ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

人形をクラスメイトとして扱うことを求められた話

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※人名はすべて仮名です。

 

成人式の日、久しぶりに地元の友人たちに会った。中学から私立に進み、地元とは少し距離ができていたわたしは、最初は同窓会への参加すら迷っていた。けれど会ってしまえば次々と記憶が蘇り、素直に再会を喜べた。

 

少し参加者の減った深夜2時、同じく中学受験組のソウタくんが言った「そういえば、ミミちゃんは今日来てないの?」は、最初冗談だと思った。けれど、その場の数名が「そういえば」「式にもいなかった」「引っ越したんだっけ?」なんて言い出して、わたしは混乱した。参加者を見渡すと、半分くらいはわたしと同じ顔をしていた。隣に座ったコハルも怪訝な顔をしていたので、わたしは彼女にそっと耳打ちした。「ねぇ、ミミちゃんってさぁ……」。

コハルは「え、そうだよね!?」とわたしの肩に手を置いた。微妙な沈黙がふたりの間を漂う。コハルはおずおずと、ミミちゃんの話題で盛り上がる場に口を挟んだ。

「ねぇ、ミミちゃんって……キタノサトミミちゃんのこと?」
「そうそう!女子で連絡とってる人いないの?」
ソウタくんは期待に目を輝かせるが、連絡をとっている子なんかいるわけがない。だってミミちゃんは人形なのだ。

 

……ここからは、あくまでもわたしの覚えている話だ。

ミミちゃんと出会ったのは、小学校3年生の頃だった。担任のチバ先生は当時30代半ばの男性で、背が高くて、はきはき喋る明るい人だった。初めて先生と顔を合わせた母親が「良い先生に当たって良かった」とご機嫌だったのを覚えている。

 

チバ先生は普段は冗談にもノリよく応じ、細かいことには頓着しない大らかさがあったけど、怒ると怖い人だった。例えば、授業中にひとりの男子が騒いだとする。先生は一度は穏やかに「ソウタ、静かに」と注意するのだけど、それでもおさまらなければどうなるか。先生はソウタくんが黙るまで、じっと彼を睨み続けた。……いや、睨むと言うよりは、何の感情も読み取れない目で『見つめた』の方が近いかもしれない。気づいて息を呑んだソウタくんが「ごめんなさい」と謝ると、先生は無視して授業を続けた。不安を感じたソウタくんが「先生、ごめんなさい」「もううるさくしません」としつこく声を上げると、先生は冷たい目で彼を一瞥して言った。「『ツカハラくん』、黙りなさい」。

 

先生は普段、クラスのみんなを下の名前で呼び捨てにしていた。でも、怒っていたり機嫌が悪いと苗字に敬称をつけて呼んだ。一度怒らせると、しばらく無視されることも珍しくなかった。事実、ソウタくんは2、3日いないものとして扱われ、涙目になって困惑していた。ひと月も経たないうちに、先生に逆らってはいけないことをクラス全員が理解した。

 

5月のある日、先生が「転校生を紹介する」と言った。

「キタノサトミミちゃんです」

クラス全員が戸惑っていた。なぜなら、先生が抱いているのはどうみても人形だったからだ。人形というかぬいぐるみだろうか。クッション程度の大きさで布製。髪の毛は毛糸で、青いワンピースを着ていた。顔はのっぺらぼうだった。

 

先生はニコニコと、「みんな仲良くするんだよ」と言いながら人形の頭を撫でた。ミミちゃんは奇妙な人形だった。輪郭は左右非対称で、手足の長さも微妙に違う。明らかに素人の手作りだ。でもおかっぱの髪の毛は一本ずつ植え付けられていたし、ワンピースとお揃いの生地のカチューシャで飾られていた。ワンピースは袖や裾にレースがあしらわれており、ポケットまでついている。その執念を感じる作りの細かさ、それなのに顔のないアンバランスさが、わたしを不安な気持ちにさせた。

その日から、わたしたちはミミちゃんをクラスメイトのひとりとして扱うことを求められた。

先生はどこからか、ひと組の机と椅子を調達してきて、そこにミミちゃんを座らせた。児童用の椅子に腰掛ける彼女は身長が足らず、机まで頭が届いていなかった。それでもわたしたちは、ミミちゃんが教科書がなければ――転校から一週間は「教科書がまだ届いていない」という設定だったため――見せてあげ、椅子から落ちたなら座らせてあげ、給食の時間には、班のみんなが少しずつ、ミミちゃんのお皿におかずをわけた。そういうことを先生は望んだ。

 

奇妙な1年間だったが、ミミちゃんについて特に記憶に残っている出来事がふたつある。

ひとつめは、ソウタくんたちの野球事件。

梅雨の時期だった。顔のない転校生の存在を、最初はみんな理解できずに恐れていた(と、思う)けれど、「そういうもの」として受け入れるのも早かった。子供だったからかもしれないし、そうではないのかもしれない。とにかく、ミミちゃんが“いる”ことはクラスの日常になっていった。

