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わたしのブログ

全自動お茶汲みマシーンマミコと痴漢

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マミコの会社の始業は8:30だ。間に合うように出社するには、通勤ラッシュの満員電車に乗らなくてはならない。寿司詰め状態とは言うけれど、電車に詰め込まれた人間よりは、寿司の方がまだ人権がある。マミコはなるべく小さな寿司となるべく肩を縮めていつもの車両に乗り込んだ。

 

電車が動き出してすぐ、マミコは下半身に違和感をおぼえた。誰かがマミコの尻のあたりに触れている。感触からして手の甲だろうか。混んでいるから仕方がないという思いと、もしかしたらと嫌な予感が交差する。マミコが抵抗せずいると、相手は感触を確かめるようにマミコの尻に手を押し当ててきた。あっと思ったのも束の間、今度は背後に生ぬるい熱を感じた。相手が膝を曲げているのか、太ももから背中にかけてが隙間なく重なっている。いわゆる密着痴漢というやつだ。

 

マミコの頭からスッと血が引く。やめてください、と言いたいのに声が出ない。だって、電車の中で故意に他人の体に密着する人間がまともなわけがない。そんな人間がナイフを持っていないとは限らないし、咎められた瞬間に激昂しないとは言い切れない。そういう人間はきっと犬猫をいじめるし、欲しくもないものも万引きをするし、芸能人の悪口をネットに書くし、老人から金を騙しとり、あらゆる番組を違法視聴していて、この電車にもどうせ無賃乗車をしている。とにかくやべえやつに決まっている。だから刺激してはいけないのだ。後頭部をつつかれるような感覚があるのは、相手の鼻が当たっているからだろう。マミコは痴漢に嗅がせるためにいい香りのするukaのrainy walkのヘアオイル(※1)をつけてきたわけではない。マミコは全自動通勤マシーンとして、足をぴっちりと閉じて体を固くし、背後の痴漢が落ちるべき20,000種類の地獄について思いを馳せた。

社会の部品たる全自動お茶汲みマシーンマミコは、こんな些末なアクシデントで始業時間に遅れるわけにはいかない。次の駅で車両を乗り換え、再び人権を失った寿司となりながら東京都内を運搬された。マミコはドア際でぺちゃんこになったが、他人の性欲だか支配欲を浴びてないだけ、先ほどより少しはマシな寿司だった。

 

目的の駅につき、マミコはひとり口角をあげて笑顔を作った。全然大丈夫です! スカートの中まで触られたわけじゃないで寿司🍣! 別によくあることで寿司🍣! そう自分に言い聞かせながら会社に向かった。かつてマミコが人間だった頃は、同じような目に遭えば怒りもしたし泣いた気もする。でも人間だった時の記憶は、今のマミコにはほとんどない。何食わぬ顔で出社し、愛想をふりまき業務をこなし、朝の出来事を誰にも話さず定時ちょうどに退社した。駅のホームで電車を待つ。朝ほどではないが電車は混んでいた。マミコはちょっと憂鬱になったが、心を無にして電車に乗り込んだ。座ればしないが、座席の前にちょうどいいスペースがあって吊り革を掴むことができた。スマホでマンガアプリを開いて呪術廻戦の表紙をタップする。真希が禪院家を壊滅させる17巻を、マミコは何度も読み返している。

 

電車が走り出してからしばらく経って、マミコは斜め前に立っている男の不審な動きに気がついた。片手で手すりを持って、ドアの横に立つ女子高生の動きを封じているように見える。もう片方の手の位置は不明だが、少なくとも吊り革は掴んでいない。……いや、でも、混んでるし? マミコは今朝、自分のために生成した言い訳めいた何かを女子高生にも押し付けて、呪術廻戦の続きを読むことにした。だけどどうしても集中できない。再び視線を女子高生と男に移すが、マミコの位置から彼女の表情は見えない。胸にリュックを抱えてうつむく彼女は何を考えているのだろうか。

 

