ゆらゆらタユタ

わたしのブログ

まだ「女の子」やってるの?

「びっくりした。まだみんな『女の子』してるんだね」

自分の口から出た言葉が、思ったよりも意地悪な響きを含んでいたので、当のわたしが驚いた。

 

この日は友人のマリアの結婚式だった。高校時代から華やかで目を引く存在だったマリアは、楽しみつくした20代に終止符を打ち、30歳で結婚した。式と二次会にはバトミントン部の同級生・9人全員が出席した。先の発言の不穏なムードを打ち消すように、わたしは明るいトーンを意識して続けた。

 

「男がどうとかアプリとか、なんか若いなって思った。今頃うまくいってるといいね」
二次会後、独身組は新郎の友人たちに誘われ三次会へ。既婚者で子持ちのわたしとシエは遠慮して、ふたりでご飯を食べにきた。表参道の路地裏にあるお洒落なイタリアンはシエの行きつけらしい。半年前に出産したシエは、産後太りを感じさせないスリムさでモードなワンピースを着こなしている。フリーのイラストレーターの彼女は、母親のバックアップを得て来月仕事に復帰するという。

 

シエは何も言わずにじっとわたしを見つめた後、小さく首をかしげた。タイトなローポニーにまとめた黒髪のそばで、シルバーのチェーンピアスが上品に揺れ、光る。

「あのさ、それ、わざとなの?」
「え?」
言葉の意味がわからなかった。わたしの間抜けな返答はますます彼女の気に障ったようで、シエは眉根を寄せた。不思議なことに、その時のわたしの頭の中にあったのは、シエはこんな表情をしても眉間にシワができないんだな、やっぱボトックスとか打ってるのかな、だった。

 

「今日ずっと感じ悪い。みんな引いてるのわかんなかった?」
頭が真っ白になって言葉を失った。指先から温度が抜けていく。みんな引いてた? 今日ずっと? 笑ってお喋りしてたじゃん。

 

「わたし……何か悪いこと言った?」
「そういうのいいから。わかってるでしょ?
シエは白けた顔で店員を呼び止め、ワインのおかわりを注文した。わたしは視線を落とし、冷めていく料理を眺めていた。考えないといけないのに、頭が考えるのを拒絶していた。

 

「『みんな、まだ女の子なんだね』……今日ずっと、ことあるごとに言ってたでしょ。どういう意味?」
隠し事を暴かれたみたいに、心臓が小さく跳ねた。それでもなんとか平静をよそおう。

「それは……みんなが、ほら、彼氏欲しいとかデートとか、そういう……その、なんだろうな、女子大生みたいな話を……あ、いや、それが悪いってわけじゃなくてね? なんかみんな、まだまだ女の子として色々頑張ってるんだなって微笑ましく……いや、違うかな……とにかく悪い意味じゃないんだよ」
我ながらたどたどしくて言い訳がましい。シエは目を細め、黙って聞いてくれたけど、納得している様子はない。

 

「『私がとっくにクリアしたゲームを、あなたたちまだやってるんだ?』って意味は含んでない?」
「まさか。そんなわけ……」
ないじゃん、とは言えなかった。自分の中にあるふわっとした悪意が、シエによって言語化されて突きつけられたような気がした。

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全自動お茶汲みマシーンマミコとセクハラ

ここ数年、コロナによって封印されていた飲み会とかいう悪しき風習が、ついに復活してしまった。マミコの勤める会社では、飲み会の出欠においてバインダーに挟んだ紙を回すという古来からの方式が採用されている。名前の横に出欠を表す◯×を記入し、×の場合は理由を書き添えるのがマナーとされている。ちなみに習い事や見たいテレビや映画があるなんていう理由では、幹事や上司からツッコミが入る。マミコは面倒なので行きたくないが、彼らを納得させる理由を考えるのもまた面倒で、無になって◯を記入した。南無……。

 

飲み会は会社近くの居酒屋で行われた。開始早々、マミコは部長陣に名指しされビール瓶を手に酌をして回った。マミコは全自動お酌マシーンとして、ビール瓶のラベルを上にし適切な量の泡を死守してグラスに注ぐ。多少は補助が出てるとはいえ、会費を払って業務時間外にこれをやらされる意味は考えない。マシーンに理由は必要ない。マミコはカネボウのモイスチャールージュネオ(※1)を塗った唇の口角を決して下げなかった。

