ゆらゆらタユタ

わたしのブログ

女の子は痛くないので

おかしいとは思ってたんです。毎週水曜日、アキラくんの帰りは遅かった。残業だって言うんですけど、彼の職場は水曜、ノー残業デーなんです。でも、内緒でひとりの時間を持つくらい、可愛いもんじゃないですか。だから知らないフリをしてたんですね。

 

最初に異変を感じたのは、彼のシャツの袖に血がついていたことです。ほんのちょっとなんですけどね。口紅!? って一瞬頭に血が昇ったけど、滲みの感じからして「あ、血だな」って。どこも怪我した様子はないから、なんでかなぁとは思いましたけど……だからって、自分の夫が世間を賑わす連続殺人鬼だなんて、その時はもちろん考えてなくて。

 

帰宅途中の若い女性が殺される。犯行がいつも水曜だから、『水曜日の悪魔』なんて言われてましたね。被害者たちに接点はなく、共通するのは身長155センチ以下、細身、ロングヘアでしたよね。ちなみに彼女たち、みんなハイヒールを履いてなかったですか。と言うのも、アキラくんの年の離れたお姉さん……チカさんっていうんですけど、彼女がそういうタイプだったんです。お洒落なピンヒールを履いて、カツカツと小気味の良い足音を響かせる。そんな凛としたチカさんの姿は、アキラくんの自慢だったんです。残念ながら、彼が中学校に上がる前にチカさんは事故で亡くなりました。

 

アキラくんに暴力を振るわれたこと? いえ、ありません。強い言葉も使わない、本当に優しい人でした。

……あぁ、でも、前兆がまったくなかったとも言えないのかな。誰にでもあるような、過去の些細な出来事ですけど。

 

わたしとアキラくんは幼なじみで、昔から家族ぐるみの付き合いをしてきました。彼のおじいさんが動物が好きで、家では犬や猫、オウムなんかを飼っていました。そこにミニブタが加わったのは、アキラくんが小学2年の時。……ミニブタ、わかります? 最近はペットでも人気ですけど、当時は珍しかったんですよ。名前をつけていいと言われた彼が提案したのは「とんかつ」でした。ありえなくないですか? アキラくんは犬に「ココア」とか「クッキー」ってつけるのと同じ感覚だったらしいけど……。

おかしな話はこれだけじゃなくて。その2、3年後、わたしたちのクラスでは、なぜか教室でインコを飼ってたんです。名前はケンタ。はい、アキラくんが付けました。もちろんケンタッキーから来てます。彼はわたし以外に由来を話さなかったので、みんなケンちゃん、ケンちゃんって呼んでいました。ケンちゃんは1年経たずに死んじゃって、みんなで校庭の隅に埋めたんですけど……ケンちゃんの話はもういい? そうですか。

 

アキラくんの犯行を知ってどう思ったか、ですか。もちろんびっくりしましたよ。気が遠くなる思いでした。殺害現場こそ見ていませんが、死体を処理してるところは目撃しました。場所は彼のおじいちゃん……そう、ミニブタを飼っていたおじいちゃんの家の納屋です。4年前におじいちゃんが亡くなってから、彼が管理を任されていました。

 

古ぼけた納屋の床に敷かれたシートの鮮やかな青。その上に横たわる白い体。長くて黒い髪の毛がこぼしたコーヒーみたいに広がっている。何より、赤黒い血とその匂い。本当にひどい光景でした。けれど、死体以上にトラウマになったのはアキラくんの形相です。わたしの立てた物音に気づき、ガッと目を見開いた顔は般若のようでした。わたしと目が合うと、まず彼は「ちがう」と言いかけました。でも途中で流石に無理があると気づいたのか、「ちがう」は「ちが……」でぷつりと途切れて、奇妙な沈黙がありました。その間も彼が両手にはめたゴム手袋から血が滴って、足元には死体があるわけです。人生で1番恐ろしい数秒間でした。次にアキラくんは眉を吊り上げ、地に響くような低い声で「なんでこんなところに」と尋ねました。……えぇ、その日はわたし、遠方の友達と会うって嘘ついて、一日中彼を監視してたんです。