駅につき、ふたりがいるのと逆側の扉が開いた。乗客が乗り降りをする最中、マミコは一瞬、女子高生のめくれたスカートとその中に触れる毛深い手を見た。ゾッとした。女子高生は動かなかった。なぜ降りない? と一瞬疑問が浮かんだものの、怖くて足がすくんでしまったのだと理解する。新しく乗り込んできた乗客が、マミコと彼女の間に立った。体が大きくて若い男性だった。彼が気づいてくれればと思うが、イヤホンをしてYouTubeに夢中になっているので期待はできない。マミコの心臓がバクバク鳴った。自分が痴漢にあった今朝よりずっと動揺している。どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうし………………うん、わたしには関係ないな!

マミコは考えるのをやめた。マミコは人間でないので意志はない。誰かを攻撃する時は、こちらもリスクを負わねばならない。誰かの命令なしに、マシーンが人間様を糾弾するわけにはいかなかった。女子高生がマミコの妹ならともかく、マミコに妹はいない。彼女は他人でしかないのである。

もしかしたらスカートのめくれは偶然で、あの人はそのスカートを直してあげただけなのかも。ふたりは親子ほど年が離れているように見えるけど、恋人という可能性もゼロではない……。ポンコツマシンのマミコとしても流石に無理のある仮説であった。だがしかしマミコには、無理を無視する機能がある。電車の発車ベルが鳴る。

 

……ていうか、わたしの時だって誰も助けてくれなかったし!

マミコは目を閉じて吊り革を強く握りしめる。今朝のマミコの被害に、周りが気づいていたかは知らない。どうでもいいと思っている。マミコは今朝痴漢に遭い、誰も助けてくれなかった。それだけが真実だ。だからマミコにも他人を助ける義理はない。どうせマシーンになるならば、右手はサイコガンで左手はチェーンソーが良かったな、とマミコは思った。それなら通勤ついでに女子高生を助けてやってもいいし、痴漢男には八つ裂きか蜂の巣かを選ばせてやれる。悲しいことに、現実世界の全自動お茶汲みマシーンマミコは痴漢に殴られたら死ぬ脆弱な体しか持たない役立たずだった。電車が動き出す。マミコはもう漫画を読む気にもならず、窓の外の景色を眺めたけれど、背中には気持ち悪い汗が止まらなかった。

 

……痴漢です。

次の駅に着く間際、蚊の鳴くような声がした。マミコを含めた車内の一部の乗客が、声の主に目を向ける。女子高生の彼女だった。

 

この人、痴漢です!

今度は叫ぶみたいな声量だった。混み合う車内で、彼女の周りだけ弾かれたように人が遠のく。手首を掴まれた男が、自分はしていないという旨の言葉を怒鳴り返した。怒りの瞬発力が高い。女子高生は震えた声で、ここで降りてくださいと言った。誰も彼女を手伝わないが、降車ドアまでの道は空いていた。周囲の目に押し出されるように、男は女子高生と電車を降りた。てめぇふざけんなよ、人の人生ぶち壊すつもりかなどとわめきつつ、男は女子高生を睨みつける。その時、女子高生が泣いているのがわかった。いつからだろうとマミコは思った。

 

男は女子高生に向かって証拠を出せと吠えていた。けれど、この場で出せる証拠などあるはずもない。満員電車で、自分より体の大きな男に痴漢をされながら写真や動画を撮るなんて芸当が、被害者にできる訳もない。女子高生の涙がホームのアスファルトに落ちて、グレーのシミをいくつか作った。よくも恥をかかせたな、警察に行くのは構わないが、冤罪だったらただではおかない……男が言葉を吐くと同時に、マミコは自分の口から出た声を聞いた。わたし見ました。その人、間違いなく触ってました。

 

