ゆらゆらタユタ

わたしのブログ

愛されるより殴りたい!

彼とはマッチングアプリで出会ったんだけど、2回目のデートで、あ、こいつ既婚者だなってわかった。話の内容、不自然な日焼け、連絡時間……怪しいところは色々あったけど、結局は女の勘ってやつかな。

彼は自分のSNSは、一応全部鍵アカにしてたよ。

でも昔ナナちゃんに教わった方法で調べたら、けっこうすぐに彼の奥さんのインスタと上司のfacebookにたどり着いた。ありがとね。あとやっぱり、どのコミュニティにもSNSが大好きでマメな人っているもんだね。本人に後ろ暗いことがないからかな? 何も考えず、あらゆる写真を全体公開にしてくれて助かる。彼の結婚式は5年前で、場所は鎌倉のチャペルだった。新婦へのサプライズのため、彼は苦手なダンスを猛練習して披露したのだそうです。

 

……で、わたしはその彼と付き合うことにしたんだけど……。え? うん、そう。さっきも言ったけど、彼が結婚してることには、2回目の時点で気づいてたよ。付き合い始めたのは3回目、いや4回目のデートかな。……ちゃんと言われたのかって? うん、付き合おうって言ってくれたよ。……そうじゃない? あ、奥さんがいることを、事前に知らされたかって意味ね。それはなかった。普通に独身男性のテイで「付き合ってほしい」って言うから、何も知らない顔して「よろしくお願いします」って応えた。

……うん。ナナちゃんがそう思うのは当然だよね。もちろんわたしも、既婚者だって知った瞬間はショックだったよ。彼の見た目も好きだったし、趣味だって合うから話してて楽しい。とはいえ、気づいた時は会って2回目とかだったら、そんなにハマってたわけじゃないよ。連絡切るか、奥さんのインスタのスクショを送りつけて、ちょっと脅してやって終わりにしようかとも考えた。でも……なんかもったいない気がしたんだよね。ううん、彼がいい男だからじゃなくって……なんて言ったらいいんだろう。良いサンドバッグを見つけた、みたいな。ナナちゃんにとっての花川ユリアみたいな存在かな。うふふ。

 

……なんだか驚いた顔してるね。まぁいいや、話を続けるね

彼と付き合った1年半、わたしはとにかくいい子を演じたよ。決してうるさいことは言わず、ひと回り年上の彼を尊敬し、「忙しい」のひと言があれば信じて疑わず、文句ひとつなくいつまでも待つ。

都合が良いと言われればそれまでだけど、既婚者がマッチングアプリで会った女に求めるものってそれでしょう。彼がこれみよがしに放置したスマホにも手を出さなかった。そうやって信頼を勝ち取った。目に見えて彼の気は緩んでいったよ。

 

彼は実家暮らしだって言ってた。少し前までひとり暮らしをしていたけれど、お父さんの体調が悪くって、介護を手伝うために一時的に実家に戻った……そういう設定らしかった。「だから家には呼べない。ごめんね」だってさ。笑っちゃう。実際は嫁と子供と35年ローンのマイホームに住んでるのに。

 

先々週、彼が泊まりにきた時に社章のバッジを落としたの。チャンスだと思った。彼は気づかず帰ってったけど、ハンカチやボールペンならまだしも、バッジはないと困るでしょう? だから月曜、わたしはバッジを持って彼の家に向かったんだ。……住所? 住所は一緒に旅行に行った時、受付で書かされるのを見てメモしといた。

 

時間は15時過ぎだったかな。ピンポンを押すと、中から出てきたのは女性だった。格好は、襟元のよれたTシャツと下はダボっとしたパンツ。わたしは「ナオヒロさんのお母様ですか?」って尋ねた。……うふふ。そんなわけない、奥さんだよ。結婚式の写真の時点から、たぶん20キロは太ったんじゃないかな。ふたりの子供を、ほぼワンオペで育てていれば自分に構う余裕がなくて当然だよね。わたし? わたしはもちろん、ちゃんとお洒落して会いに行ったよ。そう、今日と同じ格好。このワンピースどう? いいでしょう。さりげないけど体のラインがわかって細さが際立つ。髪の毛も念入りにブローしてツヤを出した。ここ最近で1番気合が入ったなぁ。

