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わたしのブログ

ブスは呪い

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新卒で入社した会社の同期に、とても綺麗な女の子がいた。
初めて会ったのは集団面接。リクルートスーツ、黒髪、無難なメイクで個性を消された就活生の中で、彼女は一際目を引いた。ハーフアップにした艶のある長い髪と、小さな顔の中の大きな瞳が印象的だった。


数ヶ月後、内定者懇親会で会って驚いた。彼女が受かると思わなかったわけではない。彼女は名門大学の学生で、受け答えにも聡明さがにじみ出ていた。どこでも採用されそうな彼女が、従業員200人ちょっとの無名企業を選んだことが意外だったのだ。15人ほどの同期の中で、私と彼女だけがデザイナー職の採用だった。


次に会ったのは入社式。彼女は長かった髪をばっさりと切ってくせ毛の目立つショートにしていた。化粧っ気もなく、古いデザインの眼鏡をかけていた。雰囲気違うねと声をかけると、これが本当の私だと答えた。元からファッションにもメイクにも興味がなく、就活や懇親会用のメイクはお姉さんにうるさく言われてしていたのだという。私たちの仕事は自社製品のデザインで、服装や髪型の規定はない。それも入社の決め手だったらしい。


ある日の出来事

その日、プレゼンを終えた私は徹夜の疲れで会議室で仮眠を取っていた。その会議室は比較的大きく、普段は移動式のパーテーションでふたつに分けて使っている。
私を目覚めさせたのは、そのパーテーション越しの話し声だった。ホチキスの音もする。若手の男性社員が数名で資料を作っているようだ。定時を過ぎた気楽さからか、談笑しながら作業している。薄いパーテーション越しの会話は丸聞こえだった。態度の大きい取引先の愚痴、同僚の転職の噂、上司に連れて行かれたキャバクラの話。
目が覚めても体がだるかったので、私は机に体を預けたまま再び眠りに落ちようとしていた。

 


「今年の新卒は微妙だな」
30手前の営業社員の声だった。
いきなり話題の当事者になって眠気が遠のく。盗み聞きに多少罪悪感はあるものの、今更動けない。私は話し声に意識を向けた。
営業部には数人の新卒が配属されていたが、どいつもこいつも使えない、というのが彼の主張だった。それを周りがなだめたり、同調したりしてどんどん声が大きくなっていく。


「デザイン部の新卒もさ、期待してたのに大したことないよな。ひとりはドブスだし」
小さく息を飲み込んだ。
先にも書いたが、デザイン部の新卒は私含めて2人しかいない。確かにわたしはダチョウ倶楽部のリーダー肥後氏似のなかなかパンチの効いたブスだが、メイクや服装で努力して普通を装えているつもりだったし、その営業社員には何度か飲みに誘われていた。陰で嘲笑うためだったのかとまで考えて、一瞬で心臓が冷たくなった。


「別にブスとは思わないけど」
「いやあいつはブスだろ、ブスだね!絶対ブスだ」
ブスブス連呼しているのは先の営業社員だが、彼はどこにでもいる普通の自称ドSのクソ野郎だ。自分は辛辣で鋭い指摘や物言いが出来、周りを楽しませる下ネタが言えると思い込んでいるスタンダードなクズである。毒舌芸人からユーモアを全抜きした無礼マンであり、今も周りの苦笑でウケたと勘違いしている。


「ブスなだけじゃなく生意気だし、この前も……」
無礼マンが語り出したエピソードは要約すると『俺の超絶面白い下ネタに笑わなかっただけじゃなく、不愉快ですと吐き捨てた』というものだった。ここで気がついた。これは私の話じゃない。同期だ。
無礼マンが言う『ブス』は、私ではなくて美人の同期のことだったのだ。

 


美人がブス?

ーーこんな書き方をすると、人によっては「私は美人の同期より評価が高かった」と自慢しているように感じるかもしれない。だがそうではない。私は上記の通りブスだし、同期は本当に綺麗な子なのだ。内定者懇親会の写真を見せた友人たちに「彼女は読モか何か?」「素材が違う」と深く同情されたくらい差は歴然だ。顔の小ささ、首の長さ、目の大きさ、何ひとつ敵う要素がない。


その上、彼女は正しい人だった。
間違っている思えば上司だろうが意見したし、小さなことも曖昧にしない。期限や約束は必ず守り、相手にも同じ誠実さを求めた。
そんな彼女が最も嫌うのが性別や出身など、自分の努力で変えようのない事柄への下品なイジりだった。その矛先が自分か他人かは関係ない。そんな彼女が無礼マンとぶつからないはずはない。入社半年で、私が知るだけでも3回は衝突していた。


