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わたしのブログ

【NANA】高木泰士という男

「NANAは人生」

子供の頃に好きだった本や漫画は、今読み返しても面白い。NANAを初めて読んだのは中学生の頃だと思うけど、むしろ今の方が楽しく読めてる感じもする。
ただし連載当時と今では、多くのキャラの印象が変わった。例えば主人公であるナナと奈々(ハチ)。かつてはカリスマと美貌を兼ね備えたナナこそが憧れだったのだけれど、彼女は気は強いがメンタルは脆い。大人になった今、華やかな側面よりも不安定さが印象に残る(もちろんキャラクターとしての魅力もある)。

一方「普通の女の子」の代表として見ていたハチは特別な子だった。健康な心身の持ち主であり、その健やかさ・朗らかさは、登場人物のほとんどが多かれ少なかれ闇を抱えるNANAの世界ではひときわ輝きを放っている。恋愛体質ながら特定の相手に依存せず、落ち込んでも回復が早い。ひとりでは生きていけなくても、周りの人を味方につけてどこでも生きていけるタイプだ。

(「心身健康」のカードの強さ、大人になってから身にしみる……)

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NANAの登場人物たちは、少女漫画らしいファンタジー性を持ちつつ、それぞれ絶妙なリアリティをまとう。そんな中、わたしが最も(ある種の人間にとってあまりに理想的、という意味で)ファンタジー性が強いと思うキャラは、ナナの所属するバンド・ブラストを率いるヤスである。

 

 

ヤスという男

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――NANA(矢沢あい)2巻 115ページ

ヤスこと高木泰士は24歳。

大学在学中に司法試験に合格(※法科大学院制度導入前)した秀才で、ドラムの腕もデビュー前からプロの域。強面のスキンヘッドだが面倒見が良く、トレードマークのサングラスを外せばかなり整った顔立ちをしている。身長は185センチ。いつ誰に対しても如才ない立ち振る舞いが出来る。死角なし。NANA界で最もハイスペックと言ってもいい。

 

でもヤスのヤバさはそこではない。ヤスのヤバさは、(ナナから見た時の)究極の都合の良さにある。

ヤスは地元でナナ・レン・ノブとバンドを組んでいたが、レンの脱退、続いてナナの上京を理由に解散する。ナナの上京の際は「寂しい」と口にしつつも地元に残る決断をした。

「音楽にかけるなんてバクチのような人生は嫌」と言っていたヤスだが、結局ナナたちが東京で組んだバンドに加わることになる。

 

弁護士見習い(司法修習に行っていない)であるヤスは、東京でもさっくりと所属事務所を決めて働いている。リーダーとしてバンドの精神的な柱となり、何より献身的にナナを支える。いつ呼び出されても(朝4時でも……)かけつけ、アポなしで家に訪れたナナを抱きとめ、面倒ごとを丸っと引き受け、ナナに惚れているが、抱きつかれようとキスされようと絶対に性欲を見せず、レンとの恋を後押しする。いっさい見返りを求めずに。

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――NANA(矢沢あい)5巻 17ページ
レンにハッパをかけるヤス

 

親しい異性に対して「兄みたいな人」「妹のような存在」なんて呼び方をする場合がある。もちろん例外はあるけれど、基本は「仲は良いけど、恋愛(性的)対象ではない」を表現するラベルだと思っている。

ナナにとってのヤスは兄だ。でもヤスにとってのナナは妹ではなく女である。ナナもヤスの思いに気づいているが、気付かないふりをしている。というか、ヤスがそうさせてくれている。

「一緒に寝る?」
「そーするか」
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「ここまで手の内 晒しちゃとぼけようがねえな ちょっとやりすぎたか」
――NANA(矢沢あい)10巻 184〜186ページ

勝手に幸せになる男

作中でもヤスの面倒見の良さは度々描かれているけれど、ナナとの関係はやはり特殊だ。過剰なスキンシップや深夜のアポなしお宅訪問も、ヤスが受け入れている分には違和感がない。相手がレイラでも詩音でも、帰れとは言わないだろうと思う。イレギュラーなのはナナの振る舞いだ。ハチとは違い、ナナは決して典型的な「甘え上手」ではない。ノブと出会うまで地元では孤立気味で、友達もほとんどいなかった。そんな彼女がヤスをがっつり頼れるようになったのは、いったいどうしてだろう。理由をいくつか書き出してみる。

  1. 単純な面倒見の良さ
  2. 全員に公平な態度
  3. 見返りの求めなさ
  4. 勝手に幸せになってくれるから

1については説明不要だろう。

2の公平な態度については、特に出会ってすぐの段階では重要だ。ヤスが女にだけ、美人にだけ、ナナにだけ優しい男であれば、当然ナナも警戒する。

3に関しては2とかぶるけれど、ヤスは「アレをしてやったからコレをやれ」とは言わない。基本がギブ&テイクではなくギブ&ギブ。もちろん性的な見返りも求めない。好きな女にハグされようがキスされようが、苦笑するだけで(嫌がりもせず、好きにさせるが)さらりとかわす。決して真に受けて押し倒したりしないし、レンと別れたナナの寂しさにつけ込んだりしない。

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――NANA(矢沢あい)3巻 104ページ
過剰なスキンシップの例

 