 

掃除の時間、先生が教室を離れてから、掃除用具を使って男子が野球を始めるのはいつものことだった。けれど、その時はボールがミミちゃんになった。目も鼻もないつるんとした顔が「ボールみたい」という理由だったような気がする。女子が止めても、ソウタくんたちはますます調子に乗って、ミミちゃんをホウキで打ち、窓や黒板に叩きつけ、蹴飛ばした。ソウタくんたちのテンションが最高潮に達した時、不意に大きな音がした。後ろの戸の前に先生が立っていた。拳で掃除用具入れを叩いたらしく、取手の上のあたりが凹んでいた。

 

教室が静まり返る中、ミミちゃんを拾いあげ……いや、抱き上げた先生は、辛そうに眉を寄せた。そしてわたしたちに掃除を終わらせるように命じて、ソウタくんたちを連れて出て行った。掃除を終えてしばらくすると、先生だけが帰ってきて、帰りの会が始まった。ソウタくんたちは、ミミちゃんはどこにいるのか。聞く勇気のある子はひとりもいなかった。わたしとコハルはソウタくんたちが心配で、帰りの会の後に先生の後をこっそりつけた。先生が向かったのは、校舎裏にある古い倉庫だ。体育館の横に新しい倉庫が立ってから、こちらはほとんどガラクタ置き場になっている。

 

追いかけたはいいけれど、窓には目線が届かないし、扉も多分閉まっている――そんな風に考えた時、壁に耳をつけるでもなくソウタくんたちの声が聞こえた。泣きながら何かを叫んでいるらしい。

「ミミちゃんは生きています!」
「ミミちゃんは友達です!」
「ミミちゃんには心があります!」

そんな意味の言葉を、何度も何度も繰り返していた。時折聞こえる先生の声は、低くて小さくてよくわからない。その度に「ごめんなさい!」と声が上がって、また「ミミちゃんは生きています」に戻る。わたしとコハルは恐ろしくなってその場から逃げ出した。ソウタくんたちは次の日学校を休み、白いワンピースに着替えたミミちゃんは平然と教室に“いた”。

 

もうひとつは、ユカちゃんの誕生日会。近所で「お屋敷」と呼ばれる、一番大きなお家に住んでいるユカちゃんは、毎年誕生日会を開いていた。誰を呼んだ・呼ばないのトラブルを避けるためなのか、日時を書いた紙を教室に貼り、「来れる人は誰でも歓迎」のスタイルだった。

プレゼントは不要と書いてあったけど、ほとんどの子はささやかなプレゼントを用意した。ユカちゃんはアイドルみたいに可愛い人気者だったし、素敵なお家でご馳走を食べられるイベントを、わたしたちは楽しみにしていた。

 

そんな誕生日会の当日、わたしは先生に呼び出された。場所はなぜか音楽室だった。先生の膝に乗るミミちゃんを見て、さっと血の気が引いた。

 

「今日の誕生日会、ミミちゃんも連れて行ってやってよ」
先生は微笑んでいたけれど、その笑顔が般若に変わる様は簡単にイメージできたから、わたしは言葉に詰まってしまった。

 

「『誰でも歓迎』なんだろう。ほら」
ミミちゃんをグイっと差し出され戸惑う。どうしてわたしなんだろう。わたしが知る限り、先生以外がミミちゃんを教室の外に連れ出したことはない。学校行事でもない誕生日会に、なぜ……。

 

「プレゼント……」
わたしが必死に捻り出したのは、そんな拙い言い訳だった。誕生日会なので、プレゼントがないと参加できないと。

逆光で先生の顔は暗い。でも、口元に白い歯が見えた。先生はやたらと歯並びがいいな、とどうでもいいことが頭をよぎった。

 

「ミミちゃんも用意してるよ。ね?」
先生がそう言いながら、ミミちゃんのワンピースのポケットに手を入れたことに、なぜか強烈な嫌悪を感じた。ミミちゃんのポケットから出てきたそれは、糸に見えた。赤とピンクと白の糸がより集まって輪になって、結び目に星のビーズがひとつついている。先生はそれをミサンガと言った。

 

断る理由を失ったわたしは、泣きべそをかきながらミミちゃんを抱え、ユカちゃんの家に向かった。いっそ行かない方がユカちゃんのためかと思ったけれど、ミミちゃんとふたりきりで過ごすのも嫌だし、後から誕生日会に行ってないのを先生に知られたら怖いと思った。

 