話を戻すと、同期がブス扱いされている事実に私は呆然としていた。
無礼マンはおそらく、どんなに腹が立っても男性相手であればブサイクなどとは言わない。ブスという言葉が女性を傷つけると知って使っている。その場に本人がいなくても、だ。
周りの男性たちも、「ブスじゃない」「キモくない」とフォローは入れても、誰も美人とは言わなかった。口論する気がなかったのかもしれないが、私にはそれも衝撃だった。

 


ブスとは……

男性の言う『ブス』は、言葉のまま顔の良し悪しを示す場合ももちろんあるだろう。しかし私には、生意気、自分の思い通りにならない、さらには自分の立場を脅かす女、という意味を含んでいるように思える。少なくとも、同期が最初から媚びへつらっていれば無礼マンもこのようなことは言わなかったのではないか。彼女は正論で相手を打ち負かす。反論の余地がないことがわかっているから、彼はせめてもと幼稚な言葉でブスの烙印を押す。


自分がブスではない理由を述べられる人はとても少ない。周りのみんなに可愛いと言われた、彼氏が途切れたことのない、なんてレベルでは説得力に欠ける。お世辞、からかい、ブス専、その他。説得力のある理由を考えてみたが、有名大学のミスコンファイナリストや、『なりたい顔ランキング』の上位の芸能人くらいではないだろうか。しかも、過去美しさを認められていても今がブスでない保証はない。


芸能人や美容関係の職種は除いて、本来恋愛以外の場において美醜は影響しないはずだ。最低限の清潔感さえあれば、実家が何色のバスタオルを使っているかくらい関係のない話のはずなのに、人は常に自分と他人の容姿を気にする。

「お前の実家、バスタオル黄緑!!」などと言われても首を傾げて終わりだが、「ブス」と言われると「関係ない」とわかっていても、どうしても気になってしまう。


ブスという言葉は呪いに似ている。

それは悪足掻き以外の何ものでもない。何の拘束力もなく、発言に知性もいらない。……けれど、確実に悪意は届く。呪いを受けた方は良い大人だからと、気にせずいることを求められる。

 


すぐに忘れられる人もいれば、そうでもない人もいる。他人の肯定的な評価を受けて克服できる人、逆に褒め言葉を素直に受け取れなくなる人、数年たってもふとした瞬間に思い出しては化粧品を買い漁らずにいられなくなってしまう人。


これは主観だが、男性の場合は「ブサイク」より「ハゲ」「デブ」といじられることが多いように思う。私に言わせればその方がまだマシだ。はっきりと鏡と数値で自覚できるからだ。ショックを受けても植毛をすれば、あるいは痩せれば抜け出せる。けれどブスは、基準がない。だから言われたほうはいつまでも引きずるし、相手を簡単に、無条件に傷つけられるので言った側は勝った気になる。


無礼マンの言葉を借りれば、私は「まぁ可愛いっちゃ可愛い」そうだ。
それは顔立ちの話ではなく、男性社会で無意識に媚びた態度込みだ。そんな評価に価値などないと知りつつ、「ブス」が自分の話ではないとわかって確かに安堵したあの日のことを、私は忘れないだろう。

 

蛇足

無礼マンの「期待してたのに」発言だが、どうやら私たちの入社前、人事が『滅茶苦茶綺麗な子がデザイン部に来る』と噂を流していたらしい。もちろん私ではなく同期のことだ。確かにきちんとメイクをした彼女は本当に美しかったので、人事が舞い上がるのも無理はない。噂を聴いて浮き足立っていた彼らは、入社後の地味な装いの彼女と、一応女らしい格好の私を並べ見てまぁどちらかといえばこっちか……と判断したようだ。
サラサラの髪にしてみても、体型をよく見せる服を着ても、ダチョウ倶楽部肥後氏。女装した中年男性では限界がある。それは正直すまんかった。……と、書きながら思ったけど全然すまなくない。むしろ被害者だしウケる。
けれど、私が出来うる限り美容に気を使って小綺麗を装うのは、そうすることで男性社会から手を差し伸べられるのがわかっているからだ。
根深い。


20160913 追記

本文中で「ダチョウ倶楽部肥後氏に似ているブス」と個人の名前をお借りして書いたこと、確かに軽率でした。謝罪します。大変申し訳ありませんでした。
肥後さんは人の良さそうな優しい顔立ちで、決してブサイクではありません。ただ、20代女性であるわたしが中年男性を想起させる顔立ちであることは、やはり美人要素ではないと思っています。
ご指摘いただいた数名の方に感謝します。ありがとうございました。

 

※この記事は自分のnote(https://note.mu/shiraiyo_/n/nca579b9a8eb7)からの転載です。