 

……わたしが何も言えずにいると、アキラくんはズンズン近づいてきて、わたしの両肩に手を置こうとしました。わたしは体が硬直して、後ずさりすらできなかったです。でも彼は、わたしに触れる直前に、はっとしたように手を引っ込めました。手袋が汚れているのに気づいたみたいです。アキラくんは一瞬、なぜか泣きそうな顔をしました。彼が脱ぎ捨てた手袋が床に落ちて、ベショッと音を立てました。『脱皮』という言葉が頭の中に浮かんですぐに消えました。うつむいたアキラくんが顔を上げ、再び目が合った時、彼は……彼は笑っていました。イタズラがバレて困った子供が、幼さを盾に許しを乞うような媚びた顔でした。

 

「後で説明するから」と言われて、納屋を追い出されたわたしは車に乗り込む気力もなく、入り口の前で膝を抱えていました。ほんの短い時間の中でアキラくんが見せた驚き、怒り、悲しみ、媚びた顔。まるで、どの感情でわたしをコントロールできるか探っているかのようでした。……時間ですか? ちょっとわからないです。あの時のわたしは、真っ暗な宇宙にひとりで浮かんでいる感覚でした。音も匂いも感じなかったし、時間感覚もなかったです。だから、彼が出てきたのが何時だったかも覚えてません。ゴミ袋を両手に抱えたアキラくんは、座り込んでいたわたしを見て、「家に待ってれば良かったのに」と笑って見せました。いつもアキラくんの笑顔でした。

 

アキラくんは大きなゴミ袋を3つ抱えて、車で出て行きました。その場にいるのが恐ろしくて、わたしも自宅に戻りました。リビングで彼を待つ間、震えが止まらなくて……なんとか落ち着きたくてお茶を淹れました。アキラくんが出張先で買ってきた、可愛い缶に入った紅茶です。ひと息ついたら、自分でもおかしいと思うんですけど、急に眠気に襲われてテーブルに伏して寝てしまいました。緊張の糸が切れたのかな。明け方、玄関のドアが開く音で目を覚ましました。風呂場に直行したアキラくんが、何を洗い流しているのかは考えたくありませんでした。

 

風呂上がりのアキラくんは、わたしの前のカップが空でポットの中身も冷め切っているのを見て、お茶を淹れ直してくれました。カップから出る湯気を見つめていると、アキラくんから「驚かせてごめんね」という言葉が出ました。そこから、彼は驚くほどに滑らかに自分の罪を告白しました。

 

報道では被害者は4人とされていましたが、彼はこれまで6人を手にかけたそうです。そのうちひとりは子供の頃だと。『水曜日の悪魔』となってから殺した女性のうち、ひとりはまだ死体が見つかっておらず、事件になっていないそうです。……すみません、名前は聞いてません。でもたぶん、他の人と同じく小柄で細身の女性だと思います。『家出少女』と言っていたので、すごく若いのかもしれません。

 

彼がどうやって被害者を手にかけたとか、その遺体をどう処理したとか、そういうことはどうでもよくて……わたしが知りたかったのは理由です。彼は最初「誰でも良かった」みたいなことを言いました。けれど、被害者は全員若い女性で、属性は明らかに偏っています。アキラくんは小柄なので、誰でもいいとは言いつつも、女性を狙うほかなかったのかな、とも思いました。でもそうすると、お年寄りや子供だってターゲットになり得るはずです。なぜ若い女性ばかりを狙ったのかと尋ねると、アキラくんは……「女の子は痛くないから」と答えました。

 

女の子は痛みを感じない。いや、少しは痛いかもしれないけど、男や子供ほどじゃない。痛がって泣くのは半分演技で、それが可愛いと思っているから。だから、自分の衝動をぶつける相手として最適だった。つまり彼が最初に言った「誰でもいい」は、正確には「誰でもいい。自分より弱くて、痛みを感じないならば」、ですね。自分の夫の言葉とは思えず絶句しました。わかったのは、彼は『女の子』を人間ではなく、牛や豚に近い存在と見ていることです。牛や豚だって可哀相だけど、生きるためなら屠殺もやむをえない……と。

