナツコは尋ねたが、そんなことはもちろん知っていた。秋山チアキ。S大学文学部、実家は新潟、バイト先は予備校と居酒屋。ネットストーカー的には初歩の初歩である。

 

「はい。夏野さんは社会人ですよね。やっぱ大人っぽいですね」
そう返答するチアキもまた、ナツコのプロフィールを調べ上げていた。夏野ナツコ。J短大卒、金融事務職。武蔵小杉にひとり暮らしで実家は茨城、家族構成は両親と兄。飼い犬の名前はキヨタロウ。ふたりのネトスト技術は互角であった。

 

「すみません。夏野さんですか?」
待ち合わせ時間を20分過ぎて、現れたのは背の高い女性。彼女No.3・冬田フユカだ。3人の中では最年長で、ハルキの同級生である。白いTシャツにデニム。アクセサリーは左手のApple Watchのみ。そんなフユカの姿を見て、勝利を確信したのはチアキである。いくら何でも地味すぎる。ていうか全然可愛くない(笑)……などと思っているチアキを尻目に、ナツコはぐっと警戒を強めた。

――否!!
たしかに彼女は一見地味だが、着ている物は安物ではない。白いスニーカーを真っ白なまま履くことが、ナツコやチアキにできるだろうか。ナツコは画面の割れた自分のスマホをさっと隠した。
ノーファンデながらフユカの肌は艶やかで、金がかかっていそうである。腰の位置が高く顔が小さく、目元が涼しげな整った顔立ち。ハルキと同じ都内の名門私立の出身の上、初等部からの内部進学組である。幼馴染カードはかなり強い。

 

一方のフユカは、社交辞令的な微笑みを浮かべつつ、その心は冷めきっていた。……あぁ本当に、ふたりともハルキの好きそうなタイプ。

ナツコの調査通り、ハルキとフユカは幼馴染だ。交際は中学2年からだから、今年で14年目になる。

ナツコもチアキも知る由もないが、ハルキは社会人デビューである。学生時代はいじられキャラでパッとしなかったハルキだが、卒業後はそこそこの容姿、学歴、勤務先の名刺が武器になると気付いて遊び狂っていた。

常に女の影は感じていたものの、フユカは一度も問い詰めていない。ハルキとフユカはお互い初めての恋人ながら、キスもセックスもしていなかった。おかげでフユカは27歳の今も処女である。仮面夫婦ならぬ仮面恋人。妙な関係の始まりには、思春期の見栄とか、スクールカースト、フユカの不本意なモテ期や親の期待……とにかく色んな事情があったが、それは一旦置いといて。

 

開花したハルキの遊びの流儀は、『作るのセフレでなく彼女』だ。
どの女の子にもはっきりと「付き合ってほしい」と言う。欲しいのはいつでもやれる女ではなく、自分に一挙一動に期待して、一喜一憂してくれる恋人なのだ。

チアキは見るからに恋愛依存で、感情の起伏が激しそうだ。ナツコは一見落ち着いていそうで、彼氏のスマホを勝手に操作し他人の連絡先を調べてしまう女である。プライドの高さ、選んでほしいという強烈な祈りが、彼女の些細な所作に滲み出ていた。

ハルキは嵐の中心で踊りたいのだ。女たちの感情が大きく動けば動くほど、彼の嵐はドラマチックな激しさを増す。つまりハルキの恋愛は、“彼女”たちの感情を用いた自己表現とも言えた。……フユカはその責任の一端が、自分にあるような気がしなくもなかった。

 

 

「……この集まりの目的は?」
気を取り直したフユカが尋ねる。言葉に詰まったナツコに代わって、元気に応えたのはチアキだった。

誰がハルくんの本命か、この場で決めましょう!」
「え?」

本命なんてハルキの一存でしかないことを、本人不在で決めると言うのか?……フユカの冷たい視線を受けて、主催者のナツコは思わず目を逸らす。共通の彼氏(?)を持つ女を集めるなんて大胆な行動を起こしておいて、特に目的は考えていなかった。夏野ナツコという女には、昔からそういうところがある。「ハルキさんに他に女がいるのを知って、身を引いてくれたらいいな〜」くらいの願望はあったが、思った以上に2人とも……いや3人揃って図太いのだった。

 

「彼の本命だと思う人ー!」
言いながら、チアキはピンクのリボンのブレスレットをつけた右手を高く掲げた。1、2、3、4秒経って、ナツコも小さく片手をあげる。フユカは「嘘でしょ」という顔をしたが、ナツコは無視することに決めた。

 