 

ビールの空き瓶を店員に渡して追加のオーダーをしたところで、隅のテーブルから声がかかった。事務の女子社員が固まっていた。コミュニケーションの苦手な例の後輩と子持ちの先輩以外、今日は全員出席している。話題はK-popだった。同僚のスミちゃんは元々女アイドルオタクでハロプロや坂道を応援していたが、今の最推しはITZYだという。事務のベテランのカスガさんに、ノガミさんもK-pop好きだったよね? と水を向けられたものの、マミコが顔と名前を覚えているのはBTSとSEVENTEENくらいだ。けれど、スミちゃんがスマホで再生した画面に映る女の子たちは素直に可愛いし、すごくかっこいいと思えた。素質を持って生まれた人が、死に物狂いの努力の上で勝ち取った美貌とスタイルとパフォーマンス。すごい、と思わず口にすると、スミちゃんの目が輝いた。

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ダイヤモンドは傷つかない

「結婚する」と言ったとたん、目の前のナオミが小さく息を呑むのがわかった。頭に浮かんだであろう「なんで」を飲み込み、彼女はサラリと笑顔をつくる。「おめでとう!」

 

ナオミとわたしの出会いは中学校だから、付き合いはもう20年になる。当時は特別親しいわけではなかった。けれど卒業してから、ひょんなことをきっかけに急速に距離が近づいた。わたしたちは感覚がとても似ていた。何が許せて、何が許せないか。どんなことに怒りを覚え、どんなことで喜ぶか。ナオミと話していると、自分の輪郭がくっきりする感じがした。モヤモヤしたものが削ぎ落とされ、強くて迷いのない自分自身を感じ取れるというような。ナオミも同じだったと思うのは、わたしの自惚れではないはずだ。

 

何度かの結婚ラッシュを通り過ぎ、30歳を超えてもわたしは独身だった。だけどまったく寂しくなかった。独身だけどひとりじゃない。いつでもナオミがそばにいた。旅行や買い物は彼氏に付き合わせるよりも、趣味の合うナオミと行く方がずっと楽しかったし、「40歳になったら同居して、70で同じホームに入ろう」なんて言いながら飲むワインは美味しかった。ナオミと中古のマンションを買い、好きにリノベーションして暮らす生活は、その空気や匂いまで、はっきり思い浮かべることができた。

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被害者ヅラのアップルパイ

「あ、お疲れ」

「そっちこそ、プレゼンお疲れ様。何とかまとまって良かったじゃん」

「本当だよ。一時はどうなるかと思った」

「Twitter荒れてたもんね」

「本番直前にふたりもバックれたんだよ? 荒れるでしょ」

「まぁそれは……。でも前山さん、今日来てたね?」

「逆にびっくりした。あ、来るんだ? って」

「体調、良くなったなら何よりじゃん」

「そうだけど、急に来られても……。突っ立たせとくわけにもいかないから、本番でも少し話してもらったけどさ。その原稿だって、こっちが用意してフォローして。余計な仕事増やさないでほしい」

「まあまあ。それでもリナよりマシじゃない? あの子は今日も欠席だったね」

「そうでもない。だってリナには初めから期待してないもん。グループ分けが決まった時から、『5人組でも実質4人』って思った。だから最初から、リナには重要なタスク振らなかったし」

「あはは。リスク管理だね。今回、あの子も体調悪いって?」

 

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泥棒はウソツキのはじまり

手取りが17万円で、家賃7万、光熱費1万、食費4万、スマホ代が4000円。日用品買って保険払ったらマジでいくらも残らない。別にハイブランドのバッグとかいらないし、服はユニクロかZARAでいい。気が向いた時に好きなもの食べて、毎月美容院に行けて、お金を気にせず友達と遊びたいだけなんだけどな。てか逆に、毎月美容院! 新作コスメ! うさぎオンライン! 推しのグッズはもちろん全買い! とかやってる女、全員実家? それとも年収1000万?

