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ひとり芝居【恋愛】-主演 春川ハルキ (後編)

前回の話↓

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第三幕・窓の外

ハルキはスツールに腰掛けたまま、ぼんやりと天井に目をやった。懐かしむように一度目を閉じ、スピーカーからの『声』を待った。

――大学に入学すると、一気に世界が開けた気がした。新たな出会いは刺激的だった。けれど、ハルキにとって1番大切な交友関係は、カイトやフユカら内部進学・カーストトップグループであるのは変わらなかった。

「カイトはあちこちのサークルや部活に顔を出して交友関係を広げていましたが、僕はそうしたいとは思わなかったです。サークルには入ってたけど、それは中学からの仲間のひとりが立ち上げた、非公式の飲みサーです。カイトやフユカも入っていました。いわば仲間内の溜まり場ですね。
僕たちは身内意識が強かった。一貫校なので、どの代も少なからずそういう傾向はあるはずですが、僕たちは特に強固だったと思います。みんな親切で感じは良いですが、身内とそれ以外をはっきり区別していました」


――カイトは中学・高校と女が途切れたことはなかったが、大学で女遊びに拍車がかかった。正式な彼女を作ることはなく、サークル、バイト先、ナンパにネット、あらゆる場で女に手を出した。ただしカイトは絶対に「付き合おう」とは言わないし、むしろ事に及ぶ前に「彼女をを作る気はない」と宣言していた。それでも何度もトラブルになった。

「女の子がね、勝手に期待しちゃうんですよ。最初はセフレでも、関係が深まればそのうち、とか。でも入り口が違えば行き先も絶対違うじゃないですか。渋谷から東横線に乗ったら、いつまで経っても二子玉には着かないんです。それなのに、変な期待をしたまま菊名まで行っちゃう……みたいな子が多かったです」

 

 

 

――ハルキは大学在学中、カイトに入れ上げた女の子がストーカー化したり、SNSが病んでいくのを何度も見た。カイトと親しい『身内』の女子が勘違いされて攻撃を受けたり、キャンパスで刃傷沙汰になるなど、カイトの奔放すぎる振る舞いは、周りにも被害をもたらした。それでも身内はカイトを見捨てなかったし、カイトも身内には手を出さず、嘘もつかなかった。

彼女は頭が悪いからって小説、知ってます? もちろんあんなに酷くはないですが、身内以外の女の子を、ちょっと下に見ているところはあったと思います。カイトに遊ばれてバカだなって。僕達の中では、身内に遊びで手を出さない暗黙の了解がありました。手を出すなら本気。まぁそのルールが、僕とフユカをますます別れにくくしたわけですが……。

僕たちの結束が固かった理由のひとつは、圧倒的に魅力的なカイトに身内扱いされる優越感、そこにあったと思います。カイトも結構、内と外にはっきり線を引きたがるとこありましたし。

カイトは好き勝手やってましたが、たまに迷惑被るとしても、基本トラブルは他人事。彼の身内である僕達は、安全な家の中で、窓の外の嵐を眺めるようなものなんです。そのうちずぶ濡れになったカイトが帰ってくる。僕たちは笑いながらタオルを差し出す。そんな感じです。カイトは家の中では暴れない。僕はみんなと一緒にカイトの巻き起こす嵐を見物しつつ、心の底では羨んでいました。……それに気づいたのはずっと後ですが」

 

 

 

――指を咥えて嵐を眺めていたハルキの胸には、ちりつくような羨望があった。それはカイトが、どうしようもなく愛されていたからだ。カイトの魅力が彼女らを狂わせた。カイトはどこまでも主人公。誰もがカイトの特別になりたがった。女の子たちはもちろん、もしかしたら、ハルキを含めた『身内』たちさえも。

「僕は変わらずフユカと付き合っていましたが、やはりキスやセックスはありませんでした。最初こそもどかしい思いもありましたが、高校生活も半ばになると、僕の方もフユカと何かをしたいとは思えなくなりました。周りからは安定したカップルとして扱われ、別れにくくなっていました。フユカと別れれば、僕らは良くても周りが気を使う。その結果グループから弾かれるのは、僕の方だとわかっていました。だから大学卒業間際まで、僕は性体験がありませんでした」


――そんなハルキが初体験は、卒業を目前に控えた冬のこと。相手は他大の女の子だった。たまたま参加した飲み会で話が盛り上がり、ふたりで飲み直し、彼女の方が終電を逃した。ハルキの人生に初めて訪れた『よくある流れ』だった。

