
これは某月某日、友人の凪咲とお茶をしていた時の会話。場所は日比谷。時刻は16:20。わたしたちは17:10からの映画を予約していて、時間つぶしにカフェに来た。彼女の頼んだフルーツティーはガラス風のプラスチックのグラス、わたしのホットコーヒーはロゴ入りの分厚いコーヒーカップに入っている。
凪咲は黒いワンピースの上に同色のシャツを羽織っており、染めたてのピンクの髪色が映えた。毛先がやや跳ねた短めのボブが顔の小ささを際立たせている。指には幅の広いトムウッドのリング。濃い赤色に塗ったネイルはやや剥げている。
「あ〜彼氏欲しい」
「めずらしい。急にどうしたの?」
「今ハマってるドラマが恋愛もので……ちょっと影響されちゃったかも」
「特に気になる人がいるわけじゃないんだ?」
「いないよ。全然出会いないもん」
「ならマチアプとか始めてみたら?」
「うーん、いやでも、アプリはなぁ……」
「……(わたしが総理大臣になったら、マッチングアプリも入れないくせに「彼氏ほしい🥺」とかほざく女を全員豚箱にぶちこみます。出会いがないという言い訳は、マチアプが普及した時点で死んでいます。マチアプなんて『不自然な』出会いに抵抗がある? じゃあ聞きますけど恋愛感情なんて生々しくてキモいくせに繊細なものを、関係を壊すリスクを犯して既存の知人にぶつける勇気があるんですか? って話。新しい『自然な』出会いを待つの? イケメン転校生とぶつかるまで食パンくわえて町中を駆け回る気概があるわけ? それとも駅の本屋で偶然同じ本に手を伸ばした相手(20代後半身長170センチ以上痩せ型趣味映画読書年収600万円以上独身彼女なし※本の趣味はキモくないものとする)とお互い一目惚れする奇跡を信じる? ていうかそこまで好みが固まってるならアプリで条件検索しろよ)あれ、前やってなかったっけ?」
「3年前ね。でも全然いい人いなかったなぁ」
「(なるほどなるほど)ちなみに何人会ったんだっけ?」
「5人くらいかな」
「(ご、ご、ご、5人? たったの5人? あ、あの〜……せめて100人会ってから言うてもろうてええですか? 会社の同僚、大学の同期、行きつけのお店の店員、たまに近所ですれ違う、柴犬を連れたお兄さん。濃淡はあれ、あなたはきっと、これまでの人生で100人以上の男性と関わってきたはずですね。その上で、その上で今、あなたの隣には誰もいない。今まで出会った100人の中に見当たらなかった素敵な人(もちろん独身彼女なし)が、どうしてアプリならすぐ見つかると思うんですか?)ちょっと見切りつけるの早くない?」
「でもさ、知らない人と会うのって疲れるじゃん。メッセージのやりとりもだるいしさ」
「(甘えるな。平日は2日アポを入れろ。週末は昼と夜に分けて4人に会え)わかる〜」
「メッセで1ヶ月くらいやりとりしても、実際会ってみたら全然印象違ったり……結局運みたいなとこあるよね」
「(当たり前では!?!?)(出会いなんかクジだよ。でも引かないクジは当たらないだろ。2ヶ月に一度東京大神宮に願掛けに行き心頭滅却して引き続けろ。そして自分も相手にとっての当たりクジになる努力を惜しむな)そうだね」
「あと、なんかああいうアプリって自分がカタログの商品になった気分にならない? 年齢とか年収とか身長とか、そういうスペック──説明書きを写真にくっつけて、見た人に右に左にスワイプされるのって、やっぱ感覚的に気持ち悪いよ。自分が選ぶ立場でもそう」
「(現実世界でも、わたしたちはじゅうぶん商品なのでは?)なるほどね」
「萌くらいモテるなら楽しいのかもしれないけど」
「(は?)え?」
「今の彼氏もアプリで出会ったんだよね?」
「うん」
「死ぬほどいいね来るでしょう? 萌、彼氏途切れたことないもんね」
