ゆらゆらタユタ

わたしのブログ

アンチ活動結果報告(2)

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(この話の続きです)

「株式会社白井システム所属、明城大学出身の広田ナコさん。インスタもTwitterも本垢抑えてます。逃げるなら全部晒すから」

 

『り』と名乗った女の子、YouTuberのシマレナのアンチだったはずのその人は、どう見てもシマレナ本人だった。完璧な形の眉とまつげ。唇はマットなオレンジブラウンで、ツヤ肌とのコントラストが絶妙だった。もうとっくに冬だというのに、シマレナはアイスコーヒーを頼んだ。猫舌の麗奈ちゃんは温かい飲み物を飲めない。そのことを、わたしはずっと前から知っていた。

 

注文の品が運ばれてくるまで、わたしたちは言葉を交わさなかった。シマレナはテーブルの上に肘をつき、わたしをじっと見つめていた。薄く笑ったその顔には、小学生の頃のシマレナ――島田麗奈ちゃんの面影がある。
わたしが元同級生だと気づいただろうか。いや、所属や本名がバレてるんなら、そんなのとっくに……。わたしは麗奈ちゃんの目を見られなかった。

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アンチ活動結果報告(1)

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――ご趣味は?
――動画鑑賞と、SNSでの中傷です。


映画でもドラマでもバラエティでもなく、わたしはYouTubeが好きだ。特にアイドルや美容系が好き。配信者が使ってるコスメをよく買う。ていうか、今はそうじゃなきゃほぼ買わない。


シマレナを見つけたのは偶然だった。おすすめ欄に出てきたサムネの顔に見覚えがあり、よくよく思い出してみたら、小学校の同級生だった。と言っても彼女は転校生で、同じ教室で過ごした期間は2年だけ。たしか小4の頃に東北から来て、6年生になる前に関西に引っ越していったんだっけ。転校生でありながら、すぐにクラスの中心に立った島田麗奈ちゃん――シマレナ。特に親しかったわけではないけど、懐かしくなってすぐにチャンネル登録した。

 

当時のシマレナのチャンネル登録者数は300人。SNSのフォロワーも多くなかった。各SNSをフォローすると、毎日シマレナの顔が目に入るようになった。麗奈ちゃんは今、東京に住んでいるらしい。会社員をしながら毎日SNSを更新しており、コメントにも丁寧に返信やいいねをつけていた。


麗奈ちゃんの明るい自虐と話術がウケて、切り抜き動画がTwitterでバズったのは去年。それをきっかけに、シマレナチャンネルの登録者やフォロワーは爆増した。以前は「好きだったインスタグラマーがPR投稿ばっかになっていく……つら……」なんてつぶやいた麗奈ちゃんは、バズってからはガンガン企業案件やPR投稿をこなすようになった。毎回「PRだけどガチで良いから!」とつけて。以前は気に入らなかった物には「1500円でゴミを買いたい人にはおすすめ!」なんて辛口で、でもだからこそ、褒めてる物は本当に良いんだと思えたのに。ちなみに、他人のPR投稿に対するマイナス意見のツイートは、いつからかすべて削除していた。

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全自動お茶汲みマシーンマミコと天罰

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悪いことは続くもので、めちゃくちゃ好きな男が本命彼女にすがりつく様を見せられた翌週、知らない人からLINEが来たので見てみたら、不倫相手の奥さんだった。「お話ししたいことがあります」だそうだ。そりゃそうでしょうねとマミコは思った。

土曜日の午後に会いたいと言われ、マミコは週末の予定をすべてキャンセルした。添付された店のurlを確認すると、新江古田にあるカフェだった。どうやら個室もあるようだ。

印鑑を持ってこいとの指示を受け、マミコは銀行印と一緒に保管している通帳を開いた。マミコのマンションは叔母の持ち物で、家賃を格安にしてもらっている。なのでマミコは収入のわりに貯金は多い。けれど、それは日々の小さな努力でコツコツ『貯めた』お金であって、楽して『貯まった』わけではない。不倫の慰謝料の相場は50万から。こんなことで何十万……場合によっては百万単位で貯金を失うのは痛手だが、今はすべてが投げやりな気持ちで、どうでもいいとさえ思っていた。

不倫、慰謝料、会社バレ、なんて単語とともに浮かぶのは、セリザワさんやその奥さんより、今回の件とは無関係の、好きな男とその彼女の顔だった。あれ以来、テツくんからの連絡はない。スガワラさんは意見を変えず、ちゃんと別れてくれただろうか。