……その上で、4の「勝手に幸せになってくれる」だ。

ヤスはナナに惚れているものの、だからと言ってレンとナナが結ばれた後も「一生ナナを想い続けて独身でした」とはならない。レンとナナの関係が安定してきたタイミングで、ちゃんと彼女(美雨)を作るのだ。仕事に関しても同様だ。地元の法律事務所を辞め、東京に出てきても、あっという間に新しい事務所を決める。ナナがぶんぶん振り回しても、いつだって怪我せず華麗な着地を決める。これって、最高の都合の良さではないだろうか。

 

自分のために労力や時間をかけてくれるのはありがたい。けれど、それにより相手が傷ついたり、取り返しのつかないダメージを負ってほしくはない。もっとストレートに言えば、こちらに責任や罪悪感を負わせてほしくない。

ヤスはナナを責めるどころか、傷ついた顔すらしない。あまりにも出来すぎている。もしかして裏アカで病んでたりする……? しないだろうな……。

避難場所のような男

母に捨てられ、祖母との関係も良好とは言えず、地元に友達も作れなかったナナ。初めて出来た友達がノブだったのは、本当に幸運だった。音楽の道が開けただけでなく、ノブはレンとヤスにも繋いでくれたからだ。

言うまでもなく、ナナの初めての、そして運命の恋の相手はレンだ。そしてヤスは初めての、『絶対に自分を見捨てない相手』だったのかもしれない。

 

レンから1年遅れで上京を決意をしたナナ。見送りに来たヤスに対して、ナナは「一緒に来てほしい」「でも、あたしからは言えない」と思う。

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NANA(矢沢あい)8巻 17〜19ページ

 

その時ヤスが口にしたセリフは、「行くなよ 寂しいじゃない」だ(このシーン、原作の中でもかなり好き)。本気で引き留めるのではなく、けれどちゃんと「君がいないと寂しい」と伝え、かつナナの性格を読んで、しんみりしたムードを打ち破るきっかけを作る。この時ナナはカッとなって「だったらてめぇが来い!」と叫ぶが、その際は「交渉決裂」と流されている。

 

だが結局、ナナの望みはすぐに叶うのだ。単に『ヤスが東京に来てくれる』のではなく、ナナの希望通りに『自分から望んで』。……もしかしたら、上京したナナが真剣に「一緒に来てほしい」と伝え続けていたならば、ヤスは上京しなかったかもしれない。ナナに責任が生じてしまうからだ。ヤスはナナの願いを聞き入れたのではなく、『自分で』ナナのそばを『選んだ』。こうしてナナはヤスという避難場所を得て、安心しながら自由に歌える。

 

わたしは以前ブログで「ハチのワガママを許すことで、ナナは他人を許す心地よさを知ってしまったのでは?」と書いたけど、許される安心感を教えたのは間違いなくヤスだと思う。ナナはヤスと出会って「自分は許されていい」と知り、ナナといることで他人を許すことを学んだのかもしれない。それは人間的にめちゃくちゃ大きな成長だ。で、ヤスは許しの概念を誰に教えてもらったんだろう? 里親の夫婦か、天性か……。

 

ちなみに矢沢あい先生は、21巻のコメントで以下のように書いている。

「(前略)私はヤスの歴代の彼女達の事も、ヤスに守られているナナの事も、羨ましく思った事はないのですが、子供の頃からヤスが傍にいる皐月の事は、なんだか無性に羨ましいです」

……わ、わかる……。

いや、わたしはヤスに守られてるナナも全然羨ましいけど、たしかに人生にヤスのいない時間のない皐月は、(家庭に複雑な事情はありそうだけど)幸福な子供だと思う。 

 

ヤスの彼女は幸せか

21巻時点でヤスは美雨と付き合っているけれど、ヤスの彼女は彼女でまぁ……けっこう大変だな……とは思う。ヤスは人格者なのは確かだ。浮気もしないだろうけど、プラトニックに『ベタ惚れ』で人生を変えた女であるナナとは公私にわたって切り離せない。彼女視点だと、いっそナナは元カノであった方がまだマシかもしれない。自分との恋愛関係はいつか終わるかもしれないけど、ナナとヤスの絆は永遠に切れない。自分のパートナーの横に、『才能があって美しく、ちょっとメンタルが不安定で、自分より彼と付き合いが長く、彼にとって特別な存在(しかも仕事仲間)』が離れずいるの、けっこうしんどいと思う。

 

そういう点で、ヤスの恋人は相当寛容で割り切り上手な器の大きい女、それか死ぬほど鈍感な女、あるいは細かいことは気にしない陽キャのギャルじゃないと務まらないと思うけど、美雨はどうかな……けっこうメンタル病みそうな気がする(美雨こそ病みアカ持ってそうだ)(インスタかな)。でもそのあたりのケアにも抜け目がないのがヤスで、信頼と愛情で乗り越えた結果があの未来ってことなのかもな! 頼むからヤスを幸せにしてください……


終わりに

前のブログから約1年。いつ読み返してもNANAは本当に面白い。矢沢先生の体調も以前より良くなったとのことで、続きが読めるのをのんびり楽しみに待ちたい。矢沢あい先生の健康とご多幸を祈りつつ、今回の記事はおしまいです。

おまけ

お誘いいただいて、矢沢あい展に行ってきました!本当にALL TIME BEST……

 

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