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アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

【NANA】小松奈々(ハチ)という女

気づいたらNANAだった

初めてハマった少女漫画がNANAだった。作者はご近所物語、パラダイス キスなどを世に送り出した矢沢あい。2000年の読切から始まったNANAは、作者の体調不良によって2008年から休載中である。


おしゃれな絵柄と魅力的なキャラクターたちに、中学生のわたしは夢中になった。とりわけ美貌と才能を併せ持つナナのインパクトは強烈で、新刊が出るたびに本屋に急いだ。


東京行きの新幹線で出会ったナナと奈々(通称ハチ)。同い年のふたりは、偶然の再会によりルームシェアすることになる。

奈々は美大に進学する彼氏を追いかけて、ナナはミュージシャンとして成功するため東京へ。正反対に見えたふたりだが、意外にも友情を深めていく。 

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左:小松奈々(通称ハチ)/右:大崎ナナ
NANA - 矢沢あい(3)(集英社/2001年/P156)より

ハチという、異常に軽やかな女

基本的に、NANAの登場人物たちの感情はマジで重い。沼に放り込んだら二度と浮かんでこないくらい重い。その上、固くて尖っているので、沼の底でぶつかり延々傷つけ合っている。


そんな中で、奈々は異様に軽やかだ。東京に来て半年ほどで章司→タクミ→ノブと男を変え、最終的には妊娠が発覚。父親がタクミかノブかの判断が付かず、「どちらの子でも責任を取る」と言い切ったタクミとの結婚を決める。


奈々の軽やかさは作中でも異質だ。先程の例えを使うなら、奈々を沼に放り込んでも沈まずフワフワ浮いてくる。ナナやレンとは同じ座標にいても階層が違うため、ぶつかり合うこともない。現実世界のステージでスポットライトを浴びるナナは、暗い沼の底から水面の奈々を見上げている。


ナナは重い女である。レンにも奈々にも固執しているし、ヤスに依存している。一方の奈々は恋愛体質ではあるけれど、特定の相手に固執しない。章司からタクミ、タクミからノブ。花から花へ、ヒラヒラと移り気な蝶々みたいだ。

 

それは友情に対しても同じで、ナナにとっての奈々がほとんど唯一の(そしてはじめての)女友達であったのに対し、奈々にとってのナナは、特別だけど複数いる女友達のひとりだ。


奈々の特徴のひとつは切り替えの速さ。
上京のきっかけになった彼氏の章司を幸子にとられ(わざとだよ?事変※1)、憧れのアーティスト・タクミと関係を持つ。男の体の浮気無罪のNANAの世界でも指折りの女体好き(女好きではない)のタクミは、当然「付き合おう」とも言わないし、次の約束もしない。そんな中で自分に好意を持ってくれたノブの手を取る。


奈々がタクミと寝た理由にはミーハー心と失恋直後の寂しさがあるが、ノブと寝たのは『大好きだから』だ。寂しさを紛らわすためではなく、ちゃんとノブのことが好きなのだ。

そんな『大好き』なノブとも別れ、タクミを選んだ奈々は高級マンションで快適な妊婦ライフを送る。指輪をねだってみたり、ちょっとしたケンカをしながらも、タクミとも対等な関係を築きつつある。ブラストのメンバーとの関係もほぼ修復し、唯一の当事者であるノブもハチを許している。ハチは許される女なのだ。

 


許される女、ハチ

タクミと結婚する前の奈々は、金銭的な余裕がなかった。生活のために働いてはいるものの、「デキる女っぽい」と選んだ出版社での仕事もいい加減で、無断遅刻してクビになる始末。


結婚の経緯も、普通に考えれば親友(ナナ)の親友(ノブ)というド身内に手を出しておいて「妊娠したけどあなたの子かはわかりません。もうひとりの方と結婚します」は裏切りの中でも最悪の類だ。サークラである。漫画の中では奈々の心情が細やかに描かれ、ノブへの思いも読み取れるけれど、彼女は肝心なところで説明をしない。正確には、奈々はタクミからノブにちゃんと(?)乗り換えているため、期間がかぶっていたわけではない。なのに、妊娠を知ったノブが事情を尋ねた時も、奈々から出たのは「ごめんなさい」のひとことだった。

「奈々……」
「子供が出来たってほんと?」
「なあ ちゃんとお前の口から聞きてえんだ おれの子かもしれねぇし隠すことないだろ おまえがタクミと切れたばっかだったのはおれだって知ってんだし」
NANA - 矢沢あい(8)(集英社/2003年/P141)より

f:id:yoshirai:20210723225813j:imageNANA - 矢沢あい(8)(集英社/2003年/P142)より

これが妊娠したのがナナで、「父親はヤスかな? レンかな? わかりません」だったらたぶん死者が出る。


地元でバンドを組んでいたナナとレンは、レンがトラネスに引き抜かれたのを機に一時絶縁状態になっていた。にも関わらず、また同じようにトラネスに奈々を『取られた』ナナは、ハチの決断に理解を示す。この違いは何だろう。

f:id:yoshirai:20210723231433j:imageNANA - 矢沢あい(6)(集英社/2002年/P175)より

作中で、奈々がタクミを「血も涙もないヤクザみたいな人」と語るシーンがある。それを受けた奈々の母親は、「じゃあ道を踏み外さないよう、神様が音楽の才能をくれたのかもね」と返す。けれど、奈々こそ「生活のかかった仕事もいい加減で夢はほとんど他人だより」だけど「ひとりで野垂れ死なないように、可愛い顔と強運、そして愛嬌を与えられた女」にも見える。

