ゆらゆらタユタ

アラサーとゆとりを取り巻くもろもろ

繭と糸 #01

『左手の小指はね、見えない赤い糸で運命の人と結ばれてるの。でもマユちゃんは悪い子だから……チョキッ!』

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相変わらずマユちゃんは地味だね。ねぇ、まともな服ないの?あたしのおさがりあげようか。……なんて、マユちゃんが着たらパツパツだよね。

 

うん、元気だよぉ。珍しく仕事も続いてる。うん、オトコの人とは上手くやってるよ?やっぱ女には嫌われちゃうねぇ。チヤホヤされるとおばさんたちの視線が痛くて。

 

ちょっとごめんね。……はぁ、めんどくさい。違う違う、ツイッター。何だかフォロワー増えちゃって、通知がひっきりなしなの。ほら。熱心なファンがついちゃってさ。

フォロー?無理無理、しなくていいよ。

 

ていうかマユちゃん、彼氏は?えぇ、いないの。信じられない。

マユちゃんさ、ビックリするくらいモテないよね。あぁごめん、こんなの言ってもしょうがないか。マユちゃんとあたしは違うもん。ねぇ?

 

結婚願望あるんでしょ?相談所にでも登録したら。
マユちゃんの小指の赤い糸、誰かと繋がってるといいね。良いことあったら教えてよ。もっと気軽に連絡してよね。あたしはあなたの、ママなんだから。

 

 

喫茶店を出ると冷たい空気が頬を刺した。昼間の暑いくらいの陽気は、ほんの数時間で消え失せていた。口元までをマフラーに埋め、俯きながら歩きだす。

 

会計中、一方的に手を振って『彼女』は店を出ていった。私はまっすぐ帰る気になれず、駅前のスターバックスに入ることにした。 ソファにもたれてひと息つくと、疲れがどっと押し寄せた。

 

半年ぶりの再会だった。ライトブラウンのパサついた髪、日差しに当たってきらめく白髪。水色の花柄ワンピース。浅くない皺の刻まれた顔、ぬるぬると蠢く濡れた唇。なにひとつ変わらぬ母の姿。

 

挨拶の前に開口一番、地味だと言われた時にはむしろホッとした。もっとお洒落をすればと口では言っても、実行すれば不機嫌になる。洋服選びは正解だったというわけだ。

 

私はスマートフォンを取り出し、覚悟を決めてツイッターを開いた。
あの人はリテラシーが低い。通知欄をちらりと見せただけから、アカウントを割り出されることはないと思っているのだろう。リプライの先頭についたIDを、私は当然記憶していた。

 

まず目についたのはアイコンだった。床に両足と尻をぺたりとつけた、いわゆる女の子座りをしながら、谷間を強調した撮った自撮り。口から上はトリミングされているが、知り合いがーー家族が注意して見れば、本人なのは明らかだった。舌を出して笑う口元が自分と似ていて、私は唇を噛み締めた。

母『りぽりん』のフォロワーは230人。『フェロモン出ちゃう系OLの日常』。嫌な予感は確信に変わった。

 

最新のつぶやきはネイルサロンに行った報告だった。店員に撮ってもらったのか、重ねた両手の写真が添付されている。数名の男性アカウントからリプライがついていた。『綺麗な手!』『さわさわしたいな。。。』『美人は、手だけ見ても、美人^o^』。ネイルには誰も興味がなさそうだ。

ここ数ヶ月ほとんど毎日、彼女は写真をアップしていた。手もとなど可愛い方で、太ももや胸もとやうなじ、時にはリクエストに応えて際どいポーズや軽いコスプレの披露もしている。顔を出していないのが唯一の救いだ。やりとりを見るに、フォロワーの数名とは既に会っているらしい。

 

両親が離婚したのは随分前だし、私を引き取ったのは父だ。その父も数年で再婚した。新しい母は聡明な女性で、私は幸福な家庭を得た。でも私を産んだのは義母ではない。50を過ぎて女子大生のような服を着て、舌足らずな話し方をし、自撮り写真で承認欲求を満たす女から産まれたと思うと、血が凍っていく錯覚をおぼえた。指先が震える。暖房の効いた店内なのに全身が冷たく、頭の奥だけが妙に熱い。舌打ちが出そうになって、もう一度ギュッと唇を噛んだ。

 

甘ったるい声が頭に響く。
『マユちゃんとあたしは違うもん』
ーーそう、本人だって言ってたじゃないか。
私とあの人は違う。私は花柄なんか着ないし、背は10センチ以上高いし、仕事も一生懸命やってる。いつか娘が出来ても絶対張り合ったりなんかしない。それから……。

 

『マユちゃんの小指の赤い糸、誰かと繋がってるといいね』
運命の赤い糸は、あの人が好んで聞かせた話のひとつだ。古い記憶が呼び起こされる。


『マユちゃんは悪い子だから……チョキッ!』
20年も前の話を覚えているのは私だけだろう。……そんな冗談を言う母親だった。他愛ない、くだらない、意味もない。けれど、お前は一生ひとりなのだと言われた気がして、5歳の私は泣き叫んだ。あの頃の絶望が未だ燻り続けているなんて、自分でも執念深いと思う。耳に残る声。子供じみたハサミのジェスチャー。チョキッ!チョキッ!

 

赤い糸の途切れた私は運命の人には会えないらしい。でも胎内で結ばれていた母娘の糸だって、産まれた日に切れたはずだ。それなのにこの繋がりは断てないなんて不公平じゃないか。赤い糸と臍の緒と、2本の糸は絡みあいながら、今も私の心を締め付けている。

 

時刻は18:30。まだデパートは開いている。
どこのブランドでも良い。唇を薄く見せるため、今すぐコンシーラーが欲しい。そう、リップライナーも買おう。それからあんな下品じゃなくて、変にテカテカしない、とびきり綺麗な色の口紅。

 

口元を紙ナプキンで乱暴に拭い、8割残っていたコーヒーは捨て、私は逃げるようにスターバックスを後にした。