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わたしのブログ

わたしはいつも選ばれない(とか言ってるからダメなんだろな)

わたしたちの友情が壊れたのは数年前の忘年会で、場所は地元の居酒屋だった。これといった特色のない個人経営の飲み屋で、1階が調理場とカウンター、2階が座敷になっている。

わたしとハルノ、リオナとシホとアスカの5人は中学時代の同級生だ。どんなに忙しくても年末だけは予定を合わせて、未成年の頃はシホの家、成人以降はこの店で忘年会をするのが恒例だった。地元から少し距離のある居酒屋は、ちょっと立地は悪いけど、他の同級生には会わずに済むのが魅力だ。その上、シホのおばあちゃんの家から歩いて5分。シホの家は地主で、おばあちゃんの家の敷地にはシホが自由に使える離れがある。店の営業時間が終わったら、その離れになだれ込むのがパターンだった。

 

その時、わたしたちは26歳だった。帰省したみんなが例の居酒屋に集まったのは、リオナが将来を約束した恋人に、「やっぱりママが認めてくれない」なんて理由で婚約破棄された――しかも「良かったら愛人になってほしい」と最悪のオファー付き――クリスマス直後の出来事だ。当然リオナは荒れに荒れ、その日は死ぬほど飲んでいた。それに付き合うわたしたちもついつい酒が進んでしまい、今までにないほど全員が酔っ払っていた。……そう、タイミングも悪かったのだ。

 

話題が話題だったとはいえ、忘年会の雰囲気は決して悪くなかった。いつも澄ましたリオナが子供のように泣き言を言う様は可愛らしかったし、いくらでも話を聞いて慰めてあげよう、甘えさせてあげたいという気持ちがみんなにあったからだと思う。

 

不穏の始まりは、ひと通り愚痴を吐き出し、涙でマスカラの溶けたリオナが、「何か景気の良い話を聞きたい! ハルノは最近何かないの?」と水を向けたことだった。東京の大企業で働くハルノは、華やかな私生活を頻繁にSNSにアップしている。職場、マッチングアプリ、合コンに紹介と、出会いにも事欠かないらしく、会うたびに別の男と付き合っていた。最初こそ珍しく「みんなに話せるようなことはない」とかわしてみせたハルノだけれど、困ったように眉尻を下げるその口元、とっくにリップの落ちた口角は、何かを話したくてたまらないとでも言うようにヒクヒクしていた。破裂寸前の風船みたい。つついて破裂させるのは簡単だった。

 

「うーん……じゃあ話すけど、引かないでね?」
もったいぶっていたものの、本当は誰かに言いたくてたまらなかったのだろう。まさに堰を切ったように、ハルノは不倫を告白した。

半年前から、ハルノは職場の上司と付き合っている。上司は12歳上の既婚者で、一人娘は小学生だとか。夫婦仲は冷め切っており、向こうには男の影もある。そもそも上司とその奥さんは、元から特別好き合っていたわけではなく、子供ができたから結婚しただけ。ハルノの新卒入社時点で、彼はハルノにひとめ惚れしていたそうだ。しばらく接点がなかったが、今年の春の人事異動でハルノは彼の部下になった。日々の業務の中で仲が深まり、初夏の出張で決定的になった。ハルノは彼が「今までの人生で1番好き」で、彼は「自分がこんなに人を愛せるなんて思わなかった」とハルノの前で涙したとか。自宅に居場所のなく、会社では大きな責任を負う彼を、ハルノは公私ともに支えている……たしかそういう話だった。

 

ハルノの話はありふれた不倫だけれど、わたしが気になったのはむしろ話を聞くリオナの態度だった。「それで?」「それから?」「なんで?」と相槌を打つリオナの声は冷たく、心なしか目も座っていた。リオナの両サイドの席にいたシホとアスカが心配そうに目配せする。異様な空気の中、ハルノだけが夢中で喋り続けていた。

 

「……シングルマザーなんていくらでもいるのに。金目当てで離婚しないなんて本当に卑しいよね」
ハルノが彼の奥さんへの憎悪を嘲笑とともに吐き捨てた時、リオナが空のジョッキをテーブルに叩きつけるみたいに置いた。割り箸が驚いたように飛び上がり、テーブルの下に転がり落ちる。俯いたリオナの顔を、サラサラの栗色の髪が隠して表情は見えない。数秒間の沈黙があった。

 

「バカじゃねーの?」
その尖った声色に、なぜかわたしの胃がキュッとなる。リオナは顔を上げ、まっすぐにハルノを睨みつけた。

 

「人の家庭を壊しておいて、なに真実の愛みたいに語ってるの? 子供がいようと、あんたのことが1番好きならどんな条件でも飲んで離婚するに決まってるじゃん。不倫相手な時点で子供以下。つまり家族以下で奥さん以下。なんでそんなこともわかんないかな」
あまりの辛辣な物言いに場が凍る。その後もリオナは、諌めようとするシホとアスカを無視して、不倫どころかハルノの人格までもを否定するような言葉を続けた。

 