「……どうして自分が本命だと思うの?」
奇妙な短い沈黙の後、そう問うたのはフユカだった。チアキは胸を張って応える。

「だってハルくん、チアキほど人を好きになったことないって言ってました!先週!」

あまりに無邪気な発言に、ナツコはギリリと唇を噛んだ。ヤンキーの血が燃えたぎり、全身が熱くなる。売られた喧嘩は買う、それが茨城の乙女のポリシーである。それでも平静を装い、静かなトーンを心がけて言う。

 「わたしは結婚したらって話をよくするよ。子供はふたり欲しいんだって。ナツコに似るといいなって、ハルキさんいつも言ってるなぁ」

チアキの顔色がさっと変わり、ふたりの間に火花が飛び散った。戦の始まりである。

ナツコとチアキはその後しばらく、「こんなこと言われました♡」「こんな物もらっちゃいました♡」と、ノロケカードバトルを展開した。ふたりの語るハルキの甘い言動は、フユカには一切記憶のないもので、「こういう口説き方をするのか」と感心した。だんだんと話題は下ネタになり、ハルキの性癖を初めて知って「へー」とも思った。もはや完全に観客である。

 

お互いカードを出し切って、流石にナツコもチアキも「あいつ多分、すべての女に同じようなこと言ってんな?」と気づいたが、それを認めたらおしまいである。元ヤンのナツコが絶対に目を逸らさないので、仕方なく折れたチアキはフユカに目を向ける。

 

「てか冬田さんは何かないんですか」
「何かって?」
「だから……自分が本命だと思ってないんですか?」
「あー……いや」

フユカは苦笑する。主張の控えめな彼女もまた、3人の中なら本命は自分だろうと確信していた。

「うちは親とかも公認だからなぁ」
ハルキとフユカの出会いは0歳。家族ぐるみの付き合いがある。友人の多くも共通で、交際も周知の事実である。そういう事情もあって、プレッシャーに弱いハルキがフユカ以外を(少なくとも大っぴらに)本命認定するとは思えなかった。

ハルキとフユカの家族は、ふたりがこのまま結婚するものと信じている。周りに本気で外堀を埋められたら、それに抗う根性は、彼にはないとフユカは踏んでいた。フユカも両親が安心するならそれでいいかと思っていた。

フユカはハルキへの恋愛感情はない。そのため、入籍後も他に何人『彼女』がいても構わないと思っていた。けれど、ハルキの遊びは度を越していおり、もはやフユカが気にしなければ済むレベルではなかった。こんなにもハルキに夢中な女たちが、彼だけが維持する平和な家庭に不満を持たないわけがない。フユカの頭には、どんな手を使っても彼の子を妊娠しようと画策するチアキや、思い詰めて刃物を持って家を訪ねるナツコの絵が容易に浮かんだ。泥沼2時間サスペンス。事件。流血。報道。離婚。……両親の悲しむ顔。考えると頭が痛かった。

 

「お、親とかは今関係ないから!」
「そうそう、ハルくんの……あとわたしたちの気持ちの問題だから!」

先ほどまで言葉で殴り合っていたチアキとナツコが結託するが、その動揺は明らかだった。『本命』の定義が愛ならば、フユカより彼女たちの方が遥かに深いし大きくて重い。でもだからこそ、彼女らはハルキなんかとは今すぐ手を切るべきだとフユカは思った。フユカ自身も流石に愛想がつきかけている。今別れたら親たちは大騒ぎだろうし、友人たちも黙っていないだろう。『14年付き合った初めての彼氏に浮気され、その浮気相手に呼び出された。しかも浮気相手は複数』――これは今後、一生見合いや紹介を断る理由・トラウマになり得るだろうか、とフユカは考える。いや一生は厳しいか。死別とかならイケるかな。もういっそ死んでくれないかな……。

 

――3人の女がファミレスで本命争いを繰り広げている頃、ハルキはマッチングアプリで会った女と手を繋ぎ、代々木上原を歩いていた。

 

「アプリなんて期待してなかったけど、こんないい子に出会えて嬉しい」

ハルキが繋いだ手に少し力を込めると、相手の女もぎゅっと握り返してきた。こういう瞬間が、ハルキは結構好きだった。ナツコより小さく、チアキよりも柔らかく、よく手入れされたしなやかな手。

 

「彼女になってくれますか?」

女ははにかみ、微笑みながら体を寄せてきた。4人目の彼女の爆誕である。彼女No.4・野上マミコ。メーカー事務兼、全自動お茶汲みマシーンの27歳

 

こうしてマミコはハルキの4人いる彼女のひとりとなり、ハルキはマミコの、最近入れ替わりの激しい男たちの輪に加わる運びとなったのだった。お似合いカップルの誕生である。運命ってやっぱあるんですね。めでたしめでたし。

 

おしまい

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ハルキの新しい彼女について

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3人の女と1人の男のハッピーな話

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