「あまりにあっけなくて拍子抜けしました。彼女は僕の好みの小柄で可愛らしい子だったけど、セックス自体が良かったかと言うと、別にそうでもなかったんですね。これは彼女が悪いんじゃなく、初めてに見えないよう、僕が格好つけるのに必死だったからです。ことが済んでから、彼女は『好きになったから付き合ってほしい』って言いました。遊んでる風を気取るなら、カイトみたいに『付き合う気はない』と最初に断っておくべきでした。……ていうか、やってから言うのズルくないですか? ……まぁそんな流れで僕はフユカと付き合いながら、ふたり目の彼女を作ってしまったのでした」


――しかしハルキは、相手の健気さ・甲斐甲斐しさに、あっという間に絆されてしまう。

「……初めは、どうにか相手に嫌われるか、徐々に音信不通にして、穏当に別れるつもりだったんです。でも……その子の彼氏だけに見せる隙というか、僕に期待して、僕のためだけにとる言動というか、そういうものが愛しくなってしまったんですね。愛情表現がストレートなのも良かった。大好き、会いたい、カッコいい……フユカから、というか女の子から、そんなセリフを言われたことはありませんでした。夢中になったのは僕の方でした。今まで気づかなかったのですが、僕自身も愛情豊かでそれを表現したい人間なんですね。好き好き言い合うだけで楽しかったです」


――けれど、幸せな日々は長くは続かなかった。ひょんなことから、二股がフユカと彼女にバレてしまった。ハルキは反射的に土下座した。その顔はフユカに向いていた。ふたりは(というか主に彼女の方が)ハルキに決断を迫ったが、ハルキはフユカを選ぶ他なかった。

「どちらが好きかと言われれば、もちろん彼女の方でした。だけどフユカは、僕の人間関係そのものなんです。長い付き合いのフユカを裏切り別れたとなれば、総スカンを喰らうのは見えていました。……いや、実際今にして思えば、少なくとも男たちの方はそうでもなかった気もするんですけど、とにかくその時は、今まで積み上げた物を壊したくない一心でした。
彼女は泣いていて、フユカは白けた顔をしていました。そんなフユカを見ていると、彼女を泣かせたのは僕なのに、なぜかすべてはフユカのせいな気がしてきました。フユカは僕の浮気の件を誰にも話しませんでした。こうして僕は、ますますフユカに頭が上がらなくなったのです」

 

 

 


第四幕・愛の嵐

ハルキは再びペットボトルを取り出すと、中の水を全て飲み干した。ボトルをひねって足元に投げ捨て、ハルキはため息をついてうつむいた。数秒間の沈黙の後、正面に向き直る彼の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。深呼吸と伸びをひとつ。ハルキはどうぞ、とばかりにスピーカーに視線を向けた。

――大学を卒業し、ハルキは商社で働き始めた。知り合いのいない環境に飛び込むのは小学生以来。目まぐるしく働く日々の中で、ハルキが感じたのは圧倒的な自由だった。『彼女がいない』とひとこと言えば、すぐにコンパがセッティングされる。先輩について飲み回るうち、ハルキは自分が思ったよりモテるのに気づいた。学生時代は常にカイトの横におり、フユカという公認彼女がいたハルキに言い寄る女の子は皆無だった。けれど、今のハルキは高学歴で実家が太い、商社勤めのエリートなのだ。カイトほどの美形ではないが、顔立ちだって悪くない。彼女になりたがる子は少なくなかった。ハルキはすぐに彼女を作った。

「遅いですが、この世に恋愛映画が溢れる理由を理解しました。どんな凡庸な恋愛であっても、本人たちには唯一無二の物語。ふたりの感情が大きく揺れれば揺れるだけ、物語は激しさを増してドラマチックになっていく。僕はずっと、嵐の中で踊ってみたかったんです。あの頃のカイトみたいに」

 

 

 

――ハルキは愛されたかった。強烈に。猛烈に。愛情は大きく激しいほど良い。同時に2人や3人と交際するに至るまで、そんなに時間はかからなかった。ハルキにとって、愛情とは点数(ポイント)だ。恋愛は相手の愛情を引き出すゲーム。みんなが100点満点目指して奮闘する中、ハルキが彼女Aから90点、彼女Bから80点、彼女Cから60点のポイントを受け取ったとすると、合計220点。ひとりの女に全身全霊で愛されている100点の男の2倍以上の価値がある。

「もちろん、そんなの口には出さないですよ(笑)。でも、あの頃はそういう感覚でした。10年以上付き合ったフユカからは1点ももらえなかったから、その穴を埋めたかったのかな。……なんて言うのは、ちょっとズルいですかね。

