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わたしのブログ

全自動お茶汲みマシーンマミコと愛の日々

気づけば2ヶ月、マミコはプライベートでテツくん以外に会っていない。金曜の夜から日曜の夕方まで、テツくんの部屋で過ごす週末を繰り返している。テツくんと正式に付き合い始めたわけではない。スガワラさんに捨てられ、自暴自棄になったテツくんのそばに、マミコが勝手に寄り添っている……というのが実態に近い。

 

テツくんの元・婚約者だったスガワラさんは、マミコとの浮気を知って、スッパリと彼を切り捨てた。テツくんがどんなに言い訳しても、マミコが機械の心臓を軋ませながらテツくんの嘘に協力しても、彼女の心は動かなかった。いやむしろ、マミコの痛々しい演技はスガワラさんの同情を生み、ますます別れの意志を固めたとも言える。

 

テツくんは一応出勤はしているが、週末はほとんど引きこもりだ。表情にも覇気はなく、放っておけばいつまでもベッドで横になっている。出されなければ食事もしない。それほどまでに憔悴している。
じゃあ浮気なんかしなきゃ良かったのに。そんな正論は、マミコの口からは絶対言えない。

 

金曜の夜、オフィスを後にしたマミコはスーパーに立ち寄り、週末用の食材をどっさり買い込んでテツくんの家に向かった。合鍵(そう、合鍵をもらった!)を使って部屋に入り、荒れ放題のリビングを軽く片付けてから料理を始める。仕事後は直帰すると言っていたテツくんは、日付が変わる頃に帰宅した。ひとりで飲んできたようで、ベロベロに酔っていた。一緒に食べようと用意した夕食。は、明日食べれば良いだけなので、本当に全然悲しくない。

靴を脱ぎ捨てたテツくんは、マミコを無視してソファに座り、冷蔵庫からビールを取り出し飲み始めた。今朝より片付いている部屋や、料理の匂いに気づいていないはずないのだが、感謝や謝罪の言葉はない。むしろむっつりと黙ってダルそうである。
……こんな時、スガワラさんなら何て言うんだろう。そもそもこんな扱いを許していない? 頭によぎったくだらぬ問いを、マミコは苦笑して振り払う。だってマミコは人間ではなく、全自動家事マシーンだ。マシーンは主人に逆らわない。マミコとスガワラさんを比較するのは、現実世界のネズミとミッキーを比べるくらい無意味だ。

 

テツくんはマミコを無視するが、帰れとも言わない。作ったご飯は食べてくれる。同じベッドで寝てくれるし、たまにハグだってしてくれる。ビールを飲み干したテツくんは、テレビのチャンネルを無意味に切り替え、大きなため息をついて電源を落とす。風呂にも入らず、マミコがシーツを交換したベッドに潜り込み、すぐにいびきをかき始めた。マミコはテツくんを起こさないよう、静かに空き缶や食器を片付け風呂場に向かった。

 

マミコはテツくんの家の風呂場が好きだ。ちゃんと掃除はしてある(マミコが)し、マミコの家よりバスタブが大きい。何よりラックにマミコ好みの品が揃っている。例えば、シャンプーとコンディショナーは木村石鹸のジュウニ(※1)。固い髪をするんとまとめてくれる上、ボトルもシンプルで悪目立ちしない。クレンジングはアテニアのスキンクリアクレンズオイル(※2)。糖化ケアができるのが嬉しく、メイクもしっかり落ちるのにつっぱらないし、香りも良く、詰め替えもあって経済的。洗顔はカネボウのスクラビングマッドウォッシュ(※3)。泥とスクラブでツルツルになるのに、スクラブにありがちな刺激を感じず、泡立ててゆく過程も楽しい。

 

……2ヶ月前まで、ここにはクリニークのコスメが並んでいた。スガワラさんはすべてをクリニークで揃える女であった。クリニークのシンプルなボトルが風呂場や洗面台のスペースを堂々と占拠していた一方で、マミコのコスメは洗面台の収納に隠すように置いてもらっていた。テツくんがスガワラさんと別れてから、マミコは彼女の残した物を即刻、徹底的に処分した。マミコもクリニークは好きだから、もったいないなと思ったけれど、さすがに好きな男の元カノの、しかも使いかけのコスメは使いたくない。

 

スガワラさんの気配の消えた水回りで、マミコは快適なバスタイムを楽しんだ。フジコの眉ティント(※4)のおかげで、マミコは風呂上がりでも眉毛がちゃんとある。テツくんはろくに見てくれないとわかっていても、モウシロのトーンアップクリーム(※5)でさりげなく肌を整えて血色を加えることも忘れなかった。