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仕事も社内恋愛も無理です

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ミスの多い生涯を送ってきました。

「添付ファイルをご確認ください」と書いたメールをファイルを添付せず送り……なんてのは全然可愛い方で、取引先の偉い人の名前を間違え、発注数のケタをミスって途方に暮れ、コピー機を詰まらせ、共有ファイルを削除し、社員証をなくし、社用携帯は受け取った翌月バキバキにした。とにかく入社半年でやれるミスは全部やった。ブチ切れる上司! 鳴り止まぬクレーム! 始末書に次ぐ始末書! の、舐めてるとしか思えぬ誤字脱字!!! その度にフォローしてくれたのは、先輩の林さんでした。

 

林さんはすごくいい人で、後輩からの信頼も厚い。わたしの同期たちも「何かあれば林さん」だ。仕事が出来て、相談しやすく、柔軟な彼をみんな慕っていて、林さんの下に配属されたわたしは配属ガチャ大当たりです。

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「わたしを離さないで」―花壇で枯れてゆく花たち

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ふと本屋で見かけたので、カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」を買った。

10年ほど前に読んだ記憶があり、TBSのドラマも観ていたので、流れは把握していた。それでも読んで良かったので、こうして記事を書いている。


ここから先は作品の内容・結末に触れる。個人的には最後まであらすじを知っていても感動が薄れる作品ではないけれど、まっさらな状態で読めるならその方が良いとも思う。「提供者」「介護人」「ヘールシャムとその目的」、ひとつひとつを理解して、自分の中で物語の形をつくっていくのは、一度しかできないことだから。

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彼は顔だけは殴らない

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突然ミサキから呼び出されて、何かと思えば夫が暴力を振るうとか。ミサキの夫のヒサノリはわたしの地元の友達で、同じマンションで育った幼馴染だ。5年前、ミサキに彼を紹介したのがわたし。結婚式では「ふたりのキューピッドのアイさんです」と壇上に引っ張り出され、記念品まで受け取った。

「ヒサノリが」
暴力だなんて信じられない……と出かけた言葉を必死に飲み込む。わたしの知っているヒサノリは、幼い頃から兄弟喧嘩すらほとんどしない優しい子だった。けれど、わたしが恋人の前での態度をヒサノリに決して見せないように、ヒサノリにだってわたしの知らない顔があったとしてもおかしくはない……のか?

 

まだ蒸し暑さの残る9月。
カーディガンを羽織って現れたミサキが袖をまくった時、わたしの頭は真っ白になった。白い腕には無数のあざ。シャツとデニムに隠された体が無傷でないのは、容易に想像がついた。

「顔だけは殴らないんだよね」と笑うミサキの声は乾いて、目には力が宿っていない。


暴力は1年前からだという。最初は小突く程度だったのが、次第にエスカレートしたらしい。些細なことで妻を怒鳴りつけて突き飛ばし、うずくまる彼女の背中を執拗に蹴るという今のヒサノリと、病気になった老犬の介護を、最後まで献身的にこなしていた小学生のヒサノリのイメージが重ならない。それでもとにかく、暴力被害を訴えるミサキを、自宅に帰すわけにはいかなかった。ミサキが実家を頼れないのはわかっていたので、わたしは自分のマンションに彼女を連れ帰ることにした。

わたしのマンションは学芸大前。ちょっと頑張って借りてる1LDKは、ひとりでは余裕があるけどふたりだと手狭だ。けれど、わたしにはヒサノリを紹介した責任がある。ヒサノリに連絡すべきか迷ったわたしは、何度も文章を作っては消して、結局何も送らずスマホを置いた。電話をする勇気はなかった。

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3人でいても、ふたりとひとり

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高校入学初日から卒業までを、ニイナとハヅキと一緒に過ごした。ふたりとも大好きだけど、3人組は難しい。どうしてもふたりとひとりに感じる時があった。ニイナとハヅキ、それからわたし。

境界線はすっごく薄い膜みたいで、無視することも、見えないふりして突き破ることも簡単だった。けれど、膜は何度でも再生し、わたしたちを優しく分断した。誰かに悪気があったわけではない。膜が出来てしまう理由は、3人の中でわたしだけ帰る方向が違ったりとか、好きな芸能人の違いとか、そういうどうしようもないことだった。


それぞれ別の大学に入り、まったく違う職業に就いても、わたしたちの交流は続いた。わたしは書籍関連の企画職、ハヅキは製薬会社で営業。ニイナはアパレルで働いていたけれど、一昨年の結婚を機に辞めて、今は優雅な専業主婦だ。面食いのニイナが選んだだけあり、年下の夫のスミヒトさんはアイドルみたいな甘くて端正な顔立ちをしている。ニイナの実家は中規模の会社を経営しており、スミヒトさんが継ぐそうだ。自称「本当ならまともな職にはつけない経歴」のスミヒトさんは、ニイナに頭が上がらないとか。

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