でも僕が欲しいのは、手頃で便利なセフレじゃなかったのはわかってください。僕が欲しいのは、ちゃんと僕のことが大好きで、僕も大好きになれる彼女でした。記念日や誕生日は手を抜かず、連絡もマメ。自分なりには大切にしました。他に女がいるのを除けば、けっこう良い彼氏だったと思います」


――一方で、フユカとの付き合いも続いていた。大学を卒業してもなお、ハルキにとって1番心地よい場所は、学生時代の『身内』のコミュニティだった。周りのみんなも、そのうちハルキとフユカは結婚すると信じて疑わなかった。今でなくてもと思ううち、あっという間に時間が過ぎて、ハルキたちは20代後半になった。交際はもうすぐ15年になる。今からフユカを捨てるということが、身内や家族にどんな影響を及ぼすか、ハルキにはよくわかっていた。

元から母親どうしの仲が良いのもあって、僕たちの付き合いは、お互いの家族も公認でした。今からフユカと別れれば、何を言われるかわかりません。……本当に、早く別れるべきでした。長く付き合ったカップルが、倦怠期を乗り越えられず別れるなんてありふれた話。大学時代でも、就職してからでも遅くなかった。とにかく早く、一時的に悪者になってでも、僕はフユカから離れるべきだったのです。フユカは僕を愛していないが、30手前で男にフラれる女なんて役はプライドが許しません。じわじわと外堀が埋められていく感覚があり、それに抗う根性が自分にないのはわかっていました。フユカと結婚し、友人代表でカイトがスピーチをする。そんな現実が迫ってくるのを感じていました」

 

 

 


――そんな中、ハルキは同時進行中の恋人のひとり・ナツコにスマホを見られてしまう。あろうことか、ナツコは自分以外の恋人の存在を確認すると、ハルキに無断で彼女らを呼び出した。フユカを含めた3人の彼女が一同に会し、ハルキ不在で誰が本命か話し合ったらしい。当然、決着はつかなかった。誰もハルキと別れるとは言わず、今まで通り付き合いを続けた。ハルキだけが何も知らなかった。

「フユカはともかく、感情の起伏の激しいナツコやチアキが、すべてを知った上で僕と付き合い続けたのは驚きです。女の意地かな。ナツコとチアキなんて、お互いが1番嫌いなタイプって感じだけど」


――フユカ・ナツコ・チアキ。ハルキの3人の彼女が出会って3ヶ月後、ハルキは背後から刺された。的確に急所を狙った即死であった。

「流石に刺さなくてもとは思いますけどね。対話の前に暴力が来るの、現代教育の敗北じゃないですか? でもそういう……感情的で思い詰めるタイプを選んだのは僕なんですよね。
結局、僕を刺したのは誰なんですか? メンヘラなのはチアキだけど、気が短いのはナツコなんだよなぁ……あぁ、言えないんですね。
僕が思うに、刺したのがどちらであったにせよ、煽ったのはフユカです。フユカ、たぶん恋愛のいらない人間なんですよ。本当は結婚なんか興味もないけど、親の手前しないと面倒だし、売約済みの札は欲しい。今から他の男と関係を築くなんて無理。そもそも親が納得する相手で、セックスなしなんて条件を飲む男がいるとも思えない。
フユカは僕に興味はないけど、僕との関係に固執してるのはフユカの方です。僕との結婚が叶わないなら、誰もが納得する『結婚しない理由』が欲しい。例えば、結婚直前まで行った初恋の彼が、他の女に刺されて死んだ、とか。一生モノのトラウマです。これでもう、誰も彼女に結婚を勧められない。今頃フユカ、適当な店で指輪を買って左手にはめてるんじゃないですか? 生前の僕にもらったとか嘯いて、切なげに指輪を見つめてみたりしてるんじゃないですか? これ見よがしに。笑えます。彼女は恋愛の要らない人だったし、僕の恋愛は、相手の気持ちを利用したひとり芝居。僕たちの間に愛はなかった。でも僕たちは、お互いのことを深くまで理解していたんですね。さっさと結婚していれば、案外良い夫婦になれたかも。

僕はこれからどうなるんですか? 天国に行けるとは思ってないけど、地獄行きってほど悪いことも……え? 地獄なんですか? ひどい。地獄って、けっこうちょっとしたことで落ちるんですね。わかりました。でも僕を刺した犯人には、情状酌量お願いします。僕は地獄でのんびりフユカを待つことにします」

 

おしまい

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