 

寝支度を整えたマミコがベッドに入ると、テツくんは寝返りを打って少しだけスペースを空けてくれた。その隙間に滑り込み、テツくんに背中を向けて横になる。誰がなんと言おうと、マミコは幸せだった。テツくんにはマミコしかいない。ボロボロに弱ったテツくんは、マミコを必要としている。……多分。

 

そんなことを考えている時、テツくんが再び寝返りを打った。マミコを背中から抱えるように腕が回してきた。あれ? するの? セックス。想定外だが、マミコはちゃんと諸々のケアしておいた自分を内心で褒めた。けれど、テツくんがそれ以上を求めてくることはなかった。マミコを抱きしめたまま震えている。いや、泣いている。と、気づいてしまえばマミコはテツくんに向き合う勇気はなかった。

……カスミ……。テツくんが元カノの、スガワラさんの名前を呼ぶ。マミコは全身の血液が冷たくなった感覚を得た。手足や内臓、目の奥までが熱を失ってゆくような。ねぇテツくん。ベッドで他の女の名前を呼ぶのって死刑じゃなかった? マミコがマシーンじゃなかったら死ぬほど傷つくところだった。セーフ。……と、マミコは氷のような指先でテツくんの腕を撫でながら思った。

 

啜り泣きが終わると、今度は寝息が聞こえてきた。マミコは枕の下からスマホを取り出しインスタを開いた。フォローせず監視しているスガワラさんのアカウントに更新はない。先週の長野への出張の写真が最新だった。親しい友人向けのストーリーは見る術ないが、少なくともオープンな場には婚約者との別れを匂わす投稿はない。数日前、別のユーザーにタグ付けされたフジワラさんは、お洒落なバルで女友達とワインを空けていた。屈託のない笑顔は眩しく、この数ヶ月で頬のこけたテツくんとは真逆に見えた。

 

早く新しい彼氏を作ってほしい。それでサクッと婚約して、テツくんにもわかる形で周知してほしい。マミコが強く念じていると、知らないアカウントからDMが届いた。スガワラさんかと思って心臓が跳ねたが、そんなわけがない。だって、スガワラさんの世界にマミコはいない。

 

「セリザワさんの不倫相手ってノガミさんだったんですか?」

あまりに唐突。相手はマミコが少し前まで不倫していたセリザワさんが、マミコと同時に手を出していた後輩だった。このためだけにアカウントを作ったらしい。ちなみに既婚者で3人の子がいるセリザワさんは不倫が奥さんにバレて会社を辞めた。都内の戸建てを売り、奥さんの地元で会社を継ぐため引っ越していった。

 

……なぜ今。マミコはうんざりしてスマホの電源を切った。今のマミコにとってテツくん以外の男は心底どうでも良い。まして関係の終わったセリザワさんなど、路傍の石より興味がない。でもコミュ力ゼロでこだわりの強い後輩は、丸く収めるという言葉を知らない。きっとマミコを逃さないだろう。最悪の沼にどんどんハマっている気はするけれど、マミコにとって、今はテツくんの腕の中にいること、それがすべてだ。ルンバはお掃除ロボットなのでご飯を炊く機能はないし、全自動お茶汲みマシーンのマミコに未来を憂う機能はない。マミコはすべてをシャットダウンし、目を閉じて夢の世界に逃げた。

 

つづく

 

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(※1)ジュウニのシャンプー・コンディショナーは固めの髪もするっとまとまる。商品の説明ページも研究の苦労や作り手のこだわりが見えて楽しい。香りが髪に残りづらいので、その後につける香水やヘアフレグランスの邪魔をしないのも良い。

(※2)糖化ケアに惹かれて買ったアテニアのオイルは、香りも落ちも使用感も良く、継続しやすい価格も嬉しい。アロマオイルっぽい香りでバスタイムが楽しくなるので、気づけば何度も買っている。

(※3)少量の水で顔に伸ばす→水を加えて顔の上で泡立てるスクラブ&クレイの洗顔料。毛穴の黒ずみが(多少)改善されたのと、さっぱり感があるのにつっぱらないこと、気持ち良さがあって好き。朝晩毎日使っても良いらしいけど、言うてもスクラブなのでわたしは夜だけ。

(※4)

眉毛があるのとないので雲泥の差。朝のメイクも時短になるし、すっぴんもちょっとマシになる。洋服につくと落ちにくいので、そこだけ注意。

(※5)お泊まり用のクリーム。使用感がよく、肌を本当にほどよくトーンアップ+血色感を加えてくれる。もちろん朝まで塗っても肌荒れ

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第1話はこちらから↓

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