「……嫉妬されても困るんだけど」
ハルノは口元に笑みを浮かべて言ったが、その頬は引き攣っている。膝の上の手が怒りで震えているのを見たのは、彼女の隣に座っていたわたしだけだろう。ハルノの右手は左の手首を守るように、すがるように握りしめていた。ニットに隠れた左の手首に男物の腕時計が巻かれているのに、そのとき初めて気がついた。Cartierだった。

 

「自分が選ばれなかったからって、わたしまで同類にするのやめてよ」

「あ?」
そこからは阿鼻叫喚。リオナが手元のビールをハルノにかけたのを皮切りに掴み合いになり、ポテトフライが宙を舞い、グラスが割れ、なぜかアスカのスマホの画面までバキバキになった。周りの客にはがいじめにされても、ふたりは荒い息のまま睨み合うのをやめなかった。毎年長居を許して会計の端数をおまけしてくれた店主も激怒し、わたしたちは店を出禁になった。号泣するリオナをとりあえずシホが連れ帰り、ハルノは黙ってタクシーに乗り込んだ。とっくに終電はない。ポツンと残されたわたしとアスカは、仕方なく地元まで小1時間歩いて帰ることにした。

 

……その時アスカから聞いたのだけど、リオナがあそこまで激昂した理由は、彼女の家庭環境にあるらしい。リオナが中学に入ったばかりの頃、父親の不倫が発覚した。心身を病んだ母親の代わりに、リオナは父親に不倫相手と家族の選択を迫った。13歳の女の子が、万がいち女を選ぶなら、もう二度と会わないし許さないと啖呵を切って。父親は家族を選んだが、相手の女が納得せず家に押しかけたこともあるそうだ。最終的には別れさせ、女から慰謝料も得た。けれど、元の健やかで明るい母に戻ることはなかった。リオナのお母さんは、今でも薬が手放せないという。

 

「……だからさ、リオナが不倫を許せないのはわかるんだよね」
ため息をついたアスカの横で、わたしはまったく別のことを考えていた。

 

……全然知らなかった。

たしかに中学の一時期、リオナは学校を休みがちだった。登校しても上の空。急に泣き出したり黙り込んだり、不安定な日も多かった。理由を聞いても絶対言わなかったから、単に気分の浮き沈みの激しい子だと思っていた。アスカたちだって、当時は「なんで?」って顔してたのに。……いつのまに、そんな深い話をしたんだろう。

 

「わたしとシホがこれを聞いたのも最近なんだよ。去年リオナの帰国とシホの出張が重なって、3人でご飯行ったんだ。急だったからミオとハルノには声かけれなかったけど」
シホの言葉に、頭の中を読まれたみたいにどきっとした。

「あ、……うん」
何でもない返答が、そんなの全然気にしてないよ、みたいに聞こえたように祈った。そんな小さなことを祈った自分が恥ずかしく、さっと視線を地面に落とす。

「あの時もリオナ、かなり飲んでて。打ち明けたって言うよりは、ポロッと出ちゃったって感じ」
「そっか」
「びっくりしたけど、なんか納得もしちゃったな。だけど、いくら付き合いの長い友達でも、リオナの家庭の事情を勝手に話すわけにもいかないじゃない?」
「そうだよね、わかる」
「……でも、こういうことになっちゃうんなら、話しておけば良かったかな。そしたらハルノだって、リオナの前であんな話は……」
アスカが涙ぐむ。わたしは「アスカたちは悪くないよ」と言いながらそっと背中をさすった。チラチラと雪の降り出した夜空を見上げながら、わたしはリオナが自分の家の話をしたのは、たまたま飲みすぎたからじゃなくて、相手がシホとアスカだったからだろうな、と思った。

 

そういう深刻な悩みを打ち明ける相手に、わたしはいつも選ばれない。わたしは頭が良くないので、仮に相談されたとしても大したアドバイスはできない。だけど、酔ったリオナが何年も前に解決済みの親の不倫をふたりに“相談”するわけがないんだから、聞いてほしかっただけなんだろう。聞くだけだったらわたしにもできる。……できるはずなのに、そういう時に、誰もわたしを思い浮かべてはくれないのだ。

 

例えばハルノは、悪気はないが口が軽い。夢中になると周りが見えなくなるところもある。だから打ち明け話には相応しくないのは理解できる。だけどわたしは、少なくとも、言わないでと言われた秘密を他人に漏らしたことはない。だけど、だけど、どんなに口が固くても、話を聞いてほしい相手は、誰にとってもわたしじゃない。そうして選ばれなかった瞬間が、きっと死ぬほどあるんだろう。

 

わたしたち5人は地元は同じでも、今は全員別々の場所に住んでいる。リオナは上海、シホは大阪、アスカは長野でハルノは東京。でもきっと、わたしとハルノを除いた3人は、どんなに離れていても見えないもので繋がっている。わたしはそこに入れない。かといってハルノとの繋がりも強くない。ずっと無視してきた霞みたいなもやもやが、今になってはっきり見えてしまった。

 

街灯の少ない田舎の道をアスカと無言で歩きながら、わたしはハルノでもリオナでもなく、選ばれない自分が可哀想で少し泣き、きっとこういうところなんだろうな、と吐きそうになった。

 

おしまい

 

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