ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

嘘は加速する

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22時、日暮里駅近くのセブンイレブン。わたしはコピー機の前に立っていた。プリントアウトされた「仕事やめろ、迷惑」の文字。

 

嘘は加速する

まーくんと付き合い始めて2年と少し。同棲開始から半年が経つ。概ね順調な交際だけど、ぎくしゃくしていた時期もある。原因は彼の妹だった。

 

まーくんと妹は少し年が離れており、当時妹は就活中だった。続々と届く不採用通知に自信が削られていく中で、彼氏と親友が浮気したとかで、彼女は精神のバランスを崩した。さほど仲の良い兄妹ではなかったはずだけど、地元が遠方なのもあってか、彼女は頻繁にまーくんに連絡を寄越すようになった。時には泣きながら電話をかけてくることもあり、責任感の強いまーくんはそんな妹を放っておけない。呼び出されれば慰めに行き、就活のアドバイスをしたり、時には小遣いをあげたりしていた。

 

最初は理解のある彼女を演じて「行ってあげたら」なんて言っていたわたしも、ディズニーランドで置き去りをくらった時は流石にムカついた。ケンカは次の日、わたしの部屋に持ち越しになった。始めは平謝りだった彼も、いつまでも機嫌を直さないわたしにうんざりしたようで、「でもあいつ今弱ってるんだよ。君は悩みなんかないんだから」と言い放った。

 

悩みのない女なら置き去りにしていいってわけでもないだろう。そう反論すれば良かったのに、『悩みがない』と言われたことがなぜか無性に悔しくて、「……ないわけないじゃん……」なんて言ってしまった。咄嗟に口から出たわりに、何だか深刻なトーンになった。

 

その場で悩みを考えてみたけど、仕事もうまくいっていたし、恋愛も、まーくんの妹の件以外には特に大きな不満はなかった。あれ?わたしってけっこう幸せ?我慢してあげるべき?と思いかけたその時、まーくんがはっとした顔で頭を下げた。「ごめん。俺の前ではいつでも明るいから、悩んでるなんて気づかなかった」。そのまま優しく抱きしめられて、わたしはなんと、泣いたのである。生理前だったからかもしれない。

 

堰を切ってしまうともう止まらず、わたしは理由なき涙で彼の胸を濡らし、しゃくり上げるほどにわんわん泣いた。泣きながら「なんだか大きな悩みを抱えてる風になってしまったな」と焦った。悩み……なんだろ……将来の年金、とか、かな……。

 

まーくんの妹は内定が出て、新しい彼氏ができたとたんに連絡してこなくなった。こうしてわたしがデートの途中でほっぽり出されることもなくなったのでした。めでたしめでたし。

……で、終われば良かったのだけど、わたしは彼に甘やかされる味を覚えてしまっていた。それは罪悪感なんか余裕でぶちのめす快楽だった。

 

彼に慰められる度、もう生理前なんかでは説明のつかない涙があふれた。大丈夫だよ、泣いていいよと頭を撫でられると、何だか本当に辛い思いをしているような、それでいて健気に耐えているような気がして気分は朝ドラヒロインだった。

けれど一方で、そんな名演技をかます自分を冷めた目で見ているわたしもいた。流石にやばくない?大丈夫?これって何かの病気なのでは???

 

そこから3ヶ月くらいはよしよし、えーんえーんで過ぎた。でも、一向に具体的なことは話さず(なんとなく、職場の人間関係が上手くいってない感じは匂わせてみたけど)、事態を進展させないわたしにまーくんは呆れ始めたようだった。

「ずっとこのまま泣き暮らすの?店長に相談してみたら?転職するなら協力するよ」。ごもっともすぎて泡吹いた。

 

まーくんの同情が薄れていく。わたしは焦ったし、ムカついた。もしかして疑われてる?ひどい!

(ちなみにこの「ひどい!」に言動の真偽は関係ない。わたしが連続殺人犯だとしても、まーくんは潔白を信じるべきなのだ。死亡推定時刻に毎回連絡がつかなくても、ポーチから青酸カリが出てきても、だ。)

 

わたしは考えた。同情を引けるエピソードの中身を作ってみようか。やはり職場のいじめが無難か。でもわたしは駅ビルのアパレル販売員だから、彼はわたしの職場に立ち寄れてしまう。具体的な名前を出して、本社にクレーム入れられたらどうする?困るよ……そりゃ、この前副店長に怒られたけど、原因、わたしの遅刻だからさ……。

 

考えた末に思いついたのは、『匿名の嫌がらせを受けている』だった。『表面上は仲の良い職場。でも誰かに憎まれているようで、地味な嫌がらせが続いている』。嫌がらせの内容は、そうだな……。ベタだけど、中傷されてることにしようか。ネットはちょっと危ないから、『悪口が書かれた紙が時折バッグに入ってる』。これで行こう。筆跡がばれないようにプリントして、荷物に忍ばせておく。中途半端にアナログないじめだ。

犯人は、笑顔で挨拶を交わす職場の誰か。相談しようにも、相談した人が犯人かもしれない恐怖。情緒不安定になるのも無理はない。

 

捏造した証拠は、彼に見つけてもらうことにした。まーくんに借りたデジカメを、わざとバッグに入れっぱなしにした。食器洗い中のわたしは「バッグの中に入ってるから、とっていいよ」と彼を促す。かばんを開けた彼は想定通り、不自然に折りたたまれた紙に気づいた。

「……これ、職場の人が?」
「あっ!ち、ちが……

嘘はついてない。わたしはちゃんと否定した。


「じゃあどうしたの」
「あの。それは……じ、自分で……」
ここでまさかの真実である。
そんなわけないとまーくんは言うが、残念ながら、そんなわけが、あるんですよね……。

うつむいて涙をこぼすわたしを、まーくんは以前と変わらない、いや、それ以上の温度で抱きしめてくれた。わたしは泣きながら、創作したシナリオを披露した。たまに時系列を乱したり、わざと話に穴を開けたりして、リアルな混乱と不安を演出。まーくんは許せないと憤ったけど、今の職場でがんばりたいというわたしの意志を尊重してくれた。「その代わり、また何かあったら必ず教えて」。おっけーまーくん、これからもわたし、脚本・演技とがんばるね……。いや、マジでごめんなさい……。悪いとは思ってるからね……。

 

同情や優しさはクセになる。受けるわたしはもちろんのこと、与える側のまーくんも同じだ。男の人は、自分が救えるサイズの不幸を抱えた女が大好き。だけど、変わりばえのしない不幸では飽きて面倒になるらしい。やりすぎないよう回数を抑え、味付けに工夫をしながら小出しにするのがいいみたいだ。

 

明日はまーくんがわたしのぶんもまとめてクリーニングに持っていってくれる日だから、中傷文をジャケットに仕込んでおこう。スマホでつくった文章を、セブンイレブンで印刷する。ネットプリント、本当に便利。今回プリントするのは、「ブス」と「仕事やめろ、迷惑」の二種類。どちらをポケットに入れようか……あ、ついでにアイスでも買って帰ろう。まーくんの好きなやつ、あるかな。

 

その時ぼんやりしていたことを、わたしは生涯悔やむだろう。

後ろから近づいてくる男の人。身長180センチ、ソフトマッチョな黒髪スーツ、高橋真成。まーくん。

「何してるの?コピーなら家でできるのに」

 

そこからのことは記憶にない。

「『仕事やめろ』?何これ。……は?どういうこと?」

 

おしまい

 

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