さんざん「普通」と言われているけれど、奈々の容姿は目の肥えた芸能関係者も「可愛い」と感じるレベルだし、新幹線と新居内見でのナナとの遭遇は強運の成せる技だ。そして何より、奈々の愛嬌は才能の域だ。喜怒哀楽がコロコロ変わり、素直で、あつかましいお願いを「無理かもしれないけど、そうしたいんだもん」と口にできる。断る側にも罪悪感を持たせない、ごく軽いテンションで(実際断られても「わ〜ん!」で済ませる)。

 

人間関係は、相手の頼み事を聞いたり、許し合うことで深まる場合も多い。地元では悪い噂もあり、美人だが話しかけにくい存在だったナナに対して、物応じせず「あれしたい」「それはイヤ」「お願〜い」を言える同性が他にいただろうか。迷惑そうな顔をされてもめげないところもポイントだ。人間の心理として、「お願いは、する側より聞いてあげる側の方が相手を好きになってしまう」というのがあるそうだ。おねだり上手で喜び上手な奈々は、無意識にそれを使っている。

 

ナナだって、ハチとの関係が深まる前に彼女がノブを裏切りタクミを選んだとなれば、さすがに関係を切っただろう。母親に捨てられたトラウマがあり、レンとの別れを糧にして歌い続けたナナは、20年間『許せない人生』を送ってきたとも言える。けれど、出会いから大小様々な、そして悪気のない奈々のワガママを許し続けた結果、ナナは許す心地よさを知ってしまったのではと思う。他人を許すことは、時に自分自身の癒しや成長にもつながる。ナナがレンと和解できたのも、奈々との出会いで心がほぐれて(レンと、彼を求める自分を)許す余裕ができたから、かもしれない。


人間にとって「誰かに必要とされること」が重要だとしたら、常に「あなたが必要です」というメッセージを発する奈々の存在は、ある種の人には救いになる。つまり、奈々は単に「ワガママだがなぜか憎めない女の子」ではなくて、「自分を許させることで、周囲に癒しを与える女神」なのだ。そう考えると、ナナの執着も納得できる。

 

主人公としての『奈々』

リアルタイムで読んでいた中学生の頃は、とにかく奈々に共感していて、ノブとのくだりも「うっ切ない〜〜!」みたいに思っていた気がするのだけど、アラサーになって読み返したら「仕事と避妊はしっかりしなね……」という感想になった。あんまり関わりたくないタイプだと思った。……けれど最近は、こういうタイプの女にそばにいられたら、かなり好きになってしまうのでは? という気がしている。


お願い上手の喜び上手。気まずさを引きずらない明るさ。大人になっても奈々みたいな屈託のなさを保つのはかなり難しい。

女性に嫌われたくないからお願いができない→仲良くなれない」のもどかしさは、特に社会人になってからは何度も感じた。奈々ならきっと「こんなこと頼まれたらウザいかな」なんて思わずお願いできるし、やってもらえたらちゃんと喜びを表現できる。そうやって最初に借りを作ることで、相手に何かあった時に声がかかりやすいポジションを作っているとも言える(そして多分、お願いされれば張り切って引き受ける)。そうして距離をグイグイ縮める。うまい。
周りは「この子には自分がいてやらなきゃ」とちょっと特別に思うけれど、奈々にとっては『たくさんいる親切な人』のひとり……なんてこともよくあるのだろうな。


カリスマ性と美貌、強気な言動と繊細な心を併せ持つナナと比べると、奈々は普通の子に見える。かつてのわたしにとってナナは憧れの対象で、親近感を覚えるのは『普通』の奈々だった。けれど今は、奈々の屈託のなさはナナのカリスマ以上に特別なものだと感じている。奈々……あんたが主人公だよ……。

 

NANA全体に関して書こうと思ったのに、小松奈々についてだけで3000字を越えてしまった。わたしは死ぬまでNANAの話をするし、幸子やヤスについても思うところがあるためまたブログを書くと思います。

今後書きたい事

  • 「わざとだよ?」の川村幸子に罪はない(※1)
  • 完全な「都合のいい男」高木泰士(ヤス) ほか

おしまい!

 

おまけ

「大人になって読み返すと、浅野(奈々の高校時代の元彼、既婚者)はヤバい」は何回も言ってるんですけど、売春斡旋サイト運営ガチ犯罪者凌子のことも忘れないでください。

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