息するだけで金がかかる街・東京。それでもインフルエンサーの勧めたコスメは爆売れし、トレンドが去年の服を流行遅れゾーンに押し出し、読みたい本や見たいもの、行きたい場所が増えていく。誘惑の多いこの街で、我慢をするのは困難だ。なので彼氏の財布から金を抜いてます。

誰もが名を知る大企業に勤める彼の長所はおおらかなところ。短所は大雑把なところ。「最近キャッシュレス決済ばかりだから、いざ現金払いしようとなると財布の中身が心配になる」「この前、入ったカフェが現金払いでコンビニまで金をおろしに行った」と笑うが、たぶんそれってわたしのせいです。最初は滞納した電気代のため、決死の覚悟で2000円だけ抜いてたのが、あまりにバレないので気軽に万札もいくようになった。月平均1〜2万。いただいたお金は、光熱費や友達とのお食事代として、大切に使わせていただいております。

Q.人の金で食う飯は美味いか? 
A.自分の金で食うより美味い!!

 

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プリンセス浦和

深夜の浦和の住宅街を、行くあてもなくさまよっている。わたしは首元がダルダルになった無地のTシャツとユニクロのリラコという出で立ちで、足元はサンダル履きだった。引っ掛けてきたジェラピケのパーカーは、数十回の洗濯を経て滑らかな肌触りを失っている。

褪せてくすんだ色合いの中で、肩からかけた鞄の鮮やかなグリーンが浮いていた。先ほど彼から投げるように渡されたこのバッグは、去年の誕生日に彼から贈られたフルラ。財布に社員証にメイクポーチ、パソコンまで入っていて重い。妙に生臭い風が横顔を撫でる。乾ききってない髪が頬に貼り付いて不快だった。

彼氏のシンちゃんは高校教師だ。元は大学の同期で、卒業後の同窓会をきっかけに付き合いはじめた。交際期間は丸4年になる。約半年前から同棲開始し、約15分前に追い出された。理由はわたしの浮気だ。先週一緒に旅行に行った(という設定にしていた)女友達が、コロナで入院中だったのがバレてしまった。はじめは努めて冷静に話し合おうとしていた彼は、浮気相手がリョウスケと知ると顔色を変えた。わたしの目を見ず「出ていけ」と言い、「一緒にいたら殴ってしまいそうだ」と吐き捨てた。うつむく彼の両手は震えていて、いっそ殴ってくれたら良いのにと思った。

 

 

 

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ひとり芝居【恋愛】-主演 春川ハルキ (後編)

前回の話↓

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第三幕・窓の外

ハルキはスツールに腰掛けたまま、ぼんやりと天井に目をやった。懐かしむように一度目を閉じ、スピーカーからの『声』を待った。

――大学に入学すると、一気に世界が開けた気がした。新たな出会いは刺激的だった。けれど、ハルキにとって1番大切な交友関係は、カイトやフユカら内部進学・カーストトップグループであるのは変わらなかった。

「カイトはあちこちのサークルや部活に顔を出して交友関係を広げていましたが、僕はそうしたいとは思わなかったです。サークルには入ってたけど、それは中学からの仲間のひとりが立ち上げた、非公式の飲みサーです。カイトやフユカも入っていました。いわば仲間内の溜まり場ですね。
僕たちは身内意識が強かった。一貫校なので、どの代も少なからずそういう傾向はあるはずですが、僕たちは特に強固だったと思います。みんな親切で感じは良いですが、身内とそれ以外をはっきり区別していました」


――カイトは中学・高校と女が途切れたことはなかったが、大学で女遊びに拍車がかかった。正式な彼女を作ることはなく、サークル、バイト先、ナンパにネット、あらゆる場で女に手を出した。ただしカイトは絶対に「付き合おう」とは言わないし、むしろ事に及ぶ前に「彼女をを作る気はない」と宣言していた。それでも何度もトラブルになった。

「女の子がね、勝手に期待しちゃうんですよ。最初はセフレでも、関係が深まればそのうち、とか。でも入り口が違えば行き先も絶対違うじゃないですか。渋谷から東横線に乗ったら、いつまで経っても二子玉には着かないんです。それなのに、変な期待をしたまま菊名まで行っちゃう……みたいな子が多かったです」

 

 

 

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