玄関で迎えてくれたユカちゃんのママは、わたしが大きなぬいぐるみを抱えているのを見て、プレゼントだと思ったようだった。「あら可愛らしい」という言葉が社交辞令だったのか、それとも大人にはミミちゃんが可愛く見えていたのか、今でもわからない。奥から出てきたユカちゃんは、わたしが抱えたミミちゃんを見て明らかに動揺していた。女の子たちがはしゃいでいた部屋は、わたしとミミちゃんが入った瞬間に無言になった。みんなの目に浮かんだ「なんで?」が体に刺さる感覚を、今でもはっきり覚えている。けれど、お行儀がよく、わきまえた『ミミちゃんのクラスメイトたち』は誰ひとり本音を口にしなかった。

 

盛り上がりを失った誕生日会は、楽しいパーティーから『予定されたプログラムを、なるべく早く消化して解散したい』という儀式めいた営みに変わった。ケーキを食べ、みんながプレゼントを取り出した。ミミちゃんからの贈り物をユカちゃんに渡すべきか迷った。ユカちゃんが望んでいないのは明らかで、望まれない物を押し付けるのは罪悪感がある。でも……それでも、『先生に言われたから』。わたしにとって優先順位が高いのは、先生の言いつけなのだった。

 

「これ……ミミちゃんからって……」
恐る恐る差し出すと、ユカちゃんの顔がこわばった。みんなも明らかに引いている。「わたしだって嫌なんだよ!」という気持ちは、多分伝わっていたと思う。ユカちゃんは少し戸惑ったあと、明らかに作った笑顔でミサンガを「カワイイ」と言い、お礼を述べた。



……以上がわたしの記憶なのだけど、考えてみると変なところが沢山ある。人形に児童と同じ机と椅子を与え、クラスメイトとして扱わせる。子供の気持ちより、人形の気持ち(?)を優先する。いくら先生の影響力が強いと言っても、そんな奇妙なルールを、子供達みんなが親に黙っていられただろうか。誰かが親に漏らせば、流石に問題になったんじゃないか。けれど、わたしの記憶の中では、1年を通してミミちゃんはクラスの一員であり続けた。4年生に上がるタイミングで、チバ先生の異動と同時にミミちゃんもいなくなった。……わたしはそう、覚えていたのだけれど。

 

ソウタくんやユカちゃんが言うには、ミミちゃんは、5年生までは確実に“いた”のだそうだ。「5年生のクラス替えで自分とミミちゃんは離れた。その後、変な時期に転校していった」とふたりは口を揃えた。学年は3クラスで、5年時点でユカちゃん、ソウタくん、そしてわたしはそれぞれ別のクラスだった。ユカちゃんとソウタくんが「離れた」と言うなら、ミミちゃんはわたしのクラスにいたことになる。けれど、わたしには勿論記憶はない。わたしと同じクラスで卒業した、コハルも同意見だった。

 

ソウタくんが言う。
「俺、バレンタインにチョコをもらった。初めてだったから覚えてる」
……人形のミミちゃんで悪ふざけして、あんなに奇妙な罰を受けたのに、忘れたなんてありえるの?

 

ユカちゃんが言う。
「私はミミちゃんが転校する日、ミサンガをもらった記憶があるよ」
……わたしの記憶では、ユカちゃんがミサンガを受け取ったのは誕生日会なのだけど。

 

食い違う記憶を正したかったのに、なぜかその時は言葉が出なくて、何も言えなかった。

 

ちなみに、ソウタくんたちの語るミミちゃんの特徴は共通していた。肩くらいの髪。小柄で色白。目が大きくて、いつも品の良い服を着ていた。あとは体が弱くて体育はいつも見学だったと。

 

彼らから見れば、実在したクラスメイトを「人形だった」なんて言うわたしたちがどうかしていたのだろう。特にソウタくんとユカちゃんは、ムキになってミミちゃんとの思い出を語った。さして親しいわけでもない同級生のことを、どうしてそんなに? と思うくらい、ふたりの記憶は鮮明だった。



ちなみにその飲み会の場で、わたしと同じくミミちゃんを人形として記憶していたのが3割くらい。ソウタくん、ユカちゃんをはじめ、ミミちゃんは実在したと主張するのが2割。もう2割ほどは「いたような、いなかったような」「そういえば、人形がクラスにあった気はするけど」と曖昧で、あとの3割はチバ先生のクラスでなかったため、何も知らないとのことだった。

 

6年生になる前に転校したらしいミミちゃんは、当然卒業アルバムにも載っていない。……というかあれ以来、わたしは小学校時代の写真を見るのを避けている。正直に言えば怖いのだ。何も確認したくない。人形も、自分の記憶にないクラスメイトも。

 

楽しかった飲み会は、なんだか不気味な後味が残った。一応みんなと――ソウタくんやユカちゃんとも連絡先を交換したものの、友情が復活することもなく、今もすっかり疎遠である。

 

地元に残っている中で、唯一友達と呼べるコハルとだけは、たまにこの話をする。ミミちゃんは何だったんだろう。ちなみに大学卒業直前の2月、ユカちゃんは失踪した。ソウタくんとも今は連絡が取れないらしいけど、たぶんこの話とは関係がない。

 

おしまい

 

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