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暗黒のハーレム漫画「少年のアビス」を読もう

ワールドエンド・ボーイ・ミーツ・ガール「少年のアビス」を読んでいます。

昨年末から新刊が出るたびにtwitterでワーワー言ってるので、フォローしてくれている方は「またその話か」と思うでしょうが、その話です。

※以下、最新刊までのネタバレを含みます。

何もない町、変わるはずもない日々の中で、高校生の黒瀬令児は、“ただ”生きていた。家族、将来の夢、幼馴染。そのどれもが彼をこの町に縛り付けている。このまま“ただ”生きていく、そう思っていた。彼女に出会うまでは――。 生きることに希望はあるのか。この先に光はあるのか。“今”を映し出すワールドエンド・ボーイミーツガール、開幕――!!

[第1話] 少年のアビス - 峰浪りょう | となりのヤングジャンプ

家庭と街、二重に閉じ込められた主人公

「オレ、この町を出れないんですよ」

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少年のアビス - 峰浪りょう(1)(集英社/2020年/P10)より 

主人公の令児は高校生。引きこもりの兄、認知症を患う祖母、唯一の稼ぎ手の母と暮らしています。母親は看護助手で父親は不在。成績は優秀ですが、決して裕福ではない家計を助けるために高校卒業後は就職を希望しています。

 

経済的な事情で祖母を施設に入れられず、母親と令児が自宅で介護をしています。祖母の排泄の失敗を処理し、機嫌を損ねて暴れる兄のために彼の好物を買いに行く。疲れた顔の母親が言う、「あたし、くんがいなかったら死んでたわ」。これが令児の日常でした。

 

そんな中で出会った憧れのアイドル・青江ナギ。彼女に心中に誘われた令児は、とある小説の舞台となった情死ヶ淵に向かいます。が、決行寸前で担任である芝田先生に見つかってしまい、心中は未遂で終わりました。

 

……出会って間もない高校生とセックスし、心中に誘う青江ナギよ……。が、「いったん彼女のことは置いといて」となるくらい、令児の周りの地元勢がヤバいんですね。

 

人間関係のしんどさとは

自分にまったく非がないのに、ただただ性格の悪い人間に悪意を向けられるのは当然しんどいです。けれど、「相手に悪意がないのはわかる」「むしろ愛情(や、それに形の似たなにか)が根底にある」状態は、また違ったしんどさがあると思うんですね。

前者はちゃんと恨めるし、逃げた後には解放感すらあるかもしれない。後者は逃げられても罪悪感を引きずるし、そもそも逃げにくい縛りがある。令児の状況は後者です。

 

令児の周りのやっかい人間のラインナップはこんな感じですが↓

・「令くんと死ぬためにくんを産んだのかも」毒親・黒瀬夕子!

・「1000万で令児くんを売ってください」ストーカー教師・芝田由里!

・「お前は俺と死ぬまでこの町で生きる」闇のジャイアン・峰岸玄!

共通して言えるのは、令児を嫌いで苦しめているわけではないこと。

むしろ全員令児が好き。言ってみれば暗黒ハーレムなんですね。地獄のToLoveる……。

 

母親は息子に依存してますし、令児には「玄くんのお父さんが『高校卒業後はぜひウチの会社に』って言ってるよ〜!ここらじゃ安定してるしアリだよね!(※玄の家は土建屋というテイのヤクザ)」なんて言いつつ、玄の父親に就職を頼んだのは自分だったりするわけですが、「本当は進学させてあげたい」「自由に生きてほしい」と思っているのも事実なんですね。それでも令児を送り出して、引きこもりの息子と認知症の母親をひとりで背負う強さはない。

 

作中でもトップレベルの狂いっぷりを見せる芝田先生も「令児をこの町から出してあげたい、助けてあげたい。死んでほしくない」という気持ちは確かに持っているし、玄も嫌がらせで令児を外に出さないわけじゃない。底なし沼にゆっくり沈んでいく人が、他人の手を離せないのと似た構図です。

 

わたしは人間の優しさ・寛容さの半分以上は余裕から生まれるのでは?と思っています。ギリギリで生きている人とまったく不安なく暮らしている人、両者に同じだけの優しさを期待するのは難しい。他人にパンを分け与えられるのは、優しい人ではなくお腹が空いていない人、みたいな(たまに自分が飢え死にしそうでもパンをあげちゃえる人もいて、そういう人にわたしはものすごく嫉妬するんですが)。

 