……は? 言ってから、マミコの足はガタガタ震えだした。いやいや、こんないかにもヤバそうなやつ、関わりたくないんだって……。だって、電車の中で故意に他人の体を触る人間がまともなわけがない。そんな人間がナイフを持っていないとは限らないし、咎められた瞬間に激昂しないとは(以下略)。でもその時、すでにマミコの体は電車を降りていたし、放った言葉は取り消せない。男が刺すような目で睨んでいるのがわかったが、見ないようにしてマミコは女子高生の手を引いて男性から距離をとった。そのうち駅員がやってきて、マミコたちは駅員室に連れて行かれた。マミコは被害者である女子高生と一緒に救護室に通されて、男とは一旦隔離された。絶対に触っていないと断言し、警察を呼んでも構わないと豪語していた男は、駅員が通報のそぶりを見せた途端に、もしかしたら偶然触れたかもしれないと主張を変えた。わざとではないが不愉快な思いをさせたなら謝ってもいい、少しなら金も払う、だから警察は呼ばないでください……実は自分、同じような罪で執行猶予中なんです……最後は懇願するような態度になったと聞いて、マミコはゲロを吐くかと思った。人の心とかないんか?
それでも女子高生の意志は固く、男は警察に連行された。マミコも警官に事情を聞かれた。すべてを話した上で連絡先を伝え、帰る頃にはヘトヘトだった。裁判になるかもしれないらしい。

 

自宅に帰る道すがら、マミコは女子高生との別れた場面を思い出していた。彼女はマミコに頭を下げて、ありがとうございましたと言った。その時もまだ泣いていた。あまりにも彼女が痛々しくて、一度は見て見ぬ振りをしようとした罪悪感で胸が重かった。けれどマミコは笑顔を作って、いいえ、気をつけて帰ってねとだけ伝えた。無関心と保身の化身・お茶汲みマシーンであるマミコが無関係な事件に首を突っ込んだのは、バグとしかいいようがない。

 

自宅の最寄駅に着いたマミコはスーパーに寄り、半額のシールが貼られた寿司を買った。普段はあまりひとりの夕食で炭水化物は食べないのだけど、今日は食わずにやっていられない。食後にお風呂を沸かして入り、キュレルのバスタイム モイストバリアクリーム(※2)で保湿する。乾燥の気になる季節でもしっかり保湿をしてくれるし、濡れた肌にさっと塗るだけなのでお手軽だ。適当にスキンケアをこなし、ドライヤーで髪を乾かして習慣になっているネトフリも見ずに布団に入った。いつもとは違う疲れで体が重い。マミコは仰向けで目を閉じて、自分はマシーンになってしまったけれど、今日のあの子は人間のまま暮らして行けるといいな、本当に勇気のある子だったな、痴漢は一生刑務所にいてほしい、KANEBOUの新しいファンデほしい(※3)、結婚したい、韓国行きたい、ロムアンドの眉マスカラ(※4)買い足したい……などと考えながら、わりとストンと眠りに落ちていったのだった。

 

おしまい

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(※1)ukaのヘアオイルは重くなく、結構さらっとしていて使いやすい。湿気のある季節には特に重宝した。香りはあまり持続しないが、ちょっとアロマっぽい柑橘の香り。乾燥毛だとドライヤーで乾かす時にはちょっと物足りないけれど、スタイリングの仕上げにつけるには重宝する。

 

(※2)キュレルのバスタイム モイストバリアクリームはお風呂のバーに引っ掛けて使えて場所も取らないし、保湿力もあって本当に楽チン。香りの良さなど癒し要素はほぼないけれど、作業としての保湿ならこれが最高。商品開発ありがとう

(※3)KANEBOUの諭吉ファンデ、ライブリースキンウェアが本当に本当に良く、確かな価値を感じたため、シリーズの新しいファンでも試してみたい。ライブリースキン ウェアは本当に塗った感なく、「昔から肌だけは綺麗なんですよね……」という気持ちになれる。好きすぎてインスタにも愛を綴った。

 

(※4)ロムアンドの眉マスカラ、しっかり染まりすぎでは??眉マスカラって「ある程度色を抑える」アイテムだと思っていたけど、これはしっかり色付くので嬉しい。眉の存在感のコントロールは顔の印象に関わるので、値段的に見てもありがたい商品!