「(途切れたこと? あるわけないじゃないですか。いいですか、あなたと違ってわたしはね、恋愛してないと死ぬんです。そういう種類の魚なんです)(魚?)(初めて彼氏ができたのは中3の冬で、相手は名前すらおぼろげな隣のクラスの同級生でした。だけど告白された時、わたしの胸には人生で感じたことのない喜びというか嬉しさというか生きてる実感がわいてきたんです。どうしてだかわかりますか? それまでのわたしは、3年1組の30人いる生徒の1人でしかなく、人気者の花音ちゃんの100人いる友達のうちの1人でしかなかった。常に背景であり脇役、いてもいなくてもさして変わらないモブ。そんなわたしが、彼の唯一無二の恋人に選ばれた)(恋愛って、わたしみたいな普通の女が、一番手軽にヒロインになれる営みなんです。遠い国の紛争には1ミリも心が動かないのに、彼から半日連絡がないだけで、わたしは号泣できました。恋愛というドラマの中でだけ、わたしは主人公になれるんです)うーん……まぁ……」
「本当に羨ましい。私なんて、最後の彼氏と別れて4年も経っちゃった」
「でも、充実してそうじゃない? 仕事も楽しいって言ってたし(そう。あなたは自分の人生の主人公。恋人の有無でその座が揺らいだりしない。誰かにヒロインにしてもらう必要がない)(比べてわたしの人生の主人公って、わたし自身じゃなくて、『◯◯くんの彼女』なんだろうね。そして彼氏と別れた途端、わたしは◯◯くんの彼女という役名を失う。名無しのモブに戻る。存在する理由がなくなる。自分の輪郭が曖昧になる感じがする。風景に溶けて消えてしまうような、ふいに吹いた強風に体ごと攫われてしまうような)(とても怖いし、不安だよ)」
「それはそうだけど……はぁ、私も萌くらいモテたらなぁ」
「え? 凪咲ってモテたいの?」
「モテたいよ。いま人生で1番モテたいかも」
「そう。じゃあ(今から結婚相談所行こう。でもその前に美容院で髪を落ち着いた色に染めて内巻きにセットしてメイクやりなおしてネイル落とそう。今後は彼氏ができるまで男と会う予定以外は入れずに過ごそう。主義主張を捨てchatGPT並の全肯定をするが決して知識はひけらかさず語彙を6分の1にしてモードでお洒落な服を捨てモテ服を着て、とにかく見た目も中身もほどよいダサさを狙って生きよう)(モテたいって、自分に好意を持つ男性、自分と交際したいと思う男性の数を増やしたいって意味だよね? 少なくとも、わたしの『モテ』はそういうモノ。一刻も早く次の◯◯くんを探すための努力)(どうしてパパの娘とかママの娘とか、そういうものでは満たされないんだろう)(あぁ選ばれてないからだ。誰かのたったひとりに選ばれたという印がどうしても必要なんだわたしは)(あとさモテたくてモテたなら、寄ってきた男の中からちゃんと選べよ? ほしいのは『好きな人』じゃなくて『彼氏』でしょ? 男性たちをかき集めといて、ピンとこないから該当なしなんて直木賞みたいなことはやめてね?)(でもこれ口に出したらさ、きっと「そこまでして……😅」って苦笑するよね? 目に浮かぶ。そしてその通り。あなたは彼氏なんか欲しくないのです。パンがなければお菓子を食べれば良いかもしれんけど、好きでもない菓子を食うくらいなら拙者は餓えたままでおるのでござる、という清貧武士みたいなマインド)(あなたは彼氏がいなくても死なない女。大きく開けた口に美味しいパンが放り込まれるのを待っている)(わたしは口が空いたら手当たり次第に菓子を貪り食っています。彼氏がいないと死ぬ魚であり、食ってなきゃ死ぬ豚ですので)(は〜滑稽滑稽、ほんと笑える)(だけどあなたのような女の方が、ある日突然飛んできたパンを上手にキャッチできたりしちゃうんだよな)(そ〜いうことで、今後は二度と、わたしの前で彼氏がほしいなど言わないでくださる????)(と、思うのですが彼氏がいないと死ぬわたしのような女の方がどう考えても異常ですので、やはり黙っていることにします)」
「なに?」
「……なんでもない。そのうち良い人が現れるよ😅」
おしまい
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