 

突然現れた若い女に夫の母親呼ばわりされて、奥さんの顔は羞恥と怒りで赤く染まった。奥さんはメイクしてなかったし、雑にまとめた髪には白いものが混ざっていたけど、流石に60過ぎに見えないよ。もちろんわざとだよ。奥さんにはまったく非がないから胸が痛まないでもなかったけど、彼のせいで、彼の大切な家族が傷つくのを見てるとゾクゾクした。……え? やだな、傷つけたのはわたし? 違うでしょ。わたしは彼から、独身でご両親と同居してるって聞いてたんだよ。彼には女兄弟もいない。だから家から出てきた女性をお母さんだと考えるのは妥当じゃない。そもそもわたしがあの家に行ったのも、彼氏の忘れ物を届けただけだし……。

 

わたしはきょとんとした顔を作って、奥さんの言葉を待ったよ。だけど無言の時間が続いたから、結局わたしから「これ、ナオヒロさんの忘れ物です……」ってバッジを渡した。「わたし、下原エマと申します」「あの、ナオヒロさんとお付き合いさせていただいています……」わたしが口を開くたび、奥さんの顔がますますこわばっていく。肺が緊張と歓喜で震えた。

 

……でも奥さん、わりと冷静だったな。きっと薄々気づいてたんだね。泣いたり怒ったりするでもなく、わたしを家に上げてくれたよ。それから淡々と、自分はナオヒロの妻で子供が2人いる、この家は自分たちがローンを組んで建てた、なんて話をした。わたしはバカで哀れな若い女を演じた。結婚してるなんて聞いてませんでしたぁ……。週に何回も会ってくれてたんですぅ……。先月だって、週末にディズニーランドに連れてってくれてぇ……。そうやって、奥さんがひとりで必死に子育てしてる間に、彼がどこで何をしていたかを教えてあげるのも忘れなかった。意識したわけでもないのに、自分の目から涙がボロボロ落ちてきて、けっこう演技派だなって思った。ていうか、緊迫した状況の中だと、なんだか感情がある方向に押し出されるっていうか、場の空気に流されるというか、自然と涙とか出てくるもんなんだね。

奥さんは何かに耐えるみたいに俯いてた。彼女の化粧気のない頬からますます血の気が引いていく。荒れた手が震えているのがわかった。それで、わたしが「訴えます」って言ったら……ん? 違う違う。奥さんじゃなくてわたしが言ったの。たしかに夫に不倫された場合、妻には不倫相手を訴える権利がある。けれど、不倫相手が結婚の事実を知らなかった場合……つまり今回みたいに男の方が独身だって嘘ついてた場合、不倫相手も男を訴えることができる。知ってた? 貞操権の侵害っていうのに当たるんだって。騙されて、知らずに不倫“させられていた”っていう理屈。つまりこの場合、わたしも被害者なんだよね。「彼を訴えます」って言ったら、奥さんは絞り出すような小さな声で、でもはっきりと「ご自由に」って答えたよ。

 

……そうだね。うん。知ってたよ。実際、わたしは彼が結婚してるの知ってた。でもさ、わたしが知ってたことは、彼も奥さんも知らないワケじゃん。彼が結婚してるとわかったのは、たまたまわたしに女の勘とネット技術があったからだよね。そうじゃなければ完全に騙されてたと思う。で、騙されてたとしたらどうなる? 彼を信じて付き合って、普通にカップルやってただろうね。つまり、結婚の事実を知ってても知らなくても、この1年半にわたしがとった行動は同じなんだよ。結果を産むのは内心ではなく行動であるべきでしょ。そう思わない? わたしの勘がちょっと良かったからって、被害者になれないのはおかしいよね。ねぇ、意味わかる?