例えば黒瀬家に経済的な余裕があり、祖母が施設に入居できるか兄が働いてさえいれば、母親は令児の背中を押してあげられたかもしれない。芝田先生もあと少し幸福であれば、無理に救世主になろうとせず、距離感を保っていられたはず。玄だって自分が地元に囚われていなければ、彼の方が先に東京に出て令児と音信不通になった未来すらあったかもしれないですね。
やってることはめちゃくちゃだし、自分勝手で独りよがりだったりするものの、誰も100%の悪人としては描かれていない。「うわぁ……」と思いつつ、母親や芝田先生に共感できるところがないかと言われると……。

 

希望の光、ヒロイン・チャコ

幼馴染のチャコは作中で珍しく、健全な精神の持ち主です。思春期らしく多少不安定な所はあっても、彼女の明るさは令児の心の支えになっています。「少年のアビス」にヒロインがいるとしたら、チャコになるのではないでしょうか。

 

ナギと心中しようとし、母親とも一緒に死ぬ約束をしてしまう令児は、「あたしが本気で死にたくなったら、くん一緒に死んでくれるの?」と言うチャコの言葉には「いやだよ」「チャコには死んでほしくない」と即答しています。

 

「勝手に希望にしてた」
「チャコがこの町から出てこの先もずっと輝いて生きて行けたらこの世界が悪くないものだったんだって思ってオレも生きていけるって」

 少年のアビス - 峰浪りょう(3)(集英社/2020年/P132)より 

チャコに対する思いを吐露する令児に、ナギは言います。

「それってまるでファンの心理」
令児くんには他に推しがいたんだね」

 少年のアビス - 峰浪りょう(3)(集英社/2020年/P132)より 

出会う前からファンだったアイドルとは一緒に死ねるのに、幼馴染のチャコは「死んでほしくない」。先生に助けてもらうため、セックスに応じるような自分が、そばにいてはいけないと思う。令児がチャコに恋愛感情はなくても、そこにはめちゃくちゃな愛がある。母親や先生が令児に向ける、沼に引き引きずり込むような執着ではなく、自分が沼に沈んでも、彼女の背中を押すような愛情。

だからこそ、5巻でチャコが言った「くんは私が助ける」に対する令児の返答が本当に苦しい……。

 

「もしもチャコが殺されそうになったら、その時は自分が何をしてでもチャコをこの町から出してやる」と話す令児が、自分のために兄や母親に「何かをする」ことのできる子だったら、こんなに苦しまなかったかもしれない。

 

感情の表現が巧すぎる

少年のアビスの魅力はストーリーやキャラはもちろんですが、画力と表現力がめちゃくちゃすごい。特に表情。笑顔ひとつとっても、心からの笑みや何かを誤魔化す微笑み、愛想笑い、苦笑……無限に存在する感情のひとつひとつを、文字やわかりやすい記号(汗や怒りマークなど)に頼らず伝える技術がすごい。5巻を読んでから1~2巻を読み直すと、「あ、最初はこの人こんな風に笑ってたっけ」って気づきがある。すっかり闇落ちしてしまいましたが、先生も最初はちゃんと先生してたし、ある時期までは(一線を超えても)最低限の分別はつけようとしてたんですよね……。

 

漫画の技術を語れるような知識は全然ないんですけど、ページをめくった時に息を飲む場面が多いな〜と感じます。印象的なのは、登場人物がページいっぱいに無数の吹き出しを使って胸中を吐露するシーン。令児、先生、母親、チャコ。それぞれの思いが胸に迫って、こちらまで追い詰められるような息苦しさを感じます。

 

最新5巻はホラーかな?ってくらいドキッとするページ多かったですね。登場人物たちの狂気の演出、見開きの「ラ〜ララ〜ラ〜ララ〜」、最近一番ゾッとしたかもしれない。

あと会話の「うわ〜こういう言葉の挟み方する人いる!!」「反論許されないアレだ」「イラついてる人が精一杯平静を装って言うやつじゃん……」というリアリティも物凄いので、本当に読んで味わってほしい……。

 

ヤンジャン課金しました

最新刊でも飽き足らず、まんまとヤンジャンアプリに課金して最新話まで読みました。ちょっともう、ここからどうやったら令児が幸せになれるのか全然わからないんですが(?)これからも追おうと思います。今ならヤンジャンアプリで1巻分無料(2021年6月25日時点)なので、ちょっとでも興味があれば読んでみてください!なるべく元気のある時に!

この紹介も面白かったのでぜひ!↓

www.kansou-blog.jp

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