 

少し脱線しますけど、アキラくんって共感性がないわけじゃないんですよ。いじめが原因の自殺や幼児虐待のニュースを耳にすると、本当に辛そうな顔をするんです。食欲もなくなってしまうみたいで、大好きなお肉やアイスも喉を通らなくなって。わたしも被害者たちに同情はするけど、アキラくんほど気持ちが大きく揺れないので、優しい人なんだなと思っていたんです。この話をしたのは、その……。他人の痛みのわかるアキラくんが、何も悪いことをしていない女性を殺したのが本当に衝撃だったからです。あぁ、でも……彼も昔は子供だったし、将来は老人になる。けれど生涯、女にだけはならないから、同じ生き物とは見られないのかな。「痛くない」のは女の子じゃなく、アキラくんの方かもしれないですね。

 

ちなみに、被害者のひとりはわたしと同い年でした。目の前の人、今まで誰より信頼していた夫に、人間と見られてないかもしれない。そこに思い至った時、わたしも彼が同じ人間と思えなくなりました。得体の知れない化け物、あるいは獣と対峙しているようで、震えが止まりませんでした。わたしが怖がっているのがわかると、彼は優しく――少し楽しげに、でもそれを噛み殺すみたいに――微笑んで、「きみのことは殺さないよ?」と手を握りました。「だって、僕の奥さんじゃないか」「お義父さんたちも悲しむし」。吐きそうでした。わたしは人間であるからではなく、わたしは彼と言う男性の妻で、父という男性の娘であるから、命を奪わないということです。それは「他人の牧場の豚は殺さない」とどう違いますか? ……結局、彼の目に所有者の男の名前が書いたラベルが見えてるかどうかの違いなんですね。そんなくだらない、彼だけが大事にしているラベルの有無で、被害者たちは……。

 

「わかる?」「……わかんないかなぁ」「きみには理解してほしいんだけど」。話している間、アキラくんは繰り返しそんな言葉を口にしました。けれど、本当はわかってほしくなんかないんです。自分だけがわかる、理解されない自分、みたいなのが、彼はたまらなく大好きなんです。彼と父親のラベルがついてるわたしも、所詮『女の子』です。鈍くて愚かな『女の子』なんかに理解されてはたまらない。理解できなくて恐ろしい存在になりたかったんだと思います。きっとそう、神様みたいに。

 

ひと通り語り終えると、彼は気持ちよさそうに伸びとあくびをしました。告白してすっきりしたんでしょうね。出勤まであと3時間。少し寝るね、と言って寝室に入っていきました。信じられないです。こんな告白をして、「お前もラベルがなきゃ殺す」みたいな……いや、そう言ったも同じじゃないですか……わたしも使うベッドで、すやすや寝れる神経って何?

 

カップを洗ってから寝室に向かうと、アキラくんはすでに寝息を立てていました。ナメられてるなと思いました。寝顔を見つめていると、今までの思い出が蘇ってきて涙が出ました。子供の頃、手を繋いでかけた通学路。クリスマスに見たイルミネーションのきらめき。結婚式での誓い。……チカさん……。その時ふと、チカさんの事故もアキラくんが関わってたんだと確信しました。きっと「結婚前のひとり」はチカさんです。証拠はないけどわかるんです。

 

わたしはアキラくんの頬を撫で、端正なつくりの顔を目に焼き付けてから、彼の胸を包丁でひと突きしました。サクッと殺せると思ったけど、骨……助骨? があってうまくいかなくて、パニックになってたくさん刺してしまいました。彼は苦しげに「なんで?」と言いました。わたしは答えず、彼が息絶えるまで「男の子だから我慢して」と言い聞かせました。

 

あの……やっぱりわたしが悪いんでしょうか? アキラくんはあのまま捕まってたらまず死刑ですよね。通報? できるならすれば良かったですけど、ヤケを起こされても困るじゃないですか、警察の方が来るまでに殺されちゃったらどうするんですか? 口封じだってじゅうぶんありえます。怖かったんです。だから仕方ないんです。ということで無罪になりたいです。よろしくお願いします! ……無理ですか?

 

おしまい

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