 

彼とのLINEの履歴には、奥さんや子供の影は微塵もないんだ。不倫カップルにありがちな「奥さんと別れたら〜」「子供がいなければ〜」なんて会話はひとつもない。だってわたしは、彼に奥さんがいるなんて考えたこともない、純粋で勘のにぶい女の子なんだもん。最初から最後まで、普通のカップルのちょっと浮かれた会話だよ。だから奥さんには何を見られても構わない。ていうか見てほしい。スマホに残るあらゆるデータが、わたしは彼を信じて騙された、可哀想な女の子だと証明してくれる。

 

……彼が結婚してるとわかった上で、どうしてこんなことしたのって? うーん……ナナちゃんにはわかってもらえると思うんだけど。彼が既婚者だって気づいた時、サンドバッグを見つけたと思った話はさっきしたよね。彼は殴る理由を与えてくれた。できるなら、もっと相手の非を大きく育てて、たくさんたくさん殴れるようにしたかったんだ。

 

ねぇナナちゃん。昔から、わたしはナナちゃんと自分は似てると思ってたんだよ。わたしもナナちゃんも、どうしようもない攻撃性を抱えた人間なんだよね。常に誰かを殴りたいけど、悪者にはなりたくない。そういう人間は、常に殴る理由と殴れる人間を探してる。それがわたしにとってはマッチングアプリで出会った既婚者で、ナナちゃんにとっては一度炎上したタレントだった。そうだよね?

 

……誰にもバレてないと思った? 3年前の花川ユリアの不倫報道以降、ナナちゃん、ずっと花川ユリアのアンチしてるよね。1回アカウント間違えたでしょ。すぐ消してたけどスクショしたよ。それからわたし、ずっとナナちゃんのアンチアカウントを監視してるんだ。普通、こういうのって捨てアカでやらない? って最初は少しびっくりしたけど、ちょっとバズってフォロワー増えてから楽しくなっちゃったのかな。すっかりアンチの老舗じゃん(笑)。名誉毀損にあたらないギリギリの言葉選び、どこで勉強してるの? すごいね。だけど執着してるように見えて、実際ナナちゃん、花川ユリアをそこまで嫌いじゃないんでしょ? 叩きやすいから叩いてるだけ。わかるよ。わたしも同じだもん。

 

彼に対して既婚者のくせに何やってんだよ、ってムカツきはある。でもそれ以上に、叩かれる理由、人生をぶち壊される理由を提供してくれたことに感謝もしてる。今のわたしには、被害者という大義名分を持ちながら、他人が築いた積み木の塔を崩すみたいな、砂の城に水をぶっかけるみたいな、そういう高揚感がある。彼と出会うまで、どんなに仕事やプライベートが楽しくても何か物足りない気がしてた。恋人を作れば満たされるのかなと思ってアプリを初めてみたけれど、わたしが必要としてたのは白馬の王子様じゃなく、鞭で叩かせてくれる罪人だったんだね。

 

……ナナちゃん、今更だけど、今日すごく久しぶりだよね。どうして誘ってくれたの? わたしが既婚者と揉めてること、中途半端に聞いてお説教しにきたとか? これこそ殴る理由だもんね。ナナちゃんらしくて嬉しいよ。でも残念、わたしは被害者側でした。

 

え? 嘘つき? 知ってて不倫したんだろうって? はぁ……ここまで聞いてもそんなこと言うの? だるいなぁ。てかなんのこと? ……は? わたし、そんなこと言った? わたしは彼のこと、ずっとずっと信じてたんだよ? ま、まさか奥さんがいるだなんて……ふふ……ひどい……。向こうと揉めてるのは本当だけど、わたし、ふふ、騙されてたんだよ? きっちり慰謝料払ってもらうよ。権利だもん。……うふふ。

 

あぁそう、変な噂立てられたくないし、今日話したこと誰にも言わないでね? 他の子にはちゃんと、被害者になりきった報告してるんだから。まぁ、ナナちゃんが嘘つきなのはみんな知ってる事実だし、誰も信じないと思うけど……。万が一の場合、ナナちゃんの誤爆とアンチアカウントのスクショを使わせてもらうからよろしくね。

 

……ねぇ、どうしてそんなに怖い顔してるの? きっしょい攻撃性を抱えた者同士、身内で喧嘩する必要なくない? 仲良くしようよ、それともわたしのアンチアカウントでもつくる(笑)? そしたらフォローするから教えてね。あはは